第32話
中央の空いたスペースに……露出度の高い水着姿(?)の女性が立っていた。
「ふーん。あなたが司クンね」
その風貌は異様なもので、蝙の羽根を背にはやし、山羊の角のような頭飾りをつけ、蛇のような尻尾まで揺らしている。
今日、ショッピングモールでヒーローショー的なものでもあったのだろうか?
戦隊モノの悪の女幹部と言われれば、どことなくしっくりくる見た目だった。
こんな倉庫が控え室とは到底思えないのだが……。
悪の女幹部風衣装の女の目に前には、鉄くずのようなものが置かれていた。
前衛的なオブジェにも見えるそれは、内側から破裂したように破壊された檻だった。
セイパが冷たい眼差しで女に聞く。
「先に宣言しておきます。私は貴方が何者であろうと興味はありません。必要以上に関与するつもりもありません。テペヨロトル様はどちらにいらっしゃいますか?」
セイパの質問に女は「ふふっ」と笑った。
「なによぉ。自己紹介くらいさせてくれてもいいじゃない。あたしはリリス。こう見えてすべての悪魔のお母さん的な存在なのよ」
「たくさんお子さんがいるようには見えないな」
司はつい、呟いた。
母親というには単純に見た目が若々しい。
そして、仕事なのかもしれないけれど、割とものすごい格好をしているのに、堂々としているのもすごいな。と、思う。
“すべての悪魔の”という部分が引っかからないでもないが、ついテペヨロトルと接するときのくせで、司は自分なりに解釈してしまった。
それにしても、どうして外国の人は何かにつけて悪魔や天使を持ち出すのだろう。
「あらぁ……お世辞でもうれしいわ」
頬を赤らめるとリリスは身もだえた。司を見つめて舌なめずりをする。
「んふふ。本当に可愛い男の子ね」
ひじりが遮るように司とリリスの間に割り込み、庇うように両腕を広げた。
小さな背中が震えている。
「つ、つつ、司に手を出したら許さないんだから!」
「どうしたんだひじり?」
「あ、あれは……変態よ!」
「「はぁ!?」」
苦しげにひじりの口から搾り出された言葉に、司だけでなくリリスまで唖然とした。
「変態とは失礼ね」
「どこからどう見ても変態じゃない!ショッピングモールの倉庫で一人でコスプレ露出してるなんて、おかしな人よ!逃げて司!」
「いやいや、確かに格好はアレだけど、それで逃げるのはどうかと……」
「変態の餌食になってもいいの!?」
「落ち着けひじり。ここは俺が話をつけるから」
「で、でも……」
「下がってて。大丈夫だよ」
司はひじりの頭を優しく撫でると、リリスの目前まで歩み寄り聞いた。
ひじりは今にも泣きそうな顔だ。
よっぽど変態さんが怖いんだな。と、司は思った。
改めてリリスと対峙する。
「もしかして、迷子になったテペヨロトルを保護してくれたのか?」
司の問いかけにリリスは目を細めた。
「保護といえば保護かもしれないわねぇ。彼女、すっかりお腹を減らしてしまって、今ならきっと大好物をぺろりと食べちゃうんじゃないかしら?あたしとしては、あなたみたいな男の子は嫌いじゃないのよ。もったいないとは思うんだけど、今回は彼女に譲ってあげようと思うわけ」
リリスの視線がセイパに向く。
「ねえそっちの樹霊ちゃん。あなたの望みは何かしら?」
「それは……テペヨロトル様の幸福と安全です」
「なら、テペヨロトルちゃんのしたいようにさせてあげるべきよね?」
リリスがにっこり微笑むと、セイパは苦しげな顔で立ち止まる。
「テペヨロトル様がお望みとあらば……ですが……」
「がうあああああああああああああああああ!」
次の瞬間――物陰から影が飛び出した。獲物の隙をうかがい息を殺して、じっと待っていたのだ。
影はひじりを突き飛ばして司に飛びかかると、押し倒し覆い被さった。
「きゃあ!」
「……くっ!?」
それは一匹のジャガーだった。
司は抗うこともできず組み敷かれた。
身体が硬直して動けなくなる。
生まれてこの方、感じたこともない恐怖に、司は表情さえ失った。
ひじりが悲鳴をあげる。
「司ッ!逃げて!」
牙を剥きよだれを垂らしながら、ジャガーはエメラルド色の瞳で司の顔を見つめる。
その瞳の色に、司はハッとなった。
「うが、うがあああ!うがああああああああああああああああああ!」
「司……だめ!逃げてぇ……」
獣の叫びが倉庫内にこだまする。
ひじりは助けに向かおうとするが、膝が震えてその場にへたりこんだまま、立ち上がることさえできない。
ジャガーは美しい黄金の獣毛に覆われた前腕で、がっしりと司の身体を地面に磔りつける。
鋭い爪が食い込む痛みに司は耐えるしかなかった。
尖った耳がピクピクと動き、司の吐息を聞いていた。鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、
尻尾を鞭のようにしならせる。
「がうああああああ!がおおおおおおおおおお!」
再びジャガーは吠えた。
エメラルド色の瞳で射貫くように司の喉元を見据えた。
押さえ込まれた腕はぴくりとも動かせない。
ものすごい力で押さえられている。
大きく開いた獣の口から鋭利な牙がのぞく。
司の背筋がゾクリとなる。
したたる涎と、長い舌。
ジャガーの息づかいは荒く興奮していた。
こうなってしまっては、もはやどうすることもできない。
止められるものはいなかった。
司自身も観念したように、獣の顔を見据えている。
ジャガーは顔を司の首筋に近づけた。
柔らかい喉に刃のような牙の先端が当たる。
「――ッ」
ジャガーの動きがぴたりと止まる。
一度頭をあげると見下すように司の顔をのぞき込んでくる。
それからジャガーはもう一度、スンスンと鼻を鳴らした。
次の瞬間――司は自分でも驚くくらいの冷静さを取り戻した。
殺されるとか、食われるとか、身の危険を感じながらも、思い出したのだ。
初めて出会った時、彼女に耳と尻尾がついていた事を。
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