第13話
テペヨロトルがジャムが塗られた方のパンをかじる。
さくっと香ばしい音がした。
そういえば苺やスイカは野菜だという。
ジャムとはいえ野菜嫌いが野菜を食べた……と思ってつい緊張してしまう。
「ど、どうだ?」
「あんまああああい!」
「美味しいか?」
「とっても美味しいね。これはえーっと、なんだっけ?」
「苺ジャムだ」
「苺ジャムかぁ。とても好きです」
続いてテペヨロトルは目玉焼きを食べる。
彼女はどうやら白身から食べていく派らしい。
器用にナイフとフォークで白身を切っていった。
司は目玉焼きに塩を振ると、下に敷いてあったベーコンと一緒に半分に切ってパンの上に載せる。
少し厚めのトーストなので口を大きく開かないといけないが、大きく開くからこそ「食べてる」と強く実感できる気がした。
噛みしめると、パンに塗られたマーガリンの風味がベーコンの塩味と混ざり合い、卵の白身のぷりぷりとした食感がたまらない。
「わあ、それテペヨロトルもしたい!」
もぐもぐもぐっと、ジャムのついているパンの半分を食べると、テペヨロトルは司の真似をした。
二人でオープンサンド状態のベーコンエッグを食べる。テペヨロトルが卵の黄身に到達した。
黄身はとろけ落ちないくらいのほどよい半熟加減だ。
濃厚な黄身の美味しさが口いっぱいに広がって、テペヨロトルの顔がほころんだ。
「お、美味しい。美味いよぉ。あのねあのね!黄色のところがトロッとしてて、とっても良い感じ。目玉って焼いても美味しいんだぁ」
「そ、そうだな。ともかく気に入ってくれたみたいでよかった」
司はほっと一息つきながらカップのコーンスープを飲む。
コーンの甘みが感じられるクリーミーな口当たりで、パンにぴったりの味だ。
お腹が温まって心地よい。
「あちちちち」
スープを一口飲んでから、テペヨロトルはオレンジジュースも飲んだ。
「ぷはー。これも好き。甘いけど、さっぱりする!」
「オレンジジュースも好きなんだな」
果物がたっぷり入った野菜ジュースなら、テペヨロトルも飲んでくれるかもしれないな。
と、つい考えてしまった。
食べるたびに何かを発見して、喜んだり驚いたりする彼女に、司はなんともいえない気持ちにさせられる。
うまく言葉にできないが、それが悪い気はしなかった。
不意に、司のスマホが鳴った。
食事中だが液晶に表示された相手の名前を確認して、通話ボタンを押す。
『も、もしもし!司?司なの?』
「どうしたんだひじり?さっき、うちに来たみたいだけど」
『え?あの……な、なんでもないわ。とにかく無事なのね』
「無事もなにも……そうそう、さっき玄関に出てきた女の子なんだけど……」
司はテペヨロトルのことを、どう伝えるべきか迷った。見ず知らずの少女を保護している……なんて言って良いのだろうか。
ひじりに「警察や大使館に連絡すべきだ」と正論を言われると、返す言葉もない。
『女の子じゃないわよ!』
「え?女の子じゃないって……」
聞き返した司に、ひじりは早口でまくしたてた。
『お、女の子!そうね!そうそう女の子よ!なんで司が女の子と一緒にいるの?どういう関係なの?説明してちょうだい!』
「えーと……それはその……」
拾った。
なんて子猫じゃあるまいし、かといってテペヨロトルの姿をひじりに見られた以上、遠い親戚とは言えない。
金髪碧眼褐色肌で、外見的に違いすぎる。
嘘をつくのは心苦しいのだが、司は両親に頼ることにした。
「母さんの知り合いの娘さんだ。日本の食文化に興味があるらしいんで、今はその……うちにホームステイしてもらってる」
『そんなわけ……え、あ……うん。そ、そうなのね』
先ほどから司以上にひじりの方が動揺しているようだった。
「大丈夫かひじり?」
『大丈夫よ!司は、その……彼女に逆らうなっていうか、な、仲良くしなさい!』
「あ、ああ。そうするよ」
『ともかく、絶対にその子を刺激しないようにね!』
「刺激って……例えば?」
『小さくて可愛い女の子に、手を出すなんて馬鹿な真似はしないでって意味よ!』
「お前、俺のことをなんだと思ってるんだ」
『本当に心配してるのよ。今から対策を練るから……ともかく無事でいてね』
ひじりの方から通話は切られてしまった。
うまく(?)ごまかせたようだが、つい、司の口からため息が出る。
嘘をついてしまった。それに、一緒に食事をしている最中に電話というのも、テペヨロトルに失礼だ。
「ごめんなテペヨロトル。食事中に電話なんかして……あっ」
「美味しいのに残したらもったいないから、テペヨロトルが食べておきました」
司のベーコンエッグの残り半分が、お皿の上から消えていた。
「ごちそうさまでした」
「あ、ああ……おそまつさまでした」
ピンポーン!
司が唖然としたところで、新海家に来客を知らせるチャイムが鳴った。
「またひじりか?」
残りのパンに手を着けられないまま、司はインターホンをとった。
液晶画面が切り替わり、マンションの玄関ロビーが表示される。
そこには見知らぬ外国人の女性が立っていた。
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