第25話

翌日――。


司とテペヨロトルが陽が傾きだしてから、運動がてら近所を散歩することにした。


日本の風景にテペヨロトルは興味津々な様子で、予定より少し長めの散歩になった。


帰ってくると、夕飯の食卓に並んだのは、おしゃれなイタリアンだった。


メインはリングイネを使ったペスカトーレだ。


トマトベースのソースにエビやイカ、ムール貝といった海の幸がたっぷりで、見た目も華やかで美しい。


オリーブオイルベースの手作りドレッシングをかけた生ハムサラダと、ソラマメのポタージュスープ。


デザートにティラミスという組み合わせである。


人気イタリアンレストランの、ミニコースを再現したかのような出来映えだった。


司は圧倒された。


自分じゃこんな料理を作ろうなんて、思いつきさえしないだろう。


「ひじりはイタリアンが得意だったのか」


「得意ってほどじゃないけどね」


醤油っぽい茶色系のおかずばかり作ってきた司には、皿の上がまぶしく見えた。


赤や緑が綺麗で、盛りつけも繊細かつ豪華で、食欲をそそる。


食卓についたテペヨロトルが不思議そうにペスカトーレを見つめていた。


「すごぉい!色がいっぱいでキレイだね。これ、なぁに?血みどろ?」


「ペスカトーレよ」


「イカとエビが入ってるから、ちゃんぽんだね!」


「ちょっと違うんだけど。ともかく食べてみて!」


「「「いただきます」」」


テペヨロトルがフォークでくるくるっとリングイネを巻いて食べる。


「……?」


食べながら首をゆっくりと傾げると、テペヨロトルは呟いた。


「まずくないけど、おいしくもない」


「え、えっと……そんなはず……」


とたんにひじりはうろたえた。


司もリングイネを食べてみる。


そして、テペヨロトルの言った言葉の意味を理解した。


まずくない。食べられる。


そう……見た目ほど美味しくないのだ。


あまりに華やかすぎて、食べる方のハードルが上がってしまっているのだろう。


イカやエビもきちんと味はするのに、口の中でそれぞれがバラバラに主張しているようだった。


トマトソースも見た目以上にしゃばしゃばっとしている。


これが本格的なイタリアンだと言われれば、そういうものなのかとも思うのだが、司は正直なところ、太麺をケチャップで炒めた、いわゆる日本のナポリタンの方が好みだった。


テペヨロトルの感想に唖然としているひじりに、司が告げる。


「わ、悪くないと思うな。ただ、ちょっと本格的すぎるっていうか」


ひじりを気づかう様子をみせた司に、テペヨロトルもうなずいた。


「うん!あのね、このお肉は美味しいよ!」


サラダに添えた生ハムは、テペヨロトルも気に入ったらしい。


ひじりががっくりとうなだれた。


「才能……無いのかな」


「そんなことないって。ちゃんと……その……」


美味しいと手放しでは言い切れない微妙な味だ。


「美味しいよ。ひじりが一生懸命作ってくれたんだから」


司は一気にペスカトーレを食べ進む。


「ごめんね……」


「謝るなって。ちゃんと美味しいんだから」


テペヨロトルが薄緑色のポタージュスープを飲んだ。


クリーミーな舌触りだ。


「うーん。うーん。普通かなぁ」


セイパもスープを飲むと感想を述べた。


「この豆の独特な風味がとても美味しく感じられます。ところで、テペヨロトル様は、お豆は大丈夫なのですね?」


「野菜より好きだけど、お肉より嫌い!」


「では、私のサラダの生ハムをどうぞ」


「わーい。テペヨロトルのサラダも食べていいよ!」


無邪気なテペヨロトルに、ひじりはますます落ちこんでしまった。


「こんなはずじゃなかったのに」


司がすかさずフォローに回る。


「誰にも味の好みはあるんだし」


「我ながらこんなにふがいないとは思わなかったわ。明日からは司に任せるわね。しばらく料理とか、できそうにないし」


「そんなこと言わないで、また作ってくれよ」


「う、うん……」


司に励まされて、ひじりは力なくうなずいた。


ひじり自身も、自分の作ったペスカトーレが失敗したというのはわかる。


イカもエビも火が通り過ぎてしまって、固くぱさついていた。


なのにトマトソースにはきちんと火が入っておらず、味にまとまりがない。


加熱時間が不足していて、ニンニクの香りもうまく立ち上がっていなかった。


麺はゆですぎだ。他の調理と同時進行していて、ゆで時間を超過してしまった。



司が何度か手伝いを申し出たものの「大丈夫」と断った結果だった。

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