第9話

「まさか……迷子に……?」


好奇心旺盛なテペヨロトルがどこに消えたのか?司はざっと周囲を確認する。


今日は試食コーナーは設置されていなかった。


テペヨロトルは外国人である。司が海外のスーパーや食品市場のことを知らないのと同様に、彼女も日本のスーパーのルールを知らないだろう。


「お総菜コーナーかッ!」


司はカートを押して早足で進んだ。


突き当たりの角を右折すると、そこはお弁当とお総菜のコーナーだ。


天ぷらやコロッケといったお総菜は、お弁当と違って商品が陳列棚に剥きだしなのである。


「テペヨロトル!」

呼んでみたが彼女らしき姿は無い。


さらに奥のパンコーナーへと向かうが、そこにもいない。


司は周囲を何度も見回した。


「どこだ……どこに消えた……ハッ」


我に返るとパンコーナーに背を向けて、売り場フロアの中程をつっきるようにカートを進めた。


年頃の女の子が行く場所といえば、むしろこちらだ。


お菓子コーナー。


チョコレート系からキャンディーやスナック菓子。


日本らしいおせんべいなどなど。


様々なお菓子が並ぶ子供たちの楽園だ。


そんな楽園の棚を見上げるようにして、彼女はぽつんと立っていた。


「だめじゃないか。勝手にいなくなったら」


テペヨロトルが振り返る。


その手にはトルティーヤチップスの袋が抱えられていた。


「司。これ、トルティーヤ?」


「…………」


じっと司が見つめると、彼女はしゅんと頭を下げた。


「ごめんなさい」


司の言いたいことは言葉にしなくても伝わったようで、テペヨロトルは素直に謝った。


司も、彼女の興味が色々な所にいってしまうのは仕方ないとは思っている。


人間、夢中になると周囲が見えなくなるものだ。


だが、一時的とはいえ保護者の方から預かっている以上、勝手にどこかに行かれては困る。


「ちゃんと謝れて偉いな。どこかに行く時は一言、俺に断ってからって約束してくれ」


「うん!そうするね。契約するね」


言い方が大仰だが、それくらい反省してくれているのだと司は思うことにした。


「それで、おやつが欲しいのか?」


テペヨロトルはトルティーヤの袋を棚に戻さなかった。


ワカモーレ味とパッケージに明記されている。


「これ、人間味ないの?」


「インゲン味のスナックか……」


司はスナック菓子の棚からインゲンスナックを手に取った。


ちょっと癖があるものの、はまれば止まらなくなるタイプのお菓子だ。


「これなんかどうだ?」


「司、それ違う」


そういえばテペヨロトルはインゲンを食べられないのだと、司は思い出す。


「そうだ。こっちのえびせんはどうかな?」


やめられない止まらないでおなじみの、定番スナックを司は手に取り直した。


「うーん」


どうやらこれもテペヨロトルはお気に召さなかったらしい。


食べ物の好みはかなりはっきりしているようだ。


あくまで参考にと、司はポテト生地に野菜を練り込んだスナックの袋を手に取った。


緑黄色野菜の写真が印刷された緑のパッケージに、テペヨロトルは悲鳴をあげる。


「いやッ!いやあああああ!」


食べてもいないのに、司が思った以上の拒絶っぷりだった。


少し意地悪だが、どれだけ野菜嫌いなのか気になって、司は野菜をスライスしてそのままスナックにしたベジタブルチップスを手に取り、テペヨロトルにつきつけた。


「ごめんなさいごめんなさい。司の言うことききますから、堪忍してください」


あまりにテペヨロトルが怖がるので、司はベジタブルチップスを棚に戻した。


テペヨロトルが手にしている袋も取り上げる。


「買うのはこのワカモーレ味っていうのでいいのか?」


「ワカモーレって何?」


改めて袋の裏面を確認する。


どうやらアボカドがベースの味らしい。


「野菜のアボカドらしいぞ」


テペヨロトルはブルッと身震いした。


「いやああああ!」


野菜味と知るなりこの反応である。


司はワカモーレ味の袋も棚に戻すと、ポテトチップスの塩味を手にした。


「これならどうだ?ジャガイモと塩だし」


じーっと警戒するように司を見ていたテペヨロトルが、笑顔を弾けさせる。


「うん!それなら良し!素晴らしいです」


テペヨロトルにとってアボカドはNGでも、ジャガイモやトウモロコシは野菜に含まれないらしい。


アボカドは木の実っぽいので果実なんだろうけど、緑色で野菜っぽいのを警戒されたのかな。


それに、ジャガイモやトウモロコシが中南米や一部地域の人々にとって、主食だからというのも関係しているのかもしれない。


スマホに入力していた不思議な絵文字のことと合わせて、司はなんとなくそんな想像をしてしまった。


「塩味だけじゃなく、コンソメ味もあるぞ」


「そ、それなに?どういう味?」


「美味しい味だ」


「食べたい……かも」


少しおっかなびっくりしているようだが、彼女の興味は惹けたみたいだった。


「じゃあ、両方買おう」


とりあえずテペヨロトルが興味を示してくれたので、司はおやつとして塩味とコンソメ味、二種類のポテトチップスを買うことにした。


こうしてお菓子コーナーで少々脱線したものの、スマホで自分でも作れそうな揚げ物のレシピを調べると、司は手際よく買い物を済ませていった。


明日の朝の事も考えて食パンと卵とベーコンも買い足す。

最後に野菜コーナーに戻ると、ささやかな抵抗として司は菜の花をカゴに入れた。


これにテペヨロトルが即座に反応する。


「司。これ、野菜?」


「菜の花だ」


「お花かぁ。緑色だから野菜と思ったけど、なんだぁびっくりしたぁ」


とりあえず野菜とつかなければ、テペヨロトルの関門を抜けられるらしい。


レジで支払いを済ませ、買い物袋を両手に司は店を出た。その隣に、ぴったりと子犬のようにテペヨロトルはついてくる。


「重たい?」


両手が買い物袋でふさがっている司に、テペヨロトルが聞いた。


「それほどでもないぞ」


「テペヨロトルも持ってあげる」


司は少し戸惑ったが、比較的軽めな方の袋を彼女に手渡した。


割れ物の卵は自分の持つ袋に入っている。


テペヨロトルに渡した方の中身は、ほとんどがポテトチップスと食パンに容積を


とられて、かさばるだけで軽かった。


それを両腕で抱えるようにして、テペヨロトルは笑顔になる。


「お肉楽しみ」


「ああ。そうだな」


ここからが本番だと思いながら、司はテペヨロトルと並んで帰路につく。



料理をすることへの期待と緊張感が、司の鼓動を少しだけ早めていた。

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