第18話

「ゴメンね。」と遥は静かに言った。口元は笑っているけれど、とても悲しそうだった。好きだよ、という遥の言葉の意味は理解出来なかった。遥は私の親友だった…はずだ。

 私の目の前で美咲はまだ眠っていた。

遥は私の手を握ったままうつむいていた。私の方から何か言うべきだろうか。


「うん…。」

長い沈黙を破ったのは美咲だった。小さく呻いてゆっくりと目を開ける。


「もう着くよ。」と遥は美咲に呼びかけた。私は遥の手を解き、よだれを垂らして眠りこけている西井さんを起こした。


 それからというもの、遥はいままで通りに接してくれるけれど、私の方はそうもいかず、教室で会ってもよそよそしく、会話にならない会話をするだけだった。どうすればいいのかまったく分からない。関係の修復、と言っても喧嘩をしたわけではないし。

 遥は私と美咲との関係には干渉しない。だから美咲は電車の中で私と遥がした事には気づいていない。私は美咲と西井さんの買い物に付き合ったりしているけれど、美咲は西井さんにベッタリしているくせに、私と西井さんが絡もうとすると妬いてくる。束縛されてデレデレしてしまう私もどうかと思うが。


 一方で、西井さんの変態ぶりは日に日に増していた。

先日など、いきなりパンツを手渡されたので広げてみたらその日に私が穿いて来たやつだった。音楽の授業で教室を移動するときに、階段で西井さんは優雅に私に腕を絡ませてきたのだが、その一瞬にして脱がせにかかったらしい。そんな芸当をどこで覚えたのだろう?


「明理ちゃん、最近スキが多いよ…!」と余裕の笑みを浮かべて西井さんは言った。「何か悩み事でもあるの?」


「実は最近、遥と上手くいってなくて。」


「ふふ…あの時からでしょ?結構激しかったものね…。」


「!」

遥にされるがままになっていたので気が付かなかった。西井さんは寝たふりをしていたのだ。そして私たちの事をじっくり観察していた。一気に羞恥心が込み上げてきて頭が沸騰するようだった。そんな私の顔を見て、西井さんは妖しく笑みを浮かべた。


「私たち、そのために海に行ったようなものだもの。」


「な