新作にまつわる釈明的なあれこれ、その三回目。細かいところをほじくっていたらきりがないので、そろそろ締めを意識して少し速足で参ります。
6. 第八話、第九話の「注文の多い料理店」ネタとか。
先に書いてしまうと、このあたりのパロディネタは読み手からすると遊びにしか読めないと思います。が、エヴァの最終話はともかくとして、「注文の多い料理店」を出したのは、実をいうと全く別のテーマにシフトしようとした、その名残だったりするんですよ、これがまた。
ここで少し話が飛躍しますが。
宮沢賢治のこの物語は昔から国語の教科書に載ったりしている超有名作品で、教科書で見た記憶がなくても、相当な割合の日本人が「一応知ってる」と言える作品だと思います。知ってると言える人なら、多分オチも憶えていると思います。
ところが、中学生ぐらいの年齢の子供にこの作品について尋ねると、昔教科書で習った生徒も含めて、結末がどういうものだったか憶えている、あるいは理解している割合が、そんなに高くないのです。ぶっちゃけ、読書好きタイプと教科書丸覚えの点取り虫タイプ以外は、ろくにわかっていないと言っていいかと。
ここで問題なのは、「憶えていない」ではなくて「わかっていない」ということです。カクヨムユーザーレベルだと信じがたい話かもしれませんが、宮沢賢治のあれぐらいの物語でも、読み取れないと言う人間は相当数います。
これは実際に読ませてみれば一目瞭然で、今まで一度もこの話を読んでいない中学生一、二年生ぐらいに改めて通読させてみると、キョトンとした顔をしたままの子が存外に多い。読解力に問題のある低学力層はもちろんだけれども、国語はそつなく点を取ってる層でも、案外分からない子がいたりします。なんでか?
あの話はみなさんご承知の通り、山のバケモノが「レストラン」に入った猟師を逆に食おうとしている、というオチなんですけど、よくよく読んでみると、そういうオチはどこにも書いてないんですよ。読み取れるようには書いてますけど、そのものズバリな正解部分は言葉になってません。バケモノ、という言葉すら出てきません。ので、極端に読み取りが悪い生徒になると、これは中一の例なんですけど、「猟師はどうなりましたか?」という質問に対し、「山でレストランに入った」「その後は?」「……山を下りた……家に帰った?」みたいな答えしか返せないという w、すごいことが起きます。これ、マジの話です。
星新一のショートショートなんかでもそうなんですけど、活字で読ませてみると、あからさまには書いてない事柄について恐ろしいまでに察しの悪いタイプというものがいます。私の感覚では、これは学力偏差値にはあまり関係がないです。いわゆる「出来る子」でも、たとえば「おーい、でてこーい」のオチが理解できない中高生とか、ざらにいます。まあ、偏差値に相関がないとまでは言いませんが、大学入試の現国で高得点を取れる学生が小説に広い理解を示すかと言うと、そんなことは全然ないですしね。
何が言いたいかと言うと、これは少し前の「質の高い読み手がいない」とジリンがぼやくところとも関連するんですけど、結局のところ、そもそも読書ができる人間というもの自体、世の中で思われてるよりもずっと少数しかいないんじゃないかって話。もっと露骨に言うと、日本語が分かる日本人なんて、実はほとんどいないんでは、というテーマ。橘玲氏が「言ってはいけない」だったか、一連のシリーズの新書でアメリカのデータから予想していた数字でしたけど、普通に新聞(の柔らかい記事)とか週刊誌とかパンフレットなんかの、一応万人向けと言われる文章をきちんと読解できている大人と言うのは、多分二、三割もいないんではないかということでした――確かそんな内容だったと思う。私は二割弱と見ているんですけど。
っていうようなことを、湾多はつらつら考えてきてて、いつかテーマにしたいなーと思ってはいたんですけどね。
こんなテーマそのものじゃ、さすがにこのストーリーの流れと別の話になるんで、第九話ではそれをAIにかこつけて話題にする予定ではありました。言葉にすると「バカ正直に読んだらどこからも読み取れない『山のバケモノ』という存在を、AIは察知できるのか?」、あと、「文字の形なら明快にストーリーを読み取れるとしても、アバターが演劇的に実演しているセリフとアクションから特定の文学ネタを見抜くことがAIにはできるのか?」という話。まあでも、おわかりでしょうけど、やっぱ筋と関係ない話なんですよね。本作の展開だと、もはや入れる隙間がなかったという情けないオチです。行先を意識しつつも、会話の方向を誘導しきれなかったというか。
改めて振り返るに、この迷走ぶりは何なんだろうなと思います。これだけ枝葉がつけられそうなストーリーなのに、いざ伐採して形を整えて見たら、棒みたいな幹しか残らんかったというのは……ああ、話は逆で、枝葉がムダに茂り過ぎてたから、中身が貧相な幹一本なのが見えてなかったという……ことか?
