第21話

お昼時というにはやや遅いものの、フードコートのお店は司の予想通り、どこも混雑していた。


食事をするスペースを囲むような形で、色々なお店が軒を連ねる。


ハンバーガーにフライドチキン。たこ焼きにお好み焼きに長崎ちゃんぽん。


カレーに牛丼に讃岐うどん。


中華料理にアジアンダイニング。


熱々の鉄板でステーキを出すお店まであった。


テペヨロトルが瞳をキラキラと輝かせる。


「司!ここで食べるの?」


「ああ。ここならそれぞれ好きなものを食べられるしな」


「お肉は!?お肉はありますか!?」


「えーと……フライドチキンとか牛丼とか、あの鉄板焼きステーキのお店なんかもいいんじゃないか?」


「じゅるり……全部食べたい!」


目移りするテペヨロトルを見て、ひじりがほっと息を吐きつつ司に告げた。


「わたしは席をとっておくから、先にみんなで行ってきてよ」


「じゃあ、頼むよひじり。注文を済ませたらすぐに交代するから」


席を決めたところで、司はセイパに確認した。


「セイパは何か食べたいものはないか?」


「特にありませんが……」


ひじりが席について荷物番をしながら、セイパに告げる。


「とりあえず、ぐるっと見てきたらいいんじゃない?麺料理もご飯ものも、お肉も野菜もなんでもあるし」


これから一週間、セイパも新海家に滞在するのだから、彼女の味覚の好みもわかるかもしれない。


「では、野菜をいただきたいとおもいます」


テペヨロトルが、ぷくーっとほっぺたを膨らませる。


「まーたセイパは野菜野菜って。野菜なんて美味しくないしー」


「失礼いたしました。私は水と太陽光があれば十分です」


司はテペヨロトルの瞳を見つめた。彼女はハリセンボンのようにほっぺたを膨らませたまま、不機嫌そうにしている。


「テペヨロトルは肉が好きなんだよな?」


ほっぺたから空気がぷしゅっと抜けて、テペヨロトルは笑顔で万歳した。


「うん!大好き!お肉は美味しいからね!」


「もし、野菜しか食べちゃだめって言われたらどうなる?」


「えっ!?それは……つらいよ。お肉食べられないと死んじゃうよ!」


しゅんっとテペヨロトルは落ちこんでしまった。


「なら、セイパが野菜を食べたい気持ちもわかってあげられるよな。好物はみんなそれぞれ違うけど、好きな味を食べちゃだめって言われたらつらいだろ」


「そ、そうなの?セイパは野菜の味が好きなの?」


セイパはゆっくりうなずくと「はい……僭越ながら」と呟いた。


「そっかー……うーんうーん、じゃあ、セイパは野菜食べてもいいよ!」


「よろしいのですかテペヨロトル様?」


「うん!美味しいの食べられないのって、つらいからね」


「ご配慮いただき、ありがとうございますテペヨロトル様」


司には二人の関係性が浮き世離れしていて掴みきれない。


けれど、こうして仲直りできるのは、単純に良い事のように思えた。


「じゃあ、みんなそれぞれ好きなものを食べよう」


「はーい!」


司の号令で、ひじり以外の三人が先に、意中のお店に並ぶことになった。


司はテペヨロトルにお付き合いするつもりだ。


彼女一人でお店の人とやりとりできるか心配だ。


そんな司の隣で、テペヨロトルは悩む。


「わああ。ハンバーガーはお肉が挟んであるパンかぁ。パンとお肉をいっしょに食べられるなんて、すごい発明かも」


「ハンバーガーも初めてなのか」


「うん!あのね、この“ラッキーセット”は何が違うの?」


「おもちゃがついてくるんだ」


「えー。そんな子供っぽいのいらないよぉ」


「そうだな。テペヨロトルはおもちゃよりお肉だよな」


「うんうん。えっと、じゃあこっちのお店のギュードンは?ギューっとしてドーン!って味?」


「特盛りにするとドーンとしたボリュームになるけど、そこまでギューっとはしてないと思うな」


「へー。お肉がいっぱい?」


「白いご飯の上に、醤油ベースで味付けをしたお肉とタマネギがのってるんだ」


「えー。タマネギかぁ……ちょっと扱いに困るなぁ」


ネギ抜きで対応もできると司は言おうとしたのだが、テペヨロトルの興味は早くも次のお店に移っていた。


「ここは知ってる!竜田揚げ屋さん!」


「ちょっと惜しいな。フライドチキンのお店だよ」


「ふらいどー?なにか違うの?」


「味付けに特別なハーブを使ってるんだ」


「へー。ハーブってなに?」


「ええと……葉っぱだな」


「えー。葉っぱの味するの?」


「それだけじゃなくて、コショウとかスパイスが入ってるらしいんだけど……」


「スパイスって?」


「香辛料のことなんだけど、えーと……スパイスっていうのはいろんな料理に使われてる……なんて言ったらいいんだろう」


テペヨロトルの質問にたじたじだ。


少しくらいは料理について勉強しておいた方が、彼女の突然の質問に対応できるかもしれない。と、司は思った。


「すっぱいのかー」


「そういうスパイスもあるだろうけど、このお店のフライドチキンに使われてるかはわからないな」


小さく腕組みすると胸を張って、テペヨロトルは真面目な顔をした。


「えーと、テペヨロトルは決めました」


「まだ他のお店もみてないけどいいのかい?」


「やっぱり……あれ!あれがいい!」


彼女が指さしたのは、鉄板焼きステーキのお店だった。


熱々ジュージューと音を立てるお肉には、シンプルに食欲を刺激する破壊力がある。


