デビュー作の『わたしの幸せな結婚』シリーズ(以下『わた婚』 富士見L文庫)が大ブレイクし、いきなり大人気ベストセラー作家となった顎木(あぎとぎ)あくみさん。
このほど満を持して新シリーズ『宵を待つ月の物語』(富士見L文庫)の第1巻が刊行されます。
そこで今回は、顎木あくみ×カクヨムネクスト特別企画の一環として、特別インタビューをお届けします。
いかにして新しい物語は生まれたのか。
『わた婚』の誕生から顎木さんに寄り添ってきた、同文庫副編集長の木藤由理さんと語り合っていただきました。
和風ファンタジーがない時代に大ブレイクした『わた婚』
――顎木さんのデビュー作にして大人気作の『わた婚』はアニメの第二期がスタートとのことで、ますます人気です。木藤さんは編集者として初期から担当されたそうですね?
木藤:そうですね。4巻、5巻は別の担当でしたが、それ以外は担当しています。
『わた婚』はもともと顎木さんが小説投稿サイトに投稿されていた作品なんですが、当時は和風ファンタジーは全くなくて。
しかも気が強いヒロインが全盛で、美世のような控えめなヒロインもすごく新鮮だったんですね。
最初は純粋に楽しく読んでいたんですけど、途中から異能などのミステリー要素も出てきて「これは面白いぞ」と思って、「弊社で書籍化しませんか?」と声をかけさせていただいたんです。
顎木:最初は詐欺だと思いました(笑)。こういうの本当にあるんだって。
木藤:あの時はまだ1巻分も原稿がたまっていない状況でしたよね。
5万字くらいだったので、あとはひたすらこちらは待っていました。とはいえ1巻は割とスルッと作った気がします…。
顎木:「箇条書きでいいので、先の展開を送ってください」みたいにご連絡をいただて、それでお見せしたら、「1、2巻で分けて展開した方がいいんじゃないか」とかアドバイスをいただいて、それで異能周りの謎解きは2巻にしたりしました。
当時の私は小説を書き上げた経験が全然なかったので、「そうか、これが商業の世界か」って。
木藤:1巻を発売した直後から即重版がかかったんですよね。
それから見たことがないような勢いで本当に大きく広がってびっくりしました。
小説家になられる前から顎木さんの文章はすごくきれいで面白いと思っていたので、本当に広く愛される作品になってくれて、嬉しく思います。
▲大ヒットした『わた婚』シリーズ
顎木:表紙イラストの1巻のラフを見たときに「すっごい綺麗。これは売れるぞ!」と思ったんですけど、「でも中身がなー」って。
最初は本当に2巻くらいで打ち切りなんじゃないかって思ってたんです。全然流行りじゃないですからね。
木藤:結果的には流行りを作った感じがしますよね。
それまでは明治・大正ものって、「戦争の悲惨さをちょっと予感させてしまうから、あまり売れない」って言われてたんですが、それをうまくファンタジー世界に落とし込むことで未来の悲惨さを予感させないようにできた。
幸せで華やかな部分を切り取った物語世界があることをみせたことで、以降、同じようなジャンルの作品が増えてきたように思います。
「現代」を舞台にした物語をずっと書きたかった
――顎木さんはその後の『宮廷のまじない師』シリーズ(ポプラ社)では中華ファンタジーを描かれましたが、そちらも舞台は古い時代。今回の新刊『宵を待つ月の物語 一』でいよいよ舞台が「現代」になりましたね。
顎木:現代はずっと書きたかったんです。ずっと古い時代ばっかり書いてきたので、「キャラたちの生活が不便だ、文明の力が欲しい!」みたいによく思っていたので。
実際、現代は使えるネタもすごく多いですからね。
あと現代人は会話がポンポン弾むのも書いていて楽しかったです。
主人公の夜花と千歳を、何も遠慮なしに対等な関係で会話できる設定にしたのもよかったし、カタカナで喋ってくれるのもありがたいです(笑)。
木藤:私は現代を書かれたら絶対面白いだろうと思っていたので、あまり意外ではなかったんです。
今回も物語のメインとなる「社城家」というのがすごく歴史のある一族という設定で、昔のしきたりや因習がいろいろでてきますし、登場するキャラクターそれぞれに背景があって影や揺らぎのある描き方がされていたりするのは、非常に顎木さんらしいなと思っています。
顎木:小説には人の感情の流れを主観的にも客観的にも追っていく楽しみがあると思っているので、それを出すには、その人の過去とか、それまでの出来事で感じたこととか、影響を受けたこととか、そういうのが必要だろうと。
なのでキャラを作る段階から、過去の話とかその人の性格とか何にこだわっているかとか、そういうことは考えるようにしています。
▲新作『宵を待つ月の物語 一』
――物語のアイディアはすんなり生まれたんでしょうか?
