第23話
ショッピングモール内のスーパーで食料品も買い終えて、司たちは帰宅した。
テペヨロトルは少し疲れたようで、司が目を離した隙にソファーにごろんと横になっていた。
目を閉じてゴロゴロと喉でも鳴らすように、心地よさそうにしている。まるで仔猫のようだ。
セイパがソファーのそばに控えて、まどろむ主を見守っていた。
ひじりも珍しく自宅には戻らず、司の家のリビングを動かない。
「うちに長居するなんて、久しぶりだな」
「たまには司の家でゆっくりしていっても、ばちは当たらないでしょ?」
「ひじりが構わないなら、俺も歓迎だけど」
司がじっと見つめると、ひじりは少し怒った口振りで返す。
「けど、なによ?」
「やっぱり、テペヨロトルたちのことが気になるのか?俺に任せておけないって、ひじりは思ってるんじゃないか?」
正直に打ち明けた司に、ひじりは困ったように眉を八の字にさせた。
「ある意味そうとも言えるけど」
「なんだかはっきりしないな」
「あのね……まがりなりにも司は男子なわけだし、男女が一つ屋根の下っていうのも……ふ、不健全じゃないかしら?」
「ひじりは俺をなんだと思ってるんだ」
テペヨロトルのようなちびっ子に、司があらぬ感情を抱くとひじりは心配している。というのであれば心外だ。
セイパが二人の会話に割って入った。
「心配にはおよびません。テペヨロトル様は私がお守りいたします。もしテペヨロトル様に害を成す存在があれば、全身全霊をもって撃破殲滅する所存です」
いきなり物騒なことを言うセイパに、ひじりがブルッと身震いした。
「どうしたんだひじり?」
「べ、別にどうもしないわよ」
司がゆっくりうなずいた。
「ともかくセイパもいることだし安心だろ?」
ひじりはかたくなに首を左右に振り続ける。
「それでも、女の子同士の方がわかりあえることもあるし、テペヨロトルとセイパにはうちで生活してもらった方が良いと思うのよ」
「ひじりの家にか?おじさんとおばさんに悪いよ」
「親は今……旅行中なの!ちょうどわたしも家にひとりぼっちだし」
「そうなのか。そういうことなら……」
賑やかな生活もまんざらではないと思い始めていた司だが、ひじりの提案も自分をおもんぱかってのことだと理解できる。
女の子の世話を女性がやるのも仕方ないと、思ったところで――。
今までソファーでまどろんでいたテペヨロトルが、むくっと身体を起こした。
「やだ!」
これ以上なく端的な返答だった。
すかさず、ひじりが説得にかかる。
「あのね、司は……ロリコンかもしれないの!」
「違うからな」
軽めにくぎを刺しつつ、司はため息を吐く。
テペヨロトルは不思議そうに、くりくりっと丸めた愛らしい瞳で、ひじりの顔を見つめて聞き返した。
「ろり……こん?それ、おいしいの?」
「ロリコンっていうのは、ちっちゃい女の子を食べちゃいたいくらい大好きな変態のことよ!」
「えっ!?司はロリコンだからテペヨロトルのこと、そんなに思ってくれてるの?」
テペヨロトルは赤らめたほっぺたを両手で包んで、小さく身もだえた。
「いやそれも違うから」
「えー。違うのかぁ。それはつまんないなぁ。司がロリコンならいいのになぁ。いつ、司はロリコンになるのかなぁ」
「いつと言われても、そもそも違うし、ならないから」
「ぶーぶー!」
小さく口を尖らせると、テペヨロトルは沈み込むようにソファーに横になった。
ひじりが食い下がる。
「待って!司はロリコンじゃないかもしれないけど、うちにくれば……お肉をごちそうするわ!」
テペヨロトルが再び、今度は勢い良くガバッと起き上がった。
「お腹空いた!お肉食べたい!」
司は目を丸くさせた。テペヨロトルは眠いだけでなく、空腹なようだ。
「じゃあ、少し早いけど夕飯の準備をしよう。ひじりも食べていくよな?」
「う、うん……じゃなくて!ねえテペヨロトル?うちに来てくれたらお肉をいっぱいごちそうしてあげるわよ」
「えー。いらない」
「どうして?お肉いっぱいよ?」
「だって、司のご飯が食べられなくなっちゃうから」
「そ、そう……」
ひじりは消沈した。
説得が失敗したところで、司は夕飯のメニューを発表する。
「今日は豚のショウガ焼きを作るぞ」
テペヨロトルが両手を挙げた。
無邪気な笑顔が弾ける。
「わーい!ショウガヤキってお肉なの?」
「ああ。肉だな。ショウガ味のお肉だ」
「楽しみだなぁ。ショウガ味ってどんな味かなぁ」
司がキッチンに向かうと、テペヨロトルがちょこちょことついてくる。
テペヨロトルが移動すれば、セイパもそっとそのあとを追った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!ああもう……わたしも手伝うから!」
結局、一同リビングからキッチンに場所を移したのだが、ひじりもそれ以上の無理な説得はしなかった。