「まさに大本命って感じだな」


「ダイホンメイ?」


「一番の候補ってことだよ」


「じゃあ、司はテペヨロトルのダイホンメイだね!」


そんな話をしながら、二人一緒に鉄板焼きステーキのお店の列に並ぶ。


メニューも多くて、順番を待つ間もテペヨロトルは迷いに迷った。


「えーと、えーと……選びきれない!」


「ミックスグリルはどうかな?チキンとビーフとポークが食べられるみたいだし」


「そんなに食べられるかなぁ」


食欲こそ旺盛なのだが、かといってテペヨロトルは大食いというわけでもなかった。


「司はどれにするの?」


「そうだな。この骨付きのポークリブにしようと思う」


ポークリブを特製のバーベキューソースで味付けしたものだ。


ステーキもいいけれど、骨付きというところがなんともワイルドな感じがして、興味をそそられた。


「じゃあねー……テペヨロトルはこれ!」


順番が回ってきたところで、テペヨロトルはお店の看板にあったチキンステーキを指さした。


「チキンか。いいんじゃないか」


竜田揚げもすごく気に入ってくれてたみたいだし、テペヨロトルは鶏肉が好みなのかもしれない。


司はレジで注文を終えると、小さな無線発信器を受け取った。席に戻って荷物番をひじりと交代する。


「お待たせ、ひじり」


「どうやらお肉にしたみたいね。わたしはもう決めてるから、ちょっと行ってくるわ」


ひじりは讃岐うどんのお店の列に並び行った。


うどんもいいな……と思った司の袖を、テペヨロトルがくいっと引っ張る。


「司?これなぁに?」


テーブルの上に置かれた、無線発信器を彼女は指さして聞いた。


「あ、ああ。そっか珍しいんだな。これは料理ができたら鳴るんだよ」


「へー。すごいね。昔はそういうの無かったよ」


「そうだろうな」


テペヨロトルの言う昔が何年ほど前なのかわからないのだが、なんとなく言い方がおもしろくて司は笑ってしまった。


少し待つ間、テペヨロトルはスマホを取りだした。メッセージアプリに通知が来ているようだ。


「メッセージが来てるみたいだけど、確認しなくていいのか?」


「あ!司はプライバシーがだめなんだよ!」


「ごめんごめん」


先ほど、他人のスマホを勝手に見ちゃいけないと言ったのは司だった。


とはいえ、少々心配なのだ。


テペヨロトルはメッセージを放置するクセがあるらしく、セイパからの呼びかけを既読スルーしまくっていた。


おかげで、セイパは大あわてで彼女を探すはめになったのだ。


「ゲームしよっと!」


テペヨロトルが感染ゲームを始めて五分もしないうちに、料理をトレーに載せてひじりとセイパが戻ってきた。


ひじりはかきあげ天ぷらうどんと、おいなりさんのセットだった。


そしてセイパはといえば、こちらも何か麺料理のようなのだが、丼の上には麺が見えないほど緑の香草が山盛りになっていた。


セロリを鮮烈にしたような、独特な香の強さにテペヨロトルがくらっとする。


「ふえええ。セイパくさいー」


「とても良い香だと思うのですが……」


「うう、いやあああ!」


スマホをヒョウ柄のポシェットにしまうと、テペヨロトルが司に抱きつき、顔を胸のあたりに埋めて涙目になった。


「セイパのそれはなんなんだ?」


「これはフォーという、お米で作った麺料理だそうです」


「ええとだな……上に載っている尋常ならざる量の緑色の葉っぱについて聞いたんだ」


「コリアンダーです。香菜。パクチーともいいますね。ああ、この香……たまりません。とても癒やされます。店の人間に暗示をかけて、載せられるだけ載せさせました」


テペヨロトルが野菜を恐れるようになった理由の片鱗を、司は垣間見た。


「ええと、今後はもう少し常識的な量にしてくれ。でないとテペヨロトルが……」


「ううっ……怖いよぉ……野菜怖いよぉ」


これは重症だ。


ひじりがフォローするように、パクチーについてコメントした。


「ちょっと癖は強そうだけど、ヘルシーで美味しいそうね」


「ご理解いただけますかひじり様」


「ちょっと載せすぎかなとは思うけど」


司はテペヨロトルをあやすように、頭を撫でながら二人に告げる。


「麺がのびるから、お先にどうぞ」


「よろしいのですか司様?」


「むしろ早く、その緑色のやつを食べてもらった方がいいかもしれない」


「では、お先にいただきます」


外国人なのにセイパの箸使いは美しかった。


器用にパクチーばかりを食べている。


うどんを食べようとしたひじりが手を止めた。


「それって、麺と一緒に食べるものじゃないの?」


「私にとってはこの香草がメインで、麺やスープはおまけに過ぎません。ああ、なんという美味しさでしょう」


細めた目尻をトロンと落とし、セイパはなんとも幸せそうだった。


どうやら彼女はセロリや春菊などの、癖の強い野菜が得意そうだ。


テペヨロトルと食事の好みは合わないのだろう。


この二人はお互いに苦労してきたのかもしれない。


それでも一緒にいるのだから、きっと家族かそれ以上の関係なんだろうな……と、司は感じた。


あまり詮索しないようにと思いつつも、二人が一緒に食べられる料理はないかと、つい考えてしまう。


ピーッ!ピーッ!ピーッ!



と、甲高い電子音がテーブルの上の受信機から鳴った。

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