顎木:実際に企画書にしたりしたのは去年の2月とかでしたが、実はこのネタは書いてみたいとずっとあたためていたんです。
登場人物の名前とか社城家一族の設定とかもぼんやり考えていて。
木藤:初めからディティールがしっかりしていた印象がありました。なので、実現すべくしてしたお話だと思っています。
顎木:それこそ『わた婚』は長編を想定してませんでしたから、ディテールっていう意味では甘いところが結構あって。
その反省もあって、どうせ描くなら最初から長編に耐えられるようなネタにしていこうと。
これまでの経験で「長編を書く力」みたいなのもたまってきたというか、どうしたら長編としてやっていけるかみたいなのがだんだんわかってきた感じもありました。
木藤:それはすごく実感しました。この作品の執筆に入る前に、家系図とか年表とか作られていましたよね。時系列がずれないように、かなり綿密に。
『わた婚』のときは、間取りとか途中で考えられてましたから…。
顎木:あの時は家系図も何もなかったですからね。
今回はディテールに凝ったのはいいんですが、そのせいで扱いたいネタがすごい増えてしまって、それをうまく構成するのが大変でした。
木藤:確かにわかりやすく起伏をつけて、物語として面白くまとめることにすごく苦心されていましたよね。
「初めが説明臭くなってないか」ってすごく心配されていたのが、とても印象に残ってます。
顎木:結構削りましたよね。最初から考えると、半分以下くらいになるほど。
最初の着想はあらゆるファンタジー要素があり得る謎の一族から
――最初はどのあたりがプロットとしてできていたんですか?
顎木:社城家の設定が最初ですね。現代ものをやりたいと思ったときに、あらゆるファンタジー要素…妖怪・幽霊から始まって海外の天使とか悪魔みたいなのまで全部使える設定をやりたくて、「それを扱う家」みたいな設定を考えたらいいだろうと社城家が出てきたんです。
あとは今の流行りを意識して「召喚聖女」をベースにしようとも思って。
聖女が2人召喚されて、片方は優遇されるけど、もう片方は追放されたり冷遇されたりするっていうものですが、それを現代に置き換えてみたら面白いかな、と。
木藤:そうそう。そういう設定はウェブ小説ですごく見ていたんですけど、それを現代に持ってくるっていうアイディアは面白いなと思いました。
顎木:結構大変でした。「現代から現代に召喚される」って、どういう事っていう(笑)
木藤:序盤の一章分の原稿だけいただいときに、そのお話を伺ったんですよね。
プロットもいいし、なによりキャラクターがすごく良かったので、「このままお願いします!」とお話ししました。
顎木:それでスタートしたはいいんですが、一人でずっともんもんとしてたかもしれないですね。
ずっと「違うんだ違うんだ!」って。何が違うのかは言えないし、わかんないけど、「何か違うから嫌だ!」って。
木藤:私はその姿をひたすら見ていました。
顎木:木藤さんもいろいろ案を出してくれましたよね。
木藤:古い少女漫画みたいな提案をして、「それは古い」って言われました(笑)
顎木:でも、やっぱりアイディアをいただくと、「ああ、そういう見方もあるな」って思えて、「ならそこを自分でこうしたらいいんじゃないかな」みたいなことも考えたりできるので、ありがたいですね。
駆け抜けて作家活動6年目!