エプロンを装着し、司は調理を開始した。
炊飯器にお米をセットすると、ショウガ焼きよりも先に、付け合わせのキャベツの千切りを作る。
包丁で綺麗に切るのは難しそうなので、スライサーを使った。
柔らかい春キャベツをリズミカルにスライサーの刃に通していく。
フリル状の葉がほどけるように千切りが層を作って重なった。
「どれくらいあればいいかな」
セイパがそっと司に告げる。
「作りすぎた分は私にお任せください」
「じゃあ少し多めにしよう」
キャベツ半玉分ほどの千切りができあがった。
ボールに山盛りだ。
司はそれを水にさらしておく。
こうするだけで、食感が良くなるらしい。
「次はショウガ焼きのタレだな」
買ってきた豚肉はロースの薄切りだった。
これにからめるタレの味がショウガ焼きの個性になる。
一口にショウガ焼きといっても色々あるらしく、一般的な醤油ベースの味付けでも、他に加える調味料の配合がレシピごとに結構違うのだ。
その中でも子供に人気という、ショウガをあまり強く効かせないタレのレシピを、司は作ってみることにした。
テペヨロトルがダイニングの椅子をもってきて、その上に立つと後ろから司の手元を見つめる。
「わああ。その黒っぽいのはね、しょうゆ!」
「正解。よくわかったな」
「竜田揚げの時も、同じ匂いだったから」
司は調理用のお酒とみりんを手にしてから、一度テペヨロトルの顔を見て思った。
「そうだな。お酒のアルコール分は先に飛ばして置こう」
みりんとお酒だけを先に小鍋で火にかける。
少量なので、すぐにぷくぷくと気泡が立ち始めた。
「ふやあああ。司。なんだかふやふやする匂い。ぽーっとしてきちゃう」
「アルコールが飛んでるみたいだな」
司が軽く小鍋を揺らすと、突然、ボウッ!と、鍋の上に火の手があがった。
「うわっ……と」
鍋の中の火はすぐに消えた。
さすがに火災報知器が警報を鳴らすことはなかったものの、司は内心焦ってしまった。
だが、テペヨロトルもひじりも、司がわざとそうしたのだと思ったらしく「「おーっ!」」と感嘆の声を上げている。
「すごいじゃない司。フランベするなんて!」
「あ、ああ。まあな」
フランス料理のフランベとはたぶん違うんじゃないかな。
と、思いつつ、司は煮きったお酒とみりんに醤油とおろしショウガを加えた。
ショウガはチューブのもので、量も控えめだ。
それから豆腐の味噌汁も準備する。
ご飯の炊きあがりまで十分前になったところで、塩コショウを軽く振った豚ロースの薄切り肉をフライパンで焼き始めた。
手がふさがった司に、ひじりが聞く。
「ね、ねえ司。わたしに手伝えることはないかな?」
「じゃあキャベツの水を切ってもりつけを頼むよ」
「うん!任せてちょうだい」
ひじりが千切りキャベツを準備する傍らで、司は豚肉を焼いていった。
両面に色がついたところで、作っておいたショウガだれをフライパンに投入する。
じゅわああああああああああああああああああああああああああああ!
っと、香ばしい匂いが立ち上った。手早くフライパンを揺すりながら、ショウガダレを肉にからめていく。
「わ、わぁ!わぁああ!じゅるり!」
テペヨロトルは椅子から身を乗り出しすぎて、落ちそうになっていた。そっと彼女の身体を後ろからセイパが支えている。
「テペヨロトル様。ここはどうかお静まりください」
「セイパ!司はすごいでしょ!お肉を美味しくしちゃうんだよ!」
「はい。すばらしい才能の持ち主かと」
コンロの火を止めてエプロンを外すと司は真顔で返した。
「褒めすぎだから」
「そんなことないよ!司すごいよ!」
テペヨロトルの純真な眼差しに、司は少しだけ恥ずかしくなった。
「あ、ありがとう」
料理を作っただけで、こんなに喜ばれるなんて……と、思う。
そうこうしているうちに、炊飯器のご飯も炊きあがった。
なにも言っていないのに、ひじりが人数分の食器を用意してくれている。
彼女はお皿にキャベツを盛りつけていった。
「悪いなひじり。色々やってもらっちゃって」
「ごちそうになるんだし、これくらい当然よ」
ひじりの盛るキャベツは山のようにそびえていた。
そこに司が仕上げたショウガ焼きが並ぶ。その間にひじりがお味噌汁をよそい、ご飯をお茶碗に盛った。
言葉をかわさなくても、二人の息はぴったりだ。
「あ、あう……うぅ……テペヨロトルもぉ……そういうの……」
蚊の鳴くような声で呟くテペヨロトルに、司が作業の手を止めた。
「どうしたんだ?元気ないな?」
「なくないよ!ちょっと、いいなぁって……なんでもない!」
テペヨロトルはブンブンと頭を左右に振った。
頭に引っかかったクモの巣じみたもやもやを、振り払うような仕草だ。
そのもやもやがなんなのか、テペヨロトル自身にもわかっていないようだった。
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