7. 第十二話の「AIに小説を丸投げするユーザーの件」とか
ええと。言葉にするとほんの一行程度しか出てきてない、ストーリーの過去話でのフレーズですね。
最後に取って付けたような出し方しかできませんでしたけど、このテーマは割と最初から軸の一つとしてきちんと展開を考えるつもりだった話題の一つ。
ただ、正直に書くと、湾多がこの話を聞いたのは、本作の連載を始めた後でした。ある方からこういう作品のリンクを提示されまして
お仕事中の情シス 「AI生成小説によるWEB小説サイトの崩壊」
https://kakuyomu.jp/works/822139838354009256
知ってる人も多いと思いますけど、カクヨムの中では割と大ニュースになったネタです。AI丸投げ型で小説を書いて発表……するだけでなく、一人で何十と言う別タイトルの連載を連日更新しまくって、あげくにランキング一位に上り詰めやがった奴がいる、という話です。書く方も書く方だが、星を投げる方も投げる方だ――みたいな感じで、投稿小説の構造的な問題を色々と論じているわけですが w、私が目を引かれたのは、以下のくだり。少し長めですけど引用します。
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金になるとなれば、悪いことを考える人というのは必ず出てくる。
そういう類の連中は際限がないので、生成AIを限界レベルにフル活用して作品を大量出力し、一斉掲載する。
この手のスキームが確立されれば、我も我もと二匹目のドジョウを狙って大量のユーザーが同様の行為を試みる。
下手すれば中華系の業者が乗り込んでくるかもしれないし、反社会的組織やくざのシノギに活用されかねない。
妄言だと思うだろうか?
イラストの世界では、先んじてそれが現実のものとなっていたのだが。
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つまりは、小説好きとかそういうのと全然関係ない筋が、カネゆえに投稿小説サイトに参入して来かねないという話ですね。
そう言うことが起きているんなら、同様なトラブルが政治的な理由でも起こり得るだろうか、と考えたのが今回の本作なんですけど。……うーん、これはもっとしっかりテーマに位置付けるべきだったのか、あるいはこの程度のかすり具合で正解だったのか。今となってみれば、なんか微妙な話題のような気がするなあ。もちろん、このテーマはこれとして色々考えさせられる問題ではあるんですが。
とにかく、最後にアリバイみたいな感じで書き込むのが精いっぱいだったことからも暴露されているように、ネタがほんとにネタのままで、線にも面にもなってないまま文の中へ放り込んでる感じ。ちょっと入れ方が雑過ぎる。これはこの部分に限ったことではありませんけれど。
てな感じで、ですね。
つかみどころのない新作の反省会……というよりは、自分の整理のために元ネタ一覧を作ってみただけの文章を長々と書いてまいりましたが。
賢明なみなさんは、とっくに根本的なところに目が向いていることと思います。「個々のネタはともかくとして、ドラマの基礎部分が投げやりなのはどういうことか」。はい、そうですね。それは結局、ドラマそのものを行き当たりばったりに書いたから、その一言に尽きます 笑。まあおはなしとして一応の形にはなったみたいですけど……とどのつまり、「行き当たりばったり」にすべき勘所がズレていたのかも知れない、というのが総評になるでしょうか。……けど、よく見てみたらそういう話になるかもってことは、最初に断ってるんだよねえ。じゃあいいのか? ここまであれこれ自己批判してみたその意義はいったい w
なんにしろ、とりあえずこんだけ確認取れば、自分の中では次回以降にトラブル回避の回路ができたんではないかなと、前向きに考えることにしましょう。
って言うか、こんな文章をダラダラ書いていたら、年末年始の休暇タイムがあらかた潰れてしまったではないか。うん、これはいかん。多分こういう展開になるんではと思っていたけど、つくづく執筆の要領が悪いね、自分は。
というわけで、湾多は山積しているタスクに戻ります。連載とか、一年前から書くよって言ってたあれとか、これとか。
最後になりましたが、改めて新年おめでとうございます。本年も湾多とその作品をよろしくお願いいたします m(__)m