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佐藤哲也氏ご逝去に寄せて。

 つい先日、新聞の死亡欄に見逃しそうな小さな記事が載っているのを見て、思わず「ええー?」と声を上げてしまいました。去る8月24日、作家・佐藤哲也氏がご逝去。まだ62歳。うーん、ちょっと早いんじゃね?

 氏の作品と言えば、代表作みたいな扱いで「妻の帝国」が出てくるんですが、確かにあれは怪作でした。ほんとにタイトル通りの小説で、平凡な主人公(現在の日本人)の妻がなぜだか突然帝国を築き始めて、主婦っぽい感覚はそのまんまで、群衆の主として君臨する……みたいな話でした(多分)。
 一応ハヤカワJコレクションの中の一冊ではありましたけれど、SFというよりは「奇妙な物語」の大河サイズというか、リアルな寓話というか、そんな感じ。
 小さなリアリティを積み重ねて、とんでもないストーリーに持っていくという点では、なんとなく北野勇作氏の作品につながるものがあるんですけれど、北野さんのあれは、作家本人も先がわからないまま一行一行書いていってる、というスタイル(ご自身でそう語っておいででした)であるのに対し、佐藤氏のは、それなりに色々と企みがあって、それに向けて知らんふりして書いていってるって印象ですね。言い換えると、クライマックスなんかで、してやったり、と笑ってるところが見える気がするというか ^^。
 まーとにかく、とんでもないホラ話をよくも思いつくねえ、という爽快な読後感がたまらない一作ではありました。

 が、氏の真骨頂は――などと偉そうに書きつつ、私自身、佐藤氏の主要作品を全部網羅しているわけではないんですが――やはりデビュー作である「イラハイ」にこそあるのではと思います。
 読んだ方、いらっしゃいます? ファンタジーノベル大賞の受賞作って、とにかく現物が少なくて泣かせられるんですけれど、この作品は電子版があるからまだましなのかな。私は幸い、あるところで古本を見つけられたので、だいぶん前になりますが入手し、一気読みに近い形で読了しました。
 いやもう、「こんなのアリかぁぁぁぁ!?」って言いたくなるような、超壮大なホラ話でしたね。教科書的な分析法で行くと、全体の七割ほどは本題に関係ない話。もはや本題そのものがどうでもいい飾りになってるんじゃないかという。そういう構造の話を、旧約聖書みたいなスタイルで延々と語り続けているわけです。好き嫌いが分かれそうな文体ですが、私は思いっきりハマりました。
 つい真似したくなる文体で、実際に真似はしやすいんじゃないかと思いますけれど、あんだけ面白くてグイグイ読ませるすっとぼけたナレーション調には、なかなか迫れませんねえ。
「イラハイ」の中身は、架空の国同士の争いとその顛末を描いたものですが、その血なまぐさい概略とは裏腹に、めいっぱいカリカチュアライズされた寓話的なエピソードばかり続きます。出てくるキャラクターはほとんど名前もないようなモブばかりで、そういう人々のバカっぽい行為ばかりが続いていく。ある意味、人間の愚かしさを描いたものとも言えるんですが、不思議とこの作品を読んだ後は、なんだか世界が愛おしくなると言うか 笑。ああ、こういうアホな世の中でゴミのように生きていくのも、それなりに楽しいものなのかもな、と思えてしまったのは、まあ、読み手が湾多だからこそだったのかどうなのか。

 ちょっととりとめのない話になりました。
 個人的には、すごくお気に入りの作家というわけでもなかったのですが、「あ、こんな小説もアリなんだ」と新しい地平を見せてくれたという点では、佐藤哲也氏は湾多にとって間違いなく恩を受けた方の一人と言えると思います。少なくとも、私のバカ話系作品中に何パーセントかは確実に影響が入っているかと。
 できることなら、追悼特集とか言って、「イラハイ」のオマージュみたいな作品を一つ二つアップできるといいんですが、湾多はそこまで筆が速くないので w、ノートの一ページで気持ちだけ綴らせていただきました。
 ご冥福をお祈りします。


6件のコメント

  • SFには疎くて、佐藤哲也氏の作品も未読なのでコメントするのもアレなんですが、気になる名前が出て来たのでこっそりと。

    実は雑話に書いた「キャラクターについて」で、私が大学時代に示唆されたのが北野勇作さんなんです。S先輩(故人の)が個人的にSFサークルをしていて、わりと強引に参加させられた飲み会でのことでした。
    その一年後くらいかな、「昔、火勢があった場所」の受賞。
    「もう一作賞に出してた方が自信作だったけど、こっちが通った」みたいなことを聞いた(先輩越しだったかも)覚えがあります。作家になる人はやっぱ違うなあ、と当時思ったものです。いや今もか。

    あんまがっつり名前出すのもよろしくないかと伏せてましたが、ここならそう読まれることもないかと思いましてw

    日本ファンタジー大賞、後半はともかく前半は夢がある企画で面白かった記憶。受賞作品はアニメ化、とかぶっとんでました。あれで「後宮小説」を買ってしまいましたっけw

    私もご冥福をお祈りさせていただきます。
  • 梶野さん、ちょっとお久しぶりです。コメントありがとうございます!

