第19話
司たちは大型ショッピングモールにやってきた。
春休みに入ったこともあってモールは賑わっている。
いざ買い物をしようということになって、一つ問題が発覚した。
セイパもテペヨロトルも日本円に両替をしていなかったらしく、使えるお金を持っていなかったのだ。
ひじりには「お人好しすぎるわ!」と小言を言われたのだが、諸々の費用は司が立て替えることにした。
さっそくテペヨロトルが人混みをかき分けて、モールの中へと入っていく。
「司~~!ここなに?食べ放題?」
人の多さにテペヨロトルはきょろきょろと、まるで目移りでもしているようだった。
司は施設の案内板の近くに置かれた、店舗案内のパンフレットを一枚手にとってまじまじと眺める。
「食べ放題? いや、食べないぞ。あと、あんまり一人で遠くには行かないようにな」
「はーい!そういう契約だったよね。テペヨロトルはちょっと興奮してました」
軽やかな足取りでテペヨロトルは司の元に戻ってくると、そっと手を繋ぐ。
「これでいい?」
司の顔を見上げて小さく首を傾げる。
小動物っぽくてかわいらしい仕草だ。
「ああ。これならはぐれないし大丈夫だな」
手を繋いで歩くのに加えて、もしもの時の迷子対策のため、テペヨロトルの位置情報がわかるよう、彼女のスマホのGPSは常にオンになっていた。
充電もしっかりしてあるので、万が一はぐれても大丈夫なはずだが、セイパがじっと司を見つめて言う。
「司様。ここまで人間の多い場所とはうかがっておりません。これでは祭りではありませんか?」
「春休みなんだから混雑するのも仕方ないさ。服のサイズは実際に合わせてみないとわからないし。それにテペヨロトルも家にいるだけじゃ退屈だろ?」
すぐにテペヨロトルがセイパを見つめて、ほっぺたを膨らませた。
「司をいじめちゃダメだよ。セイパは怒りん坊なんだから」
「怒りたいわけではありません。ただ、人目に触れて目立つわけには……」
「セイパが大きな声で怒る方が目立つよ。だからもっと楽しくね?笑顔になって?」
テペヨロトルはニカッと笑う。
「ご命令とあらば……」
セイパは無理矢理口の端を上げて笑顔を作った。
あまりのぎこちなさに周囲のお客さんたちの視線が集まる。
すぐに司が止めた。
「笑いたい時に自然と笑うものだから、無理に笑顔を作ることはないんじゃないか」
司の言葉にテペヨロトルは大きくうなずいた。
「うん!じゃあセイパ笑わないで!」
「はい。そう命じていただけると助かります」
スッと、元のクールな表情に戻してセイパは小さく息を吐いた。
司が辺りを見回してから首を傾げる。
「そういえば……ひじりはどこだ?トイレにでも行ったのかな」
施設の案内板を確認している間に、ひじりの姿は消えていた。
◆
ひじりはモールの外で緊急の電話連絡をしていた。
観察したところ、司につきまとっている邪神にはある習性があるのでは?と仮説が立っていた。
人間の食べ物を与え続ける限り、凶暴性を発揮しない――というものだ。
これはあくまでひじりの印象でしかないのだが、かなり自信がある。
テペヨロトルが司を食べるため、成熟を待っているようには思えなかった。
「だから、邪神を発見したのよ!まだわたしの正体には気付いていないみたいだけど、いつばれてもおかしくない状況だって言ってるじゃない」
電話の相手は教会の天使で、直属の上司の男だった。
『発見?貴方は何を言っているんですか。すでに件の要注意神仏の居所は、こちらで捕捉しつつあります』
「え?あの……どういうこと?」
『それはこちらのセリフです。現在我々は手が離せない状況ですので、切りますよ』
「ちょ、ちょっと待って!」
ひじりからの報告は一方的に相手の都合で切られてしまった。
上司の男はよっぽど余裕がないらしい。
ひじりはメールで現状を報告しておくことにした。
「それにしてもおかしいわね。要注意神仏ならこっちにいるのに……」
ひじりが視線を落とすと、そこにはテペヨロトルが立っていた。
「ひゃっ!?」
「ひじりいたよー!」
振り返るとテペヨロトルは司に手を振った。
「こんなところでどうしたんだひじり?」
驚くひじりとは正反対に、はぐれた彼女を見つけて司はほっとした。
一緒にモールに入ったはずなのに、彼女が外に出ていたことを司は不思議に思う。
そんな司に見つめられて、ひじりは大あわてでスマホをしまおうとした――のだが、手の中で端末を躍らせ宙に放り上げてしまった。
「おーっと!ぎりぎりセーフ」
落下寸前のそれを、すくい上げるようにキャッチしたのはテペヨロトルだった。
咄嗟に見せた彼女の反射神経は、肉食獣よろしく俊敏なものだ。
「だ、ダメ!見ちゃダメぇ!」
悲鳴に耳を傾けつつ、テペヨロトルがひじりの端末の画面に視線を落とした。
「見ちゃだめ?どうして?見ると呪われる?」
司が二人に歩み寄ってテペヨロトルにやんわり言い含める。
「こういうのは個人情報だから、嫌がる人のを無理矢理見るのは良くないんだ」
「そっか~~。はい、落としたらスマホ死んじゃうから。スマホ死んだらゲームもできなくなっちゃうし、ちゃんと持ってなきゃね」
テペヨロトルはすんなりと、ひじりにスマホを返却した。
「あ、ありがとう」
受け取るとひじりはバッグの奥にスマホをしまい込む。
