第31話

公園から駅まで夜の街をさまよう司に、セイパから連絡が入った。


同じくひじりにも居場所の情報が送られる。


三人はショッピングモール前で合流した。


テペヨロトルの居場所が判明したというセイパだが、どうやって見つけ出したのか説明を受けても、司には仕組みがさっぱり理解できない。


ひとまず“保険”がうまく機能したのだという事だけは理解した。


ひじりが不安げな表情でセイパに聞く。


「ええと……つまりキノコが生えて、その胞子を感知できるのね?」


「はい。テペヨロトル様は間違いなく、この施設のどこかにおられます」


ライトアップされたショッピングモールの正面口ではなく、セイパは裏手側に続く路地に分け入った。


着いて行った司が途中で彼女を呼び止める。


セイパがこれから行こうとしているのは従業員通路だ。


「そっちは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」


「緊急事態です。結界も張られておりませんし、進みましょう」


二人を先導するように裏口に回ると、セイパは小声で二言三言呟いた。外国の言葉なのか、司にはうまく聞き取れない。


司の怪訝な表情にセイパが答える。


「簡単な人除けの魔術を施しました」


「ひとよけ?人を除けるってことか?というか、魔術っていったい……」


司の疑問に説明もないまま、セイパは先頭を行く。


人除けが効いたのか、誰ともすれ違わない。


もともとお客さんの来る場所ではないのだが、従業員や警備員の姿がみられなかった。


建物の中に通じる鉄扉の前で、セイパは立ち止まる。


「司様。ひじり様。連れて来ておいて、このようなことは申し上げにくいのですが……ここから先は私にお任せください」


「中にテペヨロトルがいるんだろ?」


ひじりは黙ったままで、先ほどからずっと深刻そうな顔をしていた。


セイパが司にこたえる。


「はい。ですがこれ以上進めば、お二人を犯罪に巻き込んでしまいます」


「不法侵入だもんな」


「不法入国のこの身であれば、さらに罪を重ねても……ですが、お二人は違います。この国で普通に平和に過ごしておられるご身分です」


司は首を左右に振った。心臓の鼓動が自然と早まっている。


昔から規則を破ったり悪いことをしたことがなかった。する必要がなかったからだ。


だからだろう。


慣れないことをすることに緊張を覚えた。


そして、それ以上にいなくなったテペヨロトルのことを思うと心臓が早鐘を打つ。


「もし誰かに見つかったら、セイパの方が大変なことになるじゃないか」


「はい?私が……ですか?」


司の反応が予想外だったらしく、セイパは珍しく目を丸くさせた。


「俺も一緒にいくよ。セイパ一人じゃ大変だろ。誰かに見つかった時は俺が迷ったってことにすれば、穏便に済ませられると思うし」


確証は無いが、そう言うことで司はセイパを安心させたかった。


「司様……なんとお優しい」


瞳を潤ませるセイパに、ずっと黙っていたひじりが声を上げた。


「もちろんわたしも行くわ」


「よろしいのですか?」


「ええ。急ぎましょう」


とはいえ、この先に進もうにも鉄の扉には鍵がついている。


「こういう扉って、普通なら鍵がかかってるんじゃないか?」


セイパが何か呟きながらドアノブに手をかけた。


「幸運にも鍵は開いていたようです」


ひじりが眉間にしわを刻む。


「解錠の魔術……ハァ……この際目をつむるしかなさそうね」


「なあひじり。かいじょうって?」


「司はわからなくてもいいことよ」


三人は裏口からショッピングモール内に入った。


通路を駆けながらひじりがセイパに聞く。


「ところで、どうやってテペヨロトルはこんなところにまできたのかしら?」


「お一人で飛行機に乗って密入国できるほどになられましたので、バスに乗って来たとも考えられますが、その可能性は低いかと」


司もうなずいた。


「テペヨロトルはショッピングモールよりも、食材がたくさんあるスーパーの方が好きそうだもんな」


セイパとひじりが同時に司を見つめる。


「な、なんだよ?二人して」


「司って本当にマイペースね。こっちが困るくらいに……」


「ひじり様の意見に同意いたします」


二人に言われっぱなしだが、そういう性分なのだと心の中でひとりごつと、司は聞き返した。


「うーん、じゃあなんでショッピングモールに来たんだ?外食がしたかったのか?」


「テペヨロトル様にとって、司様の手料理こそごちそうです。その可能性も除外いたしましょう」


「わかった!日本のお土産を買おうとしたんだ」


