第7話

昼食のあと、しばらくテペヨロトルはテレビでアニメを観て、それが一段落すると今度はスマホでゲームをやり始めた。


感染ゲームというもので、病原菌を生み出して感染者を増やしていき、最終的に人類を絶滅させたら勝利という、なんとも危なっかしい雰囲気のゲームである。


GPSに連動していて、日本がスタート地点に設定されていた。


テペヨロトル曰く「島国だとうまく世界に広まらない」のだとか。


人口が都市部に密集しているので感染者が爆発的に増えるのは良いのだが、世界に拡散する前に日本の医療メーカーによって、早期にワクチンを開発されてしまうため、難易度は高いとのことだ。


子供がやるゲームじゃないなと、司はテペヨロトルの将来が少し心配になった。


テペヨロトルからゲームの説明を聞いているうちに、すっかり陽は傾き夕方だ。


セイパはまだ姿を現さない。


テペヨロトルに聞くと、どうやら移動中にセイパのスマホの電源が切られてしまったらしく、返事がないとのことだ。


テペヨロトルは眉尻を下げると、年齢に不相応なアンニュイな表情を浮かべた。


「困ったなぁ」


「そうだな。ええと……今夜は泊まるあてはあるのかい?たとえば……ホテルを予約してるとか、日本に知り合いや親戚がいるとか」


「いないよー!どうしよう」


「じゃあ、うちに泊まってくか?」


テペヨロトルが目を丸くさせた。


キラキラとした愛らしい瞳で司を見つめる。


「い、いいの!?」


兎のようにその場でぴょんぴょん跳ね出した。


「部屋は空いてるからな」


「じゃあ、ふつつかものですがお世話になります」


彼女は跳ねるのをやめると、ちょこんと頭を下げた。


日本語が堪能なのか苦手なのか、子供なのか意外におませな大人なのか、わからなくなる言い回しだ。


セイパがいつ来るかわからない以上、下手に移動するのもよろしくない。


とはいえ夕飯のことを考えると、また冷凍食品でいいのだろうか?


店屋物という手もあるのだが、迷ったあげく司の口から自然と言葉が漏れた。


「よし。スーパーに行こう」


「スーパー?」


「スーパーマーケットだ」


胸を張る司にテペヨロトルがそわそわし始める。


「なんだかすごそうだね」


「ああ、すごいぞ。食材ならなんでも揃うからな」


包丁もほとんど握ったことはないけれど、調理実習でカレーなら作ったことはある。


それに家政婦さんが作っているのは何度も見学させてもらったし、ネットで調べればレシピだって選び放題だ。


作り方を解説してくれる親切なメシテロ動画も心強い。


きっとなんとかなるだろう。


「だから買い物をして……夕飯を作ろう」


自分の口を衝いて出た言葉に、実は司自身も少しだけ驚いていた。


テペヨロトルがじゅるりと唾を呑む。


「美味しいの食べるの?」


「味は保証できないけど、できるだけ美味しくなるよう努力する」


ぱあっと明るい笑顔を振りまいて彼女は言った。


「わぁあ……司ってすごいね!美味しいの作れるなんてすごいね!じゃあ、司は美味しいのかな?」


日本語がちょっぴり怪しいテペヨロトルだが、ともかく司が料理をするのには賛成してくれるようだった。


「テペヨロトルは何が食べたいんだ?」


「お肉!お肉!お肉!お肉!」


両手を万歳させて興奮気味な少女に、司は考える。


肉料理といってもいろいろだ。何を作ればいいのか悩ましい。


何を作ればいいのか……何を作ればテペヨロトルが喜ぶのか。


「ともかくスーパーに行こう。テペヨロトルは留守番を……」


「テペヨロトルも行くー!お供しますとも!おいてけぼりはあんまりですから!」


エメラルド色の瞳をかすかに潤ませて、少女は訴えた。


彼女はグルメ旅行をしにきたというのだし、スーパーマーケットを見学するのもいいかもしれない。


そこで、ふと疑問が浮かぶ。


そんな彼女がどうしてフォークの使い方を知らなかったのだろうか。


なんでもかんでも手づかみで食べていたんだろうか。


少女には奇妙なところが多い。


けど、まあいいか、と司は思い直した。


むしろなんでも新鮮に感じて喜んでくれる姿を見るだけで、自分の事でもないのに司は楽しくなる。


自分にとっては日常の一部でしかないスーパーマーケットも、観光客のテペヨロトルには、新鮮な驚きに満ちた未知の世界に違いない。


「じゃあ、一緒に行くか」


二人して家を少しの間空けることになるので、セイパと行き違いになるかもしれないが、何かあればテペヨロトルのスマホに連絡が来るだろう。



と、司は楽観的に考えて、出かける準備をするのだった。

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