    某所で北野さんの講義というか、お話を伺ったのは、実質一回きりでしたけれど、率直に言って、小説書きの卵からするとほとんど参考にならないようなスタイルでいらっしゃったんで、ちょっと唖然とした、という記憶があります w。
    「箱書きなんてなくてもキャラが頭の中で勝手に物語作ってくれる」とか宣っているタイプの作家さんも困ったもんなんですが、北野さんはもう、プロットとか設定書とかなにもなしに、ただ訥々と一行一行書いていく、それだけだ、と言い切るわけですよ。いや、それでなんか勇気もらってる人もいましたけど 笑、
    確か「かめくん」だったかな? 他の作品とのつながりが見えるような設定が感じられたので、「xxと共通の作品世界を構想していたりとか、するんですか?」とお聞きしたら、「書いてあることがすべてだから。文字にない部分は、書いた自分にもわからない」と大真面目で返答なさったのは、もはや天晴れというか。でも、ここまでスタイルをつきつめての、あの作品群なんだなあという気持ちにはなりました。

    北野先生というと、ご家族との暮らしぶりがまた有名ですね。ご本人から色々話を聞いて、みんな感銘受けまくりでしたけれど。まさかそのネタで本まで出るとは。

    ……ああ。佐藤哲也氏の追悼記事なのでした。まあ、ユニークな書き手さんがひしめいているあの世代、現役の先生方にはまだまだがんばっていただきたいものです。

    興味深いエピソードもありがとうございます。こういう小さなこぼれ話の交換も、この手のサイトの醍醐味ですね。またよろしくお願いします。
  • 佐藤哲也さん、ネットで見られる膨大な量の映画評が好きでした。小説の方はいい読者ではありませんでしたが、『シンドローム』を楽しんで読みました。社会に対する突き放した目線、距離感が印象的で、良識を持った人がまたいなくなってしまったなと、とても残念な気持ちです。どうかその魂が安らかであるようにと、こころより願います。
  • koumotoさん、わざわざお越しいただいてのコメント、ありがとうございます!

    >佐藤哲也さん、ネットで見られる膨大な量の映画評が

    そうなんです。ネットでの発信量がかなりのものであることを、恥ずかしながらこの記事を書くまで知らないままでした。短編作品まであようなので、失念しないうちに読んでおかなければ。

    「シンドローム」は未読ですが、なんだか見るからに品薄っぽいですね。品切れ・絶版になった作品は、自動的に電子出版に移行するルールとかできてほしいもんです。それにしても、お亡くなりになってから読み手としていまさらのように慌てて向かい合う、というのも、われながら情けない話で w。こちらも残り時間は豊富とは思えませんし、読むにしても書くにしても、一日一日を大事にせねばと思い直した次第です。
  • 今更すぎですが。
    驚きましたねえ。私はあんまり良い読者ではなかったですが(『妻の帝国』も気になりながら未読のまま)、『イラハイ』はマタグリガエルとか嫁転がしとかうろ覚えだけどなんじゃこりゃな怪作だった記憶。
    奥さんの佐藤亜紀のほうが、両手を挙げてファンです! ながらも、ちと早すぎんだろ、と。合掌。
  • SSSS.SLOTMANさん、コメントありがとうございます。そうです、嫁転がしです^^! いったいどこからあんなネタを引っ張ってくるんだか……イギリスかどっかの風習って書いてあったっけか? あのネタに限りませんが、あらすじに全然関わらないのに強烈なインパクトのあるエピソードがやたら多くて、プロットの作成法に取り組んでいる執筆初心者には、マイナスの方向の参考にしかならんような作品ではありましたが……。

    佐藤亜紀さんの方はほとんど手を付けてないのですよ。書評などで気になる世界観だなあという印象の作品はあるのですが、目の前に現物が現れることがめったにないので……ファンタジーノベル大賞の出身作家あるあるですね。今読み進めてる図書館のシリーズが一段落したら、チェックしてみようかと。
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