第26話

翌朝、ひじりも交えて朝食を食べ終えたところで、司のスマホに着信があった。


「久しぶり。え?今、羽田にいるのか?」


リビングでテレビを眺めていたひじりが、テレビの音量をミュートにした。


テレビ画面から視線を移し、テペヨロトルとセイパは同時に司を見つめる。


「ああ。うん……わかった」


司は電話を切ると三人に告げる。


「仕事の都合で母さんが一時帰国した」


ひじりが目を丸くさせた。


「え!?」


司が小さく首を左右に振る。


「大丈夫だ。午後から取引先の会議に出席して、そのまま今日の最終便でとんぼ返りらしい」


「司のご両親って本当に忙しいのね。じゃあ、家には戻ってこないってことかしら」


「ああ。だから二人と顔を合わせることはなさそうだな」


テペヨロトルが難しそうな顔をした。


「うー。司のお母さん、会ってみたかった」


セイパがすかさず訂正する。


「テペヨロトル様。日本語が少々間違っております。会ってみたかったではなく、久しぶりに会いたかった……ではありませんか?」


「どうして?」


セイパがそっとひじりに視線を向けた。


それでテペヨロトルはうなずく。


「うん。それ!そう言いたかったから!」


司は心の中で苦笑いだ。


テペヨロトルは、母親の知人の娘さんということになっている。


面識があるという“設定”だった。


ひじりはといえば、彼女も彼女でほっと息を吐いていた。


「それで、司に電話をしてきたっていうことは、これから会いに行くのかしら?」


察しの良いひじりに先回りされて、司は少し驚きつつもうなずいた。


「昼食は外で母さんと食べてくるよ。だから、お昼は店屋物でも頼んでくれ。二人のことはひじりに任せたいんだけど、お願いできるか?」


「ええ。いいわよ」


テペヨロトルがぷくっとほっぺたを膨らませる。


「いいなぁ。司だけお出かけなんて。もっとお散歩行きたいなぁ」


「テペヨロトル様。帰国まで、あまり遠くに出歩くのは得策と言えません」


「セイパの意地悪!おうちでアニメ見てゲームするだけじゃ、つまんないー」


司がそっとテペヨロトルの頭を撫でる。


「セイパも意地悪で言ってるんじゃないから、そんな言い方はしちゃいけないよ」


「ふにゅーうにゅー……ふやああ」


司に頭を撫でられてテペヨロトルの目尻がとろんと下がる。


「お土産を買ってくるから、良い子にしてるんだぞ」


「はーい!じゃあじゃあ、甘いのがいい!」


「わかった。そうだな、何か日本らしい甘い物でも買ってこよう」


「わーいわーい!甘み!甘み!」


司の言うことにはほぼ無条件で、テペヨロトルは素直に従った。


さっそく出かける準備をすると、司は一人、家を出る。


司を見送ったテペヨロトルが寂しげに呟いた。


「お昼はテンヤモノかー。テンヤモノってどんな料理?」


ひじりが少し困ったように眉尻を下げた。


「店屋物っていうのは、電話やネットで注文して家までお店のご飯をもってきてもらうデリバリーのことよ」


「えー。お店のやつ?司のじゃないの?」


「もしかして、手料理がいいの?」


「あっ……それは……その……テペヨロトルはね、どっちでも……」


ひじりに見つめられて、テペヨロトルは口ごもってしまった。ひじりもなぜテペ


ヨロトルがこんな反応をしたのか、理解している。


昨晩のペスカトーレの悪夢が甦ったのだ。


二人して落ちこんでしまった。そのしゅんとした雰囲気に、テペヨロトルは気付いたのか顔を上げると、ひじりを中心にくるくるその場を回りながら励ますように言った。


「あのね、まずくないよ。まずくないからね。テペヨロトル、ちょっとお野菜が苦手なだけだから。司が作ってくれても、お野菜は堂々と残すよ!」


邪神に慰められて余計に凹むひじりに、セイパが付け加える。


「ひじり様のサラダもスープもとても美味しかったです」


「優しくされても余計に傷つくから!ともかくお昼は無難に店屋物にしましょ!」


セイパがソファーから立ち上がった。


「それには及びませんよ、ひじり様」


「え?も、もしかして……」


「昼食は私がご用意いたします。冷蔵庫にはたっぷり食材がありますので」


テペヨロトルがじっとセイパを見つめた。


「セイパ、お料理できるの?」


「私の茹でたトウモロコシを喜んで食べてくださったではありませんか」


「そうだけど、司の家のお料理道具、ちゃんと使える?包丁とか、キレッキレであぶないんだよ?」


「ご心配には及びません。何度か司様の調理を見学させていただいておりますので、各種道具の使用方法も心得ております。昼食は私が腕を振るいましょう」

「手伝った方がいいかしら?盛りつけだけなら得意だし」


念のためひじりが聞いた。


「お心遣い感謝いたします。しかし、ここはお任せください。テペヨロトル様にお仕えする身としては、料理ができないままではいけませんから」


「そ、そう。わたしじゃ頼りにならないし……お願いするわ!」


「樹霊の誇りにかけて!」


恭しくセイパは一礼してみせる。


その顔にはかすかに自信をのぞかせていた。


「うー。心配だなぁ」



テペヨロトルの懸念をよそに、セイパとひじりは固い握手を交わすのだった。

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