第35話

テペヨロトルが帰国してからも、司は自炊を続けていた。


冷凍食品に頼ることもしばしばだが、学校へは手弁当だ。ひじりの分も作って一緒に食べるようになっていた。


二年生に進級してからは、ひじりの「部活紹介攻勢」もすっかりなりを潜め、ひじりが司に料理を教わりに来る。なんて事もあった。


学校が始まって一週間ほどが経過した――ある日のこと。


今日はひじりに急なバイトが入ってしまったらしい。


夕飯を一緒に食べる予定だったのだが、仕方ない。


調理も仕上げの段階だ。後戻りはできなかった。


たまにはこういう日もあると、チンジャオロースを炒めながら、司はぼんやり思う。


大きな中華鍋に、先に合わせておいた調味料を入れた。


じゅわああああ!っと食欲を刺激する音がした。味はピアノで言えば和音だと、


司は思う。香りが立って鼻孔をくすぐった。


音も香りも、美味しさの一部なのだ。


ピーマンは三色。赤と黄色はパプリカだ。彩り鮮やかで美しい。


けど……と、司は思う。


テペヨロトルなら、きっとピーマンは全部除けて食べるだろう。


セイパが三色ピーマン炒めを食べて、テペヨロトルは牛肉炒めを食べそうだ。


二人前できあがった大皿のチンジャオロースを、司は味見した。


「…………おいしい……と、思う」


独りでは断言できない。


料理をしても何かが足りていないと思うことが、しばしばあった。調味料や食材やレシピの問題ではないし、ひじりは「美味しい!」と言って司の料理を食べてくれる。


自分自身の問題なのだ。


中米からやってきた不思議な少女に作ってあげるのは、大変なこともあったけど、それがやりがいになって楽しかったんだろう。


と、司は思う。


ピンポーンと、インターホンが鳴った。


「ひじりかな?」


バイト先で緊急の招集があったというわりに、早かったなと司は思いつつ、玄関をあけた。


「ただいまー司!」


テペヨロトルが立っていた。


後ろにはセイパが大きな旅行用トランクと一緒に控えている。


「えっ……テペヨロトル……なのか?」


「そうだよ。来ちゃった!くんくん……あー!美味しい匂いがする。夕飯はなぁに?お肉だといいなぁ」


「チンジャオロースだけど」


「なにそれ!?美味しいの?」


「ええと……中米に帰ったんだよな?」


困惑する司にセイパがうなずいた。


「はい。あれから無事帰国しました。そして再来日のためビザを取得し、無事に入国することができました」


「ビザ?イタリア料理か?」


「それはピザかと。外国神が入国する場合、申請してビザを取得しなければなりません。事前にうかがうとご連絡できず、申し訳ありません」


「いったいどういうことなんだ?」


テペヨロトルが靴を脱いで新海家にあがると微笑む。


「あのね、密入国じゃないから大丈夫なんだって!この前は密入国だったからねぇ」


「そ、そうなのか。それはよかった……のか?」


セイパがトランクを開いた。中から彼女が取りだしたのは、黄金の像だ。


「先日お世話になったままでしたので、今後の滞在費も含めて、是非ともこちらをお納めください」


「ずいぶんとその……金ぴかだな」


「昔の信者たちがテペヨロトル様を模して造り上げたフィギュアにございます。純金製ですので、売却すればいくらかにはなるかと思われます」


「あの……えーと。ありがとう……」


「ではお世話になります」


トランクを閉じるとセイパも新海家に上がり込んだ。


リビングに戻るなり、テペヨロトルが司に抱きついてくる。


「司!むぎゅってして!」


「あ、ああ。おかえりテペヨロトル」


司は小さな身体を軽く力を込めて抱きしめた。テペヨロトルの顔がとろける。

そのまま彼女は告げた。


「ご飯食べたい!」


「ちょうど良かった。作りすぎて困ってたんだ」


もう会えないのかと思っていたのに、ある意味拍子抜けだ。


「なあテペヨロトル。なんで連絡くれなかったんだ?」


「え?」


「メッセージアプリにメッセージを送ってたんだけど……」


テペヨロトルはそっと司から離れる。


「これ?」


ヒョウ柄のポシェットからスマホを取り出した。メッセージアプリを開くと、司のメッセージはすべて既読になっていた。


セイパが深々と頭を下げる。


「まさか司様がこれほどテペヨロトル様を思っていらしたとは、返信もせず申し訳ございません。主に代わって謝罪いたします」


「あれー?」


テペヨロトルはスマホの画面をじっと見つめている。


「これ、読むだけじゃないの?」


司の目が点になった。


「あ、ああ。返信して会話ができるんだ」


「へー。すごいねー。なんでもありだねー」


「なんでもって……」


ゲームアプリで遊ぶことはできるのに、メッセージアプリのことをテペヨロトルは理解できていなかったらしい。


ともあれ、二人は戻ってきた。しかも今回はきちんとした手続きをとった上での入国となる。


「教会とかは大丈夫なのか?」


セイパが力強くうなずいた。


「無理かと半ば諦めていたのですが、なぜか私は下級樹霊。テペヨロトル様も邪神ではなく猫神の亜種として登録されておりまして……もしかしたら手続き上のミスがあったのやもしれません」


「そ、そうなのか。ちょっと難しくてわからないんだが……」


「入管のミスですからこちらに落ち度はございません」

セイパが断言したところで、再びピンポーンとインターホンが鳴った。


「ん?誰だろう」


司が玄関に向かいドアを開けると、ひじりが大きく肩で息をしていた。


「ハァ……ハァ……司!無事だったのね!」


「どうしたんだ?そんなに慌てて」


「それが何者かが外部から侵入してデータを改ざんしたのよ。凄腕よ!ウイザード級……じゃなくて、ともかくその……嫌な予感がして戻ってきたのよ!」


「落ち着けって。そうだ、ひじりに良い知らせがあるんだ」

玄関先の騒ぎを聞きつけて、テペヨロトルとセイパが顔を出した。


「お久しぶりですひじり様」


「わああ、ひじり久しぶりだねぇ!またいっしょだね!」


「えっ!?平和的かつ穏便に退散したんじゃ……えええええっ!?」

ひじりが仰天している。無理も無いと思いつつ司はうなずいた。


「ともかく、そんなところで立ってるのもなんだし、一緒に夕飯食べないか?おかずをもう一品作るから」


こうして新海家の食卓事情は、再び元の賑やかさを取り戻した。



ちなみに、セイパが持参した黄金像はどうみても海外の重要文化財なため、換金されることなく、新海家の和室の床の間に飾られることになるのだった。


<おしまい>

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