第22話

「どうやらできたみたいだな。取りに行こうか?」


「お肉!お肉食べなきゃ!お腹ぺっこぺこだよ!」


立ち上がって料理を受け取りに向かう司に、テペヨロトルも元気についてくる。


お店のカウンターに、できたばかりの鉄板グリルプレートが、トレーに載って二人を待っていた。


熱々の鉄板に耳を傾ければ、かすかに聞こえるパチパチという油の跳ねる音が、心地よく食欲をそそる。


テペヨロトルが頼んだチキンステーキには別途サルサソースがついていた。


司のポークリブには甘辛い照り焼き風なバーベキューソースだ。


トレーが重たいので、司は一つずつ運んで店とテーブルの間を往復した。


テペヨロトルはそれについてきて、司を応援する。


ちょっと恥ずかしいのだが、司としてはテペヨロトルにトレーを持たせて転んだりする方が心配なので、素直に応援されることにした。


「がんばれ!がんばれ!もうちょっと!あとちょっと!」


「よし、到着……っと」


「わあい!お肉お肉!」


熱々に熱せられた鉄板の上には、皮までパリッと焼き上げられたチキンステーキがデンと構えるように盛りつけられている。


なんとも香ばしい。


肉嫌いな人にはもしかしたら、この匂いはよくないんじゃないか?


と、司はトレーを運び終えてから気付いた。


「セイパは大丈夫なのか?」


「何か問題が発生いたしましたか?」


「肉が苦手なんだよな」


「はい。ですが私の場合は好んで食べないだけのことで、テペヨロトル様のように、苦手な食べ物を見るだけで嫌悪するというようなことはございません」


「大人なんだな」


「いいえ、テペヨロトル様の方が大人です」


いまいち話がかみ合わない。


司がどういうことか聞こうとしたところで、待ちきれずテペヨロトルが司の服の裾をくいくい引っ張った。


「司!これどうするの?どうやって食べるの?このまま?」


「ええと……仕上げにソースをかけるらしいんだけど……テペヨロトルはサルサソースは大丈夫なのかい?」


「おさる?」


「お猿さんじゃないぞ。サルサソースだ」


司の見立てだと、トマトベースのサルサソースには、たっぷりとみじん切りにされたタマネギなどの野菜が入っている。


「テペヨロトルには、ちょっと刺激的な食材が入ってるソースみたいだな」


「それってもしかして……もしかすると」


「野菜がたっぷりでヘルシーだ」


「いやあああああ!じゃあ……はい、セイパにあげるね」


「ありがとうございます」


何を思ったのか、テペヨロトルはサルサソースの入った小さな容器をセイパにプレゼントした。


セイパはそれをクイッ!と、一気に飲み干す。なかなかの飲みっぷりだ。


「これはまた……香辛料とピクルスの風味が絶妙ですね。おかわりをいただきたいくらいです」


「……そういうものじゃないと思うんだが」


唖然とする司とひじりをよそに、セイパは表情をほとんど変えず首を傾げた。不

思議そうに「何か問題でも?」と言いたげだ。


「司!もう食べていい?」


「あ、ああ。ソースは無いけど、一応塩コショウくらいはしてあるみたいだし。召し上がれ」


「いっただきま~~す!」


テペヨロトルはナイフとフォークをきちんと使いこなして、チキンステーキを食べ始めた。


切れば断面からじゅうっと肉汁が溢れる。


一口食べるとテペヨロトルは両目を閉じた。愛おしむように味わう。


「うううー!お肉美味しい。皮のとこがぱりっぱり!お肉もやわらか!」


満足そうなテペヨロトルに安堵しつつ、司もポークリブを食べることにした。


ソースをかけるとジュワーっと湯気があがる。


骨と肉の隙間にナイフをいれて切り離すと、よく焼けた肉にしっかりソースをからめて、食べる。


ソースに鉄板の熱で火が入り、何とも言えない香ばしい味わいになっていた。


下味もしっかりついているのだが、これが何味かと聞かれると、うまく言い表せない。


バーベキューソース味。


醤油でも塩でも味噌でもない、甘くてどろりとしていて、ほんのり燻したような風味だった。


「司のも美味しいそうだね」


「一口食べるか?」


「あーん!」


まるでひな鳥のように、テペヨロトルは口を開けた。


司は一瞬、何をしているのかと思ったのだが、すぐに気付いて一口サイズに切ったポークリブを、彼女の口へと運ぶ。


ぱくりとテペヨロトルは食べると、不思議そうな顔をした。


「おー……おー……お肉のソースなのに、甘くてとろとろ。だけどちょっぴりピリ辛いかも。こういう美味しさもあるんだぁ」


ポークリブを堪能すると、今度はテペヨロトルがチキンステーキを一口サイズに切った。


「次は司の番だよ。はい、あーんして」


「俺はいいよ」


恥ずかしくて断ると、途端にテペヨロトルの大きな瞳がうるっとなった。すぐに司は訂正する。


「い、いただきます」


テペヨロトルの手で食べさせてもらったチキンステーキは、シンプルな塩コショウ味で、これはこれで美味しいものだった。


急にひじりが、おいなりさんを箸でもちあげた。


「じゃあ、わたしのおいなりさんも司に一口あげるわ!」


「え?けど……その……」


「は、恥ずかしがらなくてもいいじゃない!幼なじみ同士なんだし!」


「じゃあ……いただきます」


司はおいなりさんを半分食べる。


油揚げからじゅわっとしみ出す、甘辛しょうゆの風味に甘めの寿司飯がぴったりマッチしていた。


中に具は入っていないのに、包み込む油揚げだけで、しっかり美味しく感じられる。


「美味しかったよ。ありがとう」


「やっぱり日本人なら、この味よね」


そういうと残り半分をひじりはパクリと食べてしまった。


司にセイパからも熱い眼差しが注がれる。


「パクチーも一口いかがですか司様?」


「それは……結構です」


つい、司は敬語で返事をしてしまった。


パクチーについては、それだけを食べるとなると、躊躇せざるを得ない。


そうこうしているうちに、テペヨロトルがチキンステーキを平らげ終えていた。


「セイパ。これ食べて!この緑色の悪魔と愉快な仲間たち!」


「はい。テペヨロトル様」


鉄板の上にはミックスベジタブルのバターソテーが残っている。


それをセイパは喜んで食べた。


「ああ、このグリーンピースの癖のある味わい。とても良いものです」


テペヨロトルは野菜を食べずに済んで上機嫌だ。


「もしかして、テペヨロトルが食べられない野菜はセイパが食べてきたのか?」


「そうだよ。セイパはどんな野菜でも食べるから」


「テペヨロトル様のお役に立てて嬉しく思います」


なるほど。


こういうところでは、二人の利害は一致するらしい。



だが、これだとテペヨロトルはいつまでたっても、野菜を食べないんじゃないか……と、司は心配になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る