第20話

服だけでなく生活に必要な小物類も一通り購入し、テペヨロトルとセイパの買い物は無事、一段落した。


コーディネートを買って出てくれたひじりのおかげで、司はもっぱら荷物持ち係だ。


とはいえ、テペヨロトルが手を繋ぎたがるので左手はいつも空けている。


手を繋いで隣を歩きながら、テペヨロトルがにっこり笑った。


「あのね、パンツもいっぱい買ったんだよ。ピンクとか白とか~~」


「あ、ああ。そうか。かわいいんだな」


「うんうん!すっごくかわいいの。チョウチョとかリボンとかついてるの!あとで着けて見せてあげるね」


「ええと……」


助けを求めるように司はひじりに視線を向けた。


だが、ひじりは顔を赤らめて困り顔をするだけだ。


「あれ?服を着ると司がテペヨロトルのこと、かわいいって言ってくれるって……」


急に不安そうになったテペヨロトルに、司は質問する。


「下着とかじゃなくてな……そうだ、他にどんな服を買ったんだ?」


「えーと、お月様色のお洋服でしょ。あとねー。ふんわりした感じのとか、水玉模様がいっぱいのとか、キラキラしたのがついてるやつとか!」


「そうか。じゃあせっかくだから、それも着てみせてほしいな」


「うん!いいよ!テペヨロトルはおしゃれさんだからね」


司のお願いをテペヨロトルは快く聞き入れてくれた。


ずっと楽しそうにしていたテペヨロトルの歩く足がぴたりと止まる。


「あう~~」


「どうしたんだ?」


「うう~~ううううう~~」


「大丈夫か?体調、崩したのか?」


司は膝を折って視線をテペヨロトルの高さに合わせた。


テペヨロトルはしゅんっとうつむいている。


心配になって司はセイパに聞いた。


「なあセイパ。テペヨロトルの様子が変なんだけど……もしかして、人がたくさんいて人酔いしたんじゃないか?」


セイパはゆっくりと首を左右に振る。


「本来、人間が多い方がテペヨロトル様は喜ぶのですが……」


「そうなのか?だとすると?」


すかさずひじりが二人の会話に割って入ってきた。


「え、えっと、トイレ……我慢してたのかしら?」


テペヨロトルはうつむいたまま「ううん、違いますから」とこたえた。


すると、モール内に設置されたスピーカーからチャイムが響き渡った。


続けて午後二時を知らせる館内アナウンスが流れて、司はやっと理解する。


「ああ。お腹が減ったんだな」


テペヨロトルはうなずくと顔をあげた。


その顔は今までにないくらい弱り切った様子で、目にうるうると涙までため込んでいた。


「ど、どうしよう。お腹空いちゃったけど、司の家じゃないし、あんパンも持ってないよ?それに食べ放題みたいだけど、食べちゃだめなんでしょ?そういえば食べ放題……えっと、えっと、なんだっけ?」


最後の一言がわからないものの、司は困り顔で頷いた。


買い物が目的だったので、モールに到着した当初から「食べないぞ」と、テペヨロトルに言い聞かせていたのを思い出す。


どうやらそれを真に受けて、ずっと空腹を我慢していたらしい。少し気の毒なことをしたなと、司は反省した。


「食べないっていうのは服を買いに来たからで……ちゃんと服を買えたから、食べてから帰ろうか」


「えっ?食べていいの!?誰なら食べていい?」


泣きそうだったテペヨロトルの表情が、ぱあっと明るくなる。


「誰じゃなくて、どのお店で食べるかだな」


テペヨロトルの話す日本語の怪しい部分を訂正しつつ、司は改めて考える。

さすがに家に戻るまで我慢させるのはあんまりだし、司もお腹が減っていた。


「セイパもひじりも、お昼はここでいいよな?」


「私はテペヨロトル様のご意向に従います」


「え、ええと……」


テペヨロトルの空腹が判明してから、ひじりの様子が妙に落ち着かないものに変わっていた。


「どうしたんだひじり?」


「食べるなら早くしましょ!早くしないと大変なことになるかもしれないから」


「そうだな。お昼時を少し外してても、今日の混雑具合だと大変そうだし」


しゃがんだまま司がもう一度テペヨロトルに向き直る。


「テペヨロトルは何が食べたい?」


司の質問に元気を取り戻して、テペヨロトルは無邪気な笑顔を弾けさせた。


「えーとね……お肉!」


「じゃあ肉を食べよう」


「わぁい!司大好き!」


司にぎゅっと抱きついて、テペヨロトルは頬ずりする。


そんな仕草にひじりが「ひっ」と身構えた。


それをセイパに見とがめられる。


「なにをなさっているのですか、ひじり様?」


「え、えっと……なんでもないわ。気にしないでちょうだい」


怜悧な視線を注がれて、ひじりはそっぽを向いた。


司は立ち上がると案内パンフレットを開き、現在位置を確認する。


「なるほど……ここが現在地だから……こっちだな。行こうテペヨロトル」


「はい!テペヨロトルはついて行きますから!」


司に身を寄せるようにぴったりと手を繋いで、テペヨロトルも歩き出す。


そんな二人をひじりが慌てて追いかけた。


「ちょ、ちょっと司。どこに行くのよ?もうお店を決めたの?」


「どの店にするかは決めてないけど、あそこに行けば一通りなんでもあるだろ」


「あそこって?」


不思議そうに首を傾げさせるひじりに、司は告げた。


「フードコートだ」



このモール自慢のフードコートなら、すべての要望が満たせると踏んだのだ。

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