第24話

食卓に小さなランチョンマットが四枚並んだ。


司の隣にはテペヨロトルが座り、対面する席にはひりじがついた。


司から見て斜め前にセイパが座る。


四人で食卓を囲むといっそう賑やかで、華やかな雰囲気だ。


「あれぇ。美味しそう」


テペヨロトルがむむむっとした顔になった。


「どうしたんだ?そんなに難しそうな顔をして」


「あのね、野菜がね、野菜のくせにね、美味しそうに見えたの」


ひじりが盛ったキャベツの山は美しい稜線を描いている。


それに味噌汁もどことなく、綺麗に盛られているのだ。


まるでテレビCMに出てくるような盛りつけ方だった。


ご飯に至っては、うまく空気を含ませてふんわりとお茶碗を満たしている。


よりふっくら感が出ていて、見るからに美味しそうだった。


「きっと、ひじりの盛りつけが上手だからだな」


「そっかぁ。ひじりも司ほどじゃないけど、すごいね」


「そ、そんなことないわよ」


ひじりは少し困ったように笑った。


テペヨロトルには悪気がなさそうだし、苦笑いも仕方ないと司は思う。


「じゃあ、温かいうちに」


「「「「いただきます」」」」


さっそくセイパが彼女の分のショウガ焼きを、テペヨロトルの皿に移動させた。


そしてテペヨロトルの皿からキャベツを自分の皿に移す。


ひじりの目が点になった。


「ね、ねえ司。本当にいいの?好き嫌いを認めちゃうなんて」


「無理に食べさせて、より嫌いになっても困るしな」


野菜を任されたセイパはといえば、十分に水に浸して瑞々しさと歯触りを良くしたキャベツの千切りを、うなずきながら食べ続けている。


「これは大変興味深い。この味わい。染みこんだショウガ焼きのタレがキャベツにからみつき、手が止まらなくなります」


「肉のタレは大丈夫なんだな」


テペヨロトルがショウガ焼きを一口食べる。


「あーん……ぱく!もぐもぐもぐ……はうぅ」


「味はどうだい?」


目をしばたかせてから、テペヨロトルは嬉しそうに声を上げた。


「お肉が香ばしくて、じゅわっと味が染み染みで、ちょっぴりショウガが大人味。脂身のところが甘くて、お肉は硬くなくてやわらか~で、噛むほどしっかり味がして、テペヨロトルはとっても幸せです」


「そうか。よかった」


司は胸をなで下ろした。


ショウガのクセで好き嫌いが分かれるかと思ったが、テペヨロトルは気に入ってくれたようだ。


次にひじりが千切りキャベツをショウガ焼きでくるりと巻いて食べる。


「お、おいひー!」


まだ口に入ったままなのに、言葉にせずにはいられなかったらしい。


「んぐ……はぁ……キャベツのシャキシャキ感と、お肉の美味しさが口の中で渾然一体となって……司ってこんなに料理が得意だったの!?」


「得意もなにも、レシピ通りに作ってるだけなんだが」


「そんなことないわよ。ショウガを控えめにしたおかげで、パンチこそ少ないけど甘めで食べやすいわ。かといって甘すぎず後味はさっぱりしてるし。それにお醤油の香がしっかり残ってるのに、ツンとしたしょっぱさはなくて……きっと、煮きったみりんとお酒が効いてるのね」


「そうなのか?」


「こんなに美味しいのを自分で作っておいて、なんで自覚が無いのよ!はぁ……そっか……そうだったのね。司にお勧めする部活を間違ってたのかも。料理研究部だったら今頃は……」


「長続きはしなかったと思うぞ」


「どうしてよ?こんなにセンスがいいのに」


「俺が料理をするのは、テペヨロトルがいるからだし」


「えっ!?」


驚くひじりを横目に、司もショウガ焼きを食べる。


甘くてしょっぱくて、かすかに香るショウガが味を引き締めてくれて、がっつりしているのにどことなく優しい味だった。


初めてのわりに美味しく出来ていて、ホッとする。


「ショウガ焼きおいしい!テペヨロトル、司の作る料理が大好きです!」


千切りキャベツこそセイパにお願いしたものの、残さず食べきるまでテペヨロトルは笑顔を絶やさなかった。



食事を終えて、司とひじりは一緒に洗い物をすることにした。


ひじりが洗って、司が布巾で拭いて棚に戻す。そんな分担だ。


流しでフライパンやボール、食器類を洗いながらひじりが聞く。


「ねえ司。もしかして、テペヨロトルってご飯を食べてると、ずっとあんな感じなのかしら?」


「無理に野菜を食べさせようとしなければ上機嫌だな」


「フードコートのお昼ご飯の時は、あそこまで幸せそうな顔はしなかったわよね」


「チキンステーキにサルサソースをかけないで食べたから、物足りない味だったんじゃないか」


「なるほど。たぶん、テペヨロトルは人間の作る料理が好きなのね」


「人間の?って、どういう意味だ」


「え?あの……なんでもないわ。気にしないでちょうだい」


司は作業の手は止めず、ぼんやりと天井を見上げた。


「明日から何を作ればいいのか、少し迷うな。肉ばっかりでも飽きるだろうし」


「なら、あたしが手伝ってあげる。春休みの間、朝昼晩と料理するのは大変でしょ?さっきも話したけど、うちの両親も春休み中は帰ってこないから……」


「ひじりもうちで一緒にご飯を食べるようにすれば、寂しくないな」


「寂しいとか……別にそういうんじゃないけど。ごちそうになってばかりじゃ悪いから、明日の夕飯はわたしに任せてちょうだい!」


「じゃあ、お願いするよ」


本当は朝昼晩、料理をしても良いと思っていたのだが、せっかくひじりが厚意で言ってくれているのだからと、司は彼女の申し出を受けることにした。

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