それを見届けてから司が聞いた。
「もう用件は済んだのか?」
「え、えっと……うん。問題無いわ」
司はあえて「バイト先からだろ?」とは言わなかった。
ひじりがあまり触れて欲しくなさそうなのは、空気でわかる。
「じゃあ、ひじり……今日の所は頼む。俺じゃ二人の力になってやれないから」
門外漢の司には女の子の服選びはお手上げだった。
そんな司に頼りにされて、ひじりはブルッと小さく身震いした。
司は気付いていないのだが、頼りにされたことにひじりは至福を覚えるのだ。
「え、ええ!任せてちょうだい。服を選んであげればいいのよね?監視にもなるし一石二鳥よ」
司の背後に立っていたセイパが、ひじりの口元に視線を集中させていた。
「監視……ですか?」
ひじりの表情が硬くなる。
「なんでもないわ。さぁ行きましょ!こっちだからついてきて」
先導するようにひじりは歩き出した。
連れられて一行は再びモール内に入る。
歩くペースが少し早い。
「ひじり。もうちょっとゆっくりで頼む。テペヨロトルが追いつけないから」
「え?ご、ごめんなさい。ちょっと気が早ってたわ」
振り返ったひじりだが、表情がカチカチでなんだか辛そうだ。
そんな彼女とは正反対に、司と手を繋ぐとテペヨロトルはウキウキと楽しそうにしていた。
「美味しいの食べるの?楽しみだなー。嬉しいなー」
「食べに来たってわけじゃないんだけどな……」
テペヨロトルはいまいち何をしにショッピングモールに来たのか、わかっていなさそうだった。ひじりの後を追いつつ司は説明する。
「一週間も日本にいるなら、着替えがいくつかあった方がいいだろ?」
「えー。テペヨロトルは別にいいよぉ~~」
食べることは大好きなテペヨロトルだが、洋服にはあまり興味がないらしい。
心配になったのか、セイパが司に聞いてきた。
「本当に着替えは必要なのでしょうか?」
「洗い替えくらいはあってもいいと思うんだけどな」
「それは衛生面での問題ですか?でしたらテペヨロトル様は神ですので、人間と同レベルで考える必要はありませんし、無論私もその必要はないのです」
テペヨロトルがうんうんうなずいた。
「そうだよ司。服だって着なくても大丈夫だし。今だって脱げるよ?」
「いやいや、それはまずいから」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。
と司は思った。
脱ぐことに抵抗が無いのは日本で生活するにあたり、大いに問題ありだ。
どう説得していいか悩んでいると、ひじりが足を止めて振り返った。
「さあ、ついたわ。服ならここが一押しね」
ひじりが選んだのは、ポップな配色のアパレルショップだった。
主なお客さんは中高生だ。
司はなんとなく入りづらいというか、にじみ出るアウェイ感に動けなくなった。
「なるほどな。良い店だ」
店の敷居をまたぎづらそうな司に、ひじりが小さくウインクする。
「司はお店の前で待ってて。さあ、服を買うわよ!」
お店の看板を見上げながらテペヨロトルがほっぺたを膨らませる。
「え~~。どうしても?服なんて彩りだし、別に無くてもいいのになぁ」
ひじりがため息混じりに返した。
「女の子として志が低いのね」
「だって神だもの。その次に女の子かなぁ」
二人のやりとりに司は困り顔になる。
ひじりは目線の高さを合わせるように屈むと、そっとテペヨロトルに耳打ちした。
「司にかわいいって言われたくない?」
「え、ええっ!?できるのそんなこと?奇跡を起こすの?」
テペヨロトルの顔が耳の先まで真っ赤になった。
「かわいい服を着こなしたら、きっと司もあなたのことを、もっと好きになるんじゃないかしら?」
テペヨロトルはちょこんとうつむいた。
「そうなの?ど、どうしよう。司がテペヨロトルのこと大好きになっちゃったら」
ぽやああっと幸せそうな顔で妄想するテペヨロトルに、ひじりはたたみかけた。
「かわいいあなたのために、司はもっと料理の腕を振るうと思うのよ」
「わぁああああ……じゅるり……想像しただけで、もう美味しいし」
内緒話をする女の子二人に、司はどうしたらいいものかと惚けるように立ったままだった。
「司様。店の入り口を塞ぐように立たれるのはどうかと」
「あ、ああ。悪い」
セイパに指摘されて気付くと司は脇に寄った。
そんな司の元にテペヨロトルがやってくる。
「司はかわいい女の子、好き?」
「急にどうしたんだ?」
何を話していたのかと思いつつ、視線をあげると、ひじりが司を一心に見つめてきた。どうやら説得の最後の一押しは司にゆだねられたらしい。
ひじりの視線にうなずきつつも、返答に詰まる司に、テペヨロトルはエメラルドのような瞳を丸くさせた。
「じゃあじゃあ、女の子じゃなくて、司はかわいい神は好き?」
「女の子でも神様でも、かわいい方が好きだな」
テペヨロトルの表情がぱあっと明るくなる。
「うん!わかった!テペヨロトルは服着るね」
説得はうまくいったようで、テペヨロトルは店内に入るとひじりと一緒に、真剣に服選びを始めた。
途中で「自分は無関係です」と言わんばかりだったセイパも、テペヨロトルの命令で店内に引き込まれた。
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