「故郷には土産を渡す相手もおりません」


「じゃあ、いったいなんで?」


「おそらく誘拐されたのでしょう」


「は!?誘拐!?家出や迷子じゃなかったのか!?」


司は目を丸くさせた。セイパが続ける。


「スマホの電源は切られているようですし、用事があったならそれを済ませて戻ってこられるはずです」


「いやいや、お小遣いで買い物をしたら帰りのバス賃がなくなって、迷子になったとかじゃないのか」


「でしたら私か司様に、迎えに来て欲しいと連絡をくださるはず。そういったこともできないとなれば、誘拐、監禁されたとしか……ただ」


「ただ、どうしたんだ?」


「テペヨロトル様を監禁するには高位の魔術が必要です。おそらく人間には不可能……となると、教会の関与が疑われます」


「教会がそんなことするわけないじゃない!」


ひじりが声を上げてから、ハッとした表情とともに口元を手で覆った。


「ひじり様?いかがなさいましたか?」


深刻そうな顔つきのまま、セイパがひじりを見つめる。


司は「えーとだな」と、ワンクッション置いてから、自分なりの解釈を口にした。


「教会で監禁事件なんてあり得ないってことだよ。聖職者なんだし……あ、セイパが言う教会っていうのは警察だったっけ。ならなおさらだよな。迷子として保護されたなら、まずセイパのスマホか、うちに連絡が来るはずだし。そもそも、もし警察署にいるなら俺たちはショッピングモールじゃなくて、そっちに行ってるはずだろ?」

ひじりはうんうんうなずいた。


「そ、そうよね。だからあり得ないわ」


セイパが軽く顎を指で挟むようにした。走りながら思案する。


「となると……他の邪神か悪魔の仕業かと」


そのひと言に、ひじりの表情が凍り付いた。


「まさか……特別指名手配中の……ううん、そんなわけないわ」


「さっきからどうしたんだ、ひじり?」


ひじりは急に立ち止まると、司の手を引いて足を止めさせた。


「やっぱり、司はここまでね」


「もう不法侵入したあとだし、手遅れといえば手遅れな気もするんだが」


「そういうことじゃなくて、この先は……」


「倉庫みたいだな」


十歩ほど進んだ先で、セイパが頑丈そうな鉄扉の前に立っていた。


「反応はこの扉の向こうからです」


「よし。テペヨロトルを迎えにいこう」


セイパが首を左右に振った。


「申し訳ございません。私もなぜこの期に及んで、司様をここまでお連れしてしまったのか自分がわからないのです。ただ……テペヨロトル様が一番に会いたがっておられるのは、きっと司様なのではないかとも思うのです。ですがやはり冷静に考えれば、これ以上巻き込むわけには……」


「ここまで来て、テペヨロトルをおいて帰るわけにはいかない」


セイパは黙ってしまった。司が決心して進もうとすると、ひじりが呼び止める。


「待って司。どうしても行くの?」


「どうしてもなにも、テペヨロトルが待ってるんだ」


「中に誘拐犯がいるかもしれないのよ?」


「だったら、なおさら俺が行かなくちゃな。二人まで危ない目には遭わせられない」


途端にひじりは困ったような顔になった。


「どうしたんだひじり?大丈夫か?怖いならここで待ってても……」


泣きそうな顔のまま、ひじりは司の言葉を遮った。


「わたしも行くわ!けど、一つだけ約束してちょうだい」


「約束?」


「何かあったら必ず逃げるの。戦おうなんて思っちゃいけないわ。相手はどんな武器を隠してるかもしれないんだし……だから約束して」


真剣なひじりに司はうなずいた。ひじりはいつも司のことを心配してくれている。


「わかった」


そう言わなければ、ひじりが先に通してくれなさそうだった。


もちろん司自身は、逃げるなら自分が一番最後だと心に決めている。


その気持ちを胸に抱きつつ入り口の前に立ち、重い扉をゆっくりと押し開けた。



倉庫内は薄暗くかび臭く埃っぽい。


中に入って扉の近くを探すと、照明のスイッチを見つけたので司はオンにした。


チカチカと何度か点滅してから、倉庫内が蛍光灯の冷たい光で照らされる。


「おーい!テペヨロトルいるか!?帰って夕飯にしよう!」


開口一番、司の呼びかけに、ひじりが押し殺したような声をあげた。


「誘拐犯に聞こえるでしょ」


「照明をつけた時点でバレバレなんだし、誘拐犯に出くわしたら俺が捕まえてやる」


「格闘技の経験も無いのに無茶苦茶言わないでよ」


無理も無茶は承知だと思いつつ、司は倉庫の奥へと進む。


その先で待っていたのは……。

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