第3話
学校からの帰り道にあるコンビニは、店内に小さなベーカリーを抱えている。
おすすめはメロンパンなのだが、あんこ系が食べたくて司はあんパンを購入した。
もちろん紙パックの牛乳も忘れない。
コーヒー牛乳と迷ったのだが、あんパンの甘みとコーヒー牛乳の甘みが喧嘩してしまう気がして、司は普通の牛乳に決めた。
店を出るとゆったりした足取りで歩く。
街は春の匂いに満たされようとしていた。桜の開花が待ち遠しい。
通学路沿いにある緑地公園に入ると、木漏れ日の下に空いているベンチを見つけた。
公園には他に人の気配も無く、少し不気味に思えるくらい静かだった。
春風に木々がざわめく音を聞きながら、司はベンチに腰掛けると、あんパンをコンビニのビニール袋から取り出す。
お店で焼いているので、ほのかに温かい。
艶やかで丸みをおびた頭頂部には、芥子の実が振りかけられていた。
トッピングに桜の塩漬けも捨てがたいのだが、それは開花までとっておくかなと、蕾を膨らませつつある桜の木々を見て司は思う。
ふっくらとしたパンの感触を指で確かめると、口を開いた。
「いただきます」
「いただきます」
目の前に、自分と同じように口を開いた女の子が立っていた。
金髪に褐色肌という女の子の目立つ外見に、司は食べる手を止める。
みれば頭に猫のように尖った、毛むくじゃらの耳が生えている。お尻の方で尻尾が揺れていた。
コスプレだろうか。耳も尻尾も勝手に動くなんてよく出来ていると、司は感心した。
それにしても、この女の子はよっぽどお腹が空いているらしい。
女の子は大きく開いた口元から、よだれをしたたらせていた。
司は彼女の目の前であんパンを半分に折って割る。
均等とはいかず、大きい方と小さい方に分かれてしまったが、大きい方を彼女の口に近づけた。
「――――ッ!?」
パクリと一口。ほおばった途端にコスプレ少女の目尻がとろんと落ちた。
「ちょ、ちょうだい!もっともっと!」
司がさらにあんパンを差し出すと、彼女は両手で受け取りむしゃむしゃと一心不乱に食べる。
「えふっ!えふっ!」
軽くむせたのをみて、司はとっさに牛乳パックにストローを挿すと、彼女の口元に吸い口をもっていった。
ちゅーっ!と、ほっぺたをすぼめて、司の手から差し出された牛乳を飲む少女。
司が瞬きする間に、彼女の頭から猫のような耳が消え、尻尾まで無くなっていた。
不思議に思うが、もしかしたら何か見間違えでもしていたのかと、司はあまり気にしないことにした。
少女は牛乳で喉を潤して一息吐くなり、夢見心地の表情で呟く。
「すごくおいしいね。これ好き」
「あ、ああ、相性ばっちりだよな。牛乳とあんパンって」
贅沢を言うなら、あんパンは軽くトースターで温めてからバターを一欠片のせて、キンキンに冷えた牛乳も一緒だと申し分ない。
この場合バターは有塩が望ましいものだ。
すると目の前から「ぐううううう」っと、お腹の鳴る音が響いた。
少女が落ちそうなほっぺったを両手で支えるようにしながら、ため息混じりに声を漏らす。
「あんパンかぁ。あんパンっていうのかぁ……」
親はどこにいるんだろう。と、司は辺りを見回したのだが、公園には相変わらず他に人の気配がない。
「親は?」
「いないよ」
さも当然のように彼女は言った。
迷子かもしれない。
改めて、少女の美しさに司は息を呑んだ。
さらさらの金髪にエメラルド色の瞳をしている。
宝石をちりばめた黄金細工のような女の子だ。
「外国から来たのか?」
「うん!ちょっとこの国を食べに来たの」
少し日本語があやふやなのだが、それでも少女の受け答えはしっかりしていた。
「そうか。グルメ旅行に来て迷子か……」
少女はうんうんうなずいた。そして司の顔を指さし告げる。
「気に入りました」
「へぇ、あんパンが好きなんて、話がわかるな」
外国人はあんこが苦手という話を聞いたことがあるので、司は少しうれしくなった。
「そうじゃなくて、あんパンを食べさせてくれたおまえが気に入りました」
「俺?」
「ねえねえ、もっと食べたい!」
「昼飯まだなのか?」
少女はコクリと首を縦に振る。
「親は……お父さんかお母さんに連絡とれるかい?」
少女は身につけていたヒョウ柄のポシェットからスマホを取り出した。
「じーぴーえすですから」
えへんと胸を張る。
電話があるなら、そのうち保護者からかかってくるだろう。
交番につれていってあげた方が良いかと思う反面、連絡もつくのだし事を荒立てるのもどうかと思う。
つい、司の口から言葉が漏れた。
「じゃあ、もし良かったらうちで食べるか?」
自宅の冷蔵庫の冷凍室には、安い時に買いだめしておいた冷凍食品が山ほどあった。
「うん!」
少女は明るい声と笑顔で返す。
「ところで、名前はなんていうんだ?」
「テペヨロトル!」
不思議な名前だった。
「俺は司だ」
「ツカサ?変な名前だねー」
テペヨロトルも日本では馴染みの無い響きである。
お互い様だなと思いつつ、司はベンチから立ち上がると歩き出した。
「あ!待って!ええと、ええと……えい!」
テペヨロトルが両手を万歳させるようにした。
一瞬だが、静寂に包まれていた公園の空気が変わったように司には感じられた。
が、改めて辺りを見回しても特に変化は見られない。
気にせず歩き出すと、後ろからテペヨロトルが駆け足気味で追いついてきた。
「は、はやいー!」
「あっ……ごめん」
歩幅の差を考慮して歩く速度を緩めると、隣に並んだテペヨロトルがそっと司の手を握った。
「これでいいね」
「あ、ああ。そうだな」
小さな女の子と手を繋いで歩く。
彼女の外見的特徴から、血の繋がった兄妹というには無理があるのだが、妹ができたようで司も悪い気はしなかった。
公園の入り口近くまで来ると、散歩を楽しむ老夫婦や、はしゃいで走り回る子供たちとすれちがった。
来た時よりも緑地公園は思った以上に賑やかだと、司は気付く。
テペヨロトルによって一時的に人払いの結界が張られ、自分が誘い込まれたことや、あまつさえお昼ご飯にされかけていたことなど、司には知るよしも無い。
彼が無事でいられたのもひとえに、あんパンの美味さのおかげだった。
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