第5話

司の住むマンションは4LDKで、ダイニングと対面式の広いシステムキッチンが自慢だった。


「わははは!わははは!」


リビングから明るい笑い声がキッチンにまで響く。


テペヨロトルにはケーブルテレビのアニメチャンネルを観て、昼食の準備が整うまで待ってもらうことにした。


どうやらアニメを気に入ってくれたようで一安心だ。


冷蔵庫の中を確認する。


料理なんてろくにしていないので、冷蔵室はほとんどからっぽだ。


司の主食はもっぱら冷凍室内に詰め込まれていた。


ひじりに心配されるのも、家政婦さんを断ってからのこの一年、食事が冷凍食品に偏りがちだったというのが理由に上がる。


だが冷凍食品だって美味しいし、なにより便利だと司は思う。


それにスーパーで総菜や弁当を買うことだってあるのだし、ひじりが心配するほどの食生活とは言えないはずだ……と、ささやかながら司は自己弁護した。


「そうだな。これにしよう」


冷凍庫の中から選んだのはちゃんぽん麺だった。


ちゃんぽん麺は、冷凍食品の中では手間の掛かる部類に入る。


食べること自体は司も好きだ。


だからちゃんぽん麺も、いくつか試した中で一番気に入ったメーカーのものを常食している。


チャーハンならあのメーカー。


シュウマイなら肉シュウマイはこのメーカー。


エビシュウマイは違うメーカー。


カレーピラフは横須賀と書いてあるもの……などなど。


あまりこだわりを持たない司だが、食べ物に関してはなぜか、ささやかながらも奇妙なこだわりがあった。


ちゃんぽん麺なら野菜もたっぷり摂れるし、子供が食べても大丈夫だろう。


と、さっそく調理に取りかかる。


電子レンジ調理も手軽でいいが、これは鍋を火に掛けて作る方が美味しい。


冷凍具材とスープを鍋にあけて水を加え、沸騰させたら麺を投入する。


加える水の量でスープの濃淡も決められた。麺もゆで時間で食感に変化をつけられる。


司の好みはやや薄目のスープに、少しカタメな麺という組み合わせだ。


温まったスープを先に丼に注ぎ、ゆだった麺を寝かせるようにして島をつくる。


その上に野菜たっぷりの具材を高く盛りつければできあがりだ。


こればかりは作り慣れているだけに手際も良い。


時々、ちゃんと一から作ってみたいと思うこともあるのだが、一人暮らしの料理では材料を無駄にしてしまいそうで、司は実行には移さなかった。


そんな司にとって冷凍ちゃんぽん麺は、味つけや食感や盛り方にまでこだわれる、まるで自分が料理上手になったような、満足感まで与えてくれるものだった。


今日も、ちゃんぽん麺は美味しそうな湯気をあげている。


普段はしないのに、司はダイニングのテーブルに小さなテーブルクロスを敷いた。


テペヨロトル用には箸と一緒にフォークとスプーンも用意する。


「できたぞ」


「はーい!」


無邪気な返事をして、テペヨロトルが子犬のように駆けてきた。


席に着くと、彼女は目をまんまるくさせて丼の中のちゃんぽん麺を見つめ、鼻をひくひくさせる。


「なになに?これなんですか?」


「ちゃんぽん麺だ」


作ってから司は気付いた。


そういえば、彼女には食べられないものなど無いのだろうか?


単純な好き嫌いもあるのだが、たとえば宗教的理由で食べてはいけないものがあったかもしれない。


「豚肉が入ってるんだが……」


「お肉はなんでも大好き!」


「アレルギーは?」


「なにそれ?」


「お父さんかお母さんに、食べちゃいけないって言われてるものはないかい?」


「うーん、ダメって言われたのなら……人間かなぁ」


にんげん?何かの言い間違いだろうか。


司はキッチンに戻ると、ちゃんぽん麺の外袋を確認した。


原材料にそれらしい表記は無い。


「インゲンは入ってないから大丈夫そうだな」


ほっと安堵の息を吐く。


エビや蟹などの甲殻類。


小麦がダメという体質の人もいるのだ。


幸運にも少女はインゲンの他にアレルギーは無いらしい。


「じゃあ、食べようか?」


「食べる食べるー!」

二人並んで席につく。


司は箸を手にして温かい湯気をあげるラーメン丼に一礼した。


「いただきます!」


見よう見まねでテペヨロトルも一礼する。


「いただきます」



が、テペヨロトルの動きが、そこでぴたりと止まってしまった。

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