第26話a
美咲に彼氏が出来たらしいと聞いたのは、それからしばらく後の事だった。
遥も西井さんも、私が原因で美咲とぎくしゃくしていたのを知っていたので、美咲を悪く言う人は身近にいなかった。むしろ、みんな私に同情していた。
「だって、まだ好きなんでしょ?」と馬に乗った遥は言う。
「うん。」
まだ別れてない、なんて言えば現実を受け入れられない人間だと思われるだろうし、自分でもそう感じている。美咲との別離を認めるべきだ。美咲にあれだけひどい事を言ってしまったのだから。
それに、心のどこかで私はこうなる事を望んでいたと思う。美咲は男の人と付き合うべきだと。美咲の話や趣味、可愛い見た目や心の美しさのようなものは私との付き合いで浪費すべきじゃない。とくに今のように大人になる前には。
部室で下着姿になったヘンパイは言う。「君は、本当にどうしようもないな。全て泡と消えてしまった。僕がどれだけ君たちのために手を尽くしてきたのか分かってるのか?」何も言い返せない。むしろ気が済むまで私を責めて欲しかった。
汗を拭きながら「小説はどうするつもりだい?」とヘンパイは私に尋ねる。そうなのだ。もう小説を書く理由もなくなってしまった。
「実は、もうすぐ書き終わります。」と私は答えた。
本当は美咲と書くはずだったのに、美咲と離れてから何も考えたくないがために、それでも美咲の事を考えずにはいられないために、私は筆を進めていた。
生殖を失った本能を、余剰次元をさまよう魂を、恋人たちの再生をひたすら書き続けた。誰に認められるわけでもないし、そんなものは望んでもいなかった。結局そういう風にしか私は何も作ることが出来なかったのだ。作品に自分の想いを託すしかなかったのだった。
自分が本当に求めていたものがいまさらに痛切に感じられた。かと言って美咲と連絡を取る勇気もなく、ただ時間だけが過ぎていく。
西井さんに付き合って同人誌即売会でマンガを買いに行ったときには「美咲ちゃんも何か書いているみたいなんだよね…。」と言われた。文芸部員なのだから、むしろそれが自然だろう。彼女が理想とするような男女の恋愛を書いているに違いなかった。夏休みが明けたら、きっと文化祭に向けて発行される部誌で読めると思う。
「私も遥ちゃんも明理ちゃんが好きだよ…。でもどうすればいいか分からないんだ。だって、やっぱり美咲ちゃんの事も好きなんだよ。私が明理ちゃんを癒してあげられたらって思う。お付き合いとか…お別れとか…。」
「それは私も分からないな。」と力なく笑うしかなかった。意識していなくても皮肉のようになってしまう。
「ゴメンね。」何も謝る必要なんてないのに、西井さんは私に頭を下げた。
「えっ?」私は驚いた。「何で西井さんが謝るの?私の方こそゴメン。本当にごめんなさい。」と心配になって、西井さんの頬に触れた。美咲に続いて西井さんまで失うなんて考えたくもない。
「キス、して欲しいな…。」目を伏せたまま西井さんは呟いた。
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