――編集者とは二人三脚といわれますが、それにしても顎木さんの大ブレイクは驚かれるんじゃないですか?デビューしてまだ6年目でこれだけの作家に成長されて。
木藤:ひたすら嬉しいですね。長く作家として愛されてほしいなっていう思いが『わた婚』の1巻を作った時からあったので、本当にとても嬉しいです。
顎木:本当に駆け抜けてきたなっていう感じで、まだ6年目なのにこれほどいろいろ経験させてもらえている作家って、他にそんなにいないんじゃないかって思います。
最近は自分の中でも「商業で使えるアイデアか」というのが割と区別がつくようになってきました。
ネタが弱かったり、それこそしょっちゅうSF書きたいって言ってるんですけど、女性向けのSFって流行らないですから。
木藤:やるならカクヨムで連載してからがいいかなと思います。
顎木:ですよね。ただ弱くても魅力的なネタなら、他のネタと掛け合わせて使う、みたいなこともあるんで、それこそショートストーリーなんかには役立ってます。
木藤:アイディアに困ることがないのは本当にすごいです。『わた婚』ではメディアミックスのたびに、さまざまなSSを書いていただきましたもんね。
顎木:さすがに最近はスピンオフ的になってきちゃいましたけど。
日頃から本とかアニメとかゲームとか映画とか好きでいろいろ見ている中で、面白いと思ったら「じゃあこれを自分で書くには?」ってネタとしてメモったりしてるんですね。
なんだったら、タイトルだけ、あるいはタイトルとあらすじだけ見て、「本編見てないけど、自分ならこんな感じかな?」みたいな想像でつないでいって「これも使える!」みたいな。
木藤:そうなんですね! 割と初めにお話したときから、小説や漫画やゲームや、いろんなものから、好きな要素を取り込んで出されるのがお上手だな、と感じてはいました。
インプットはどこかしらで常にされていらっしゃるし。
顎木:インプットをやめたらいつか枯渇しちゃうし、だんだん感覚も古くなっていってしまうと思うので。
ただ割と波があって、インプットにすごくのめり込んじゃう時期みたいなのが定期的にあって、常に情報を浴びてないとムズムズしちゃうんですよね。
その時は全然書けなくなってしまうので、そういう時は本当にあらゆるものを見聞きするようにしています。
ただ、その時期がないと自分でも書いてて、「薄い文章に薄いストーリーだな」ってイヤイヤ書いてる感じになっちゃうので、やっぱりインプットがないと本当にダメだなって。
いろんな世代の男女に楽しんでもらえる物語に
――最後に、新刊をどんな読者に届けたいと思われますか?
顎木:登場人物が学生だったりするので、今まで書いてきた作品よりは若い方にも楽しんでもらえるかな、と思います。
私もそうでしたが、学生の頃っていろいろファンタジーを夢見たりすると思うので、この本もそんな風に楽しんでくれたらと思って書いてます。
木藤:男性も女性も楽しめる物語。生きていく中でいたたまれなさとか寂しさみたいなものは、きっと誰もが感じたことがあるところだと思うので、老若男女誰にでもきっと楽しんでいただけるんではないかなと思っています。
顎木:本になるとイラスト化もされるので、自分の中ではボヤンとしたイメージだけで描いていたキャラが形になって出てきてくれて、うれしいし発見もあるんですよね。
「こういう姿なんだ、可愛い、かっこいい」とか思って、「今度からこのイメージで動かそう」ってなります。私の推しは主人公の夜花。
イラストが出てきた時にすっごい美少女で、「やった!最高」って大好きになりました。
▲主人公『夜花』
木藤:私は千歳かな。それとユキウサの突っ込みがちなところがとても好きです。
実はいろいろ『わた婚』をグッズ化したときに、「小さな動物がいたら…」とずっと思っていたので…。
▲本作のキーパーソン『千歳』
顎木:あのときも途中で相談されましたよね。「今から出すのか?」ってなりましたけど(笑)。
私自身もその作品の中でシンボルっていうか、象徴になるようなマスコットみたいな存在がいたらいいとは思ってたので、今回はちゃんとそういうのが出せてよかったです。
この作品は、今までのそういう反省に反省を重ねた反省を生かして、でも、遠慮なくいろんな要素をモリモリ出して持ってくぞ!って思っています。
▲本作のマスコットキャラクター『ユキウサ』
顎木:もちろん物語としてちゃんとまとまりが出るようにしないとですが。
やろうと思えば、多分、すごい長く続けられるとも思うんです。家系図とかもすごいですし、脇キャラも本当にいっぱいいるので。
そういうの絡ませていったら、多分すごい量になるかなと思うんですけど、売れなかったら…頑張りましょう!
木藤:はい、頑張りましょう!
以上、特別インタビューをお届けしました。
今回、熱く語っていただいた最新作『宵を待つ月の物語 一』は、カクヨムネクストでお読みいただけます。 kakuyomu.jp
さらに、『わたしの幸せな結婚』の1~3巻が無料で閲覧できます。併せてご覧ください。 kakuyomu.jp