第22話
ヘンパイの誕生日、美咲と連絡を取り合って二人で宮本家に向かった。
一応、事前に聞いていた住所をネットで検索して場所を確認したが、指定の番地には田舎の畑のようにだだっ広い面があるだけだった。迎えに来てもらおうにも遥は料理を作っていて手が離せないだろうし、ヘンパイに頼むのも本末転倒な気がしてはばかられた。どこが宮本家なのか分からないが、とにかく歩いて現地で何か手がかりを探さなければならない。
住所とケータイのGPSを照らし合わせてそれらしき場所に着いたが、柵に囲まれたどこまでも続いていそうな草原と数頭の放し飼いの馬、そして入り口らしきところに門がぽつんとあるだけだ。
「何これ。この辺一帯が宮本家って事?」汗をハンカチで拭いながら私は言った。
呆気にとられた美咲は「そういえば、遥ちゃんの家、クルーザー持ってるって言ってたよね…。」と弱々しく呟いた。
そうだった。海に行ったときにそんな話をしていた気がする。
ここまで自力で来たものの、これ以上はどうにもならないので遥に電話を掛けた。
「おおー明理!どしたの?」
「いま宮本家の門に着いたんだけど、これからどこ行けばいいの?」
「あ、わかった。じゃあいまから迎えに行くから!」と言って遥は電話を切った。
真夏日のうだる暑さの中で五分ほど待っていると、オフロード車が原っぱの向こうから現われた。だが、やけに運転が荒っぽい。猛スピードでカーブを曲がったそばから急停止し、また走り出してスピードを上げたかと思えば丘陵で飛び跳ねてまたノロノロと走り出す。そうして車はかれこれ三分くらい走り続け、ようやく私たちの前に止まった。運転席のウィンドーが開いて「いらっしゃいませご主人様♡」という声が聞こえた。運転していたのは遥だった。左手で造ったピースを額につけている。
過剰に反応すると美咲にいらぬ疑いをかけられてしまうので、何も言わずにしれっと後部座席のドアを開けて美咲を中に入れて、私も続いて車に乗った。「家はすぐ分かった?」と遥がバックミラー越しに私に話しかける。
「ここに来るまでは大丈夫だったよ。」
「すごいところだね。ここ、全部遥ちゃんの家なの?」と美咲は窓から景色を眺めながら尋ねる。
「そう。競走馬の牧場やってるの。」そう言うと遥は肩をこわばらせてハンドルを握った。
すげえ頭痛い。吐きそうだ。
美咲も顔面蒼白である。
そんな私たちとは対照的に、運転席を降りた遥はハードなミッションをこなしたかのように実に爽快な顔をしていた。私は遥の足元を見た。思っていた通り、かかとの高いサンダルを履いている。運転が荒いはずである。事故に遭わないだけ良かったのかもしれない。遥はちょっとかしこまったワンピースを着ていた。私はシャツとフリルのついたタイトなスカート、美咲もブラウスにサスペンダーで吊り上げられたひざ丈のスカートと似たような格好だった。
林の中に建てられた宮本家は幅広く奥深い三階建てのログハウスだ。家の裏には薪が積まれている。
木に囲まれた家にクルーザーで釣り…いかにもアウトドアが趣味といった感じである。宮本姉妹のテキパキとして、それでいて大らかな性格はこの環境で育まれたのだ。性的な嗜好とは少々相いれない気もするけれど。
家の中に入ると玄関に乗馬服姿のヘンパイがいた。汗で濡れた緩やかな巻き毛が首筋に垂れ、鞍と手綱とシルクハットを腕に抱えている。
ヘンパイはブーツを脱ぐ手を止めて「子猫ちゃん、来てくれたんだね!」と美咲を見て言う。
「先輩、お誕生日おめでとうございます。」と美咲は頭を下げた。
「本日はお呼び頂きありがとうございます。」と私もお辞儀した。
「ああ、君か。」とヘンパイは私を一瞥して言う。
「君か、じゃないですよ。」
「遥はどうかしらないけど、僕は君は呼んでないよ。」
「え。」
「お姉ちゃん、またそんなこと言って…。千覚原君は来てくれるかなって心配してたくせに。」と遥が怒る。
ヘンパイは肩をすくめて「ふん。」と鼻を鳴らした。
めでたい席の主役だというのに、この憎たらしい態度は何だろうか。
気を取り直して「ヘンパイの彼氏さんは来られるんですか?」と私は訊いた。
「うん。夜にね。君たちと会うかどうかは分からないな。」とヘンパイは答えた。つまり両親公認という事か。そういうのっていいなと思う。
着替えてくるから待っていてくれたまえ、と言ってヘンパイは階段を上って行った。私たちは遥に案内されてリビングに移動した。
大きなテーブルにはすでに遥が作った料理が並べられている。バケット、オニオンスープ、ラザニア、オリーブとチキンのソテー、サラダ、チーズケーキ、そして定番のような鳥のから揚げ。イタリアンの中でから揚げだけ浮いて見えるが、遥によればヘンパイのリクエストだという。
遥は私の腕に触れて「こんな感じで良かった?」と訊いてくる。
「すごい料理だね。全部遥が作ったの?」
「そうだよ。ふふ。気に入ってもらえると嬉しいな。」
私と遥の会話にある親密さを感じたらしく、美咲は背筋を伸ばして私の手を握る。私が美咲の目を見て微笑むと美咲も微笑み返してくれた。
私たちが席に着くとヘンパイが下りてきた。立て襟の白のブラウスにドレープのついたロングスカートを穿いている。そしてリビングに歩いて来てテーブルの上に置かれていたグラスにジュースを注いで並べていく。遥が私たちにグラスを手渡して乾杯の音頭をとる。「ふたりとも来てくれてありがとう。」とちらりと私の目を見てヘンパイは言った。私たちはジュースを飲んで食事を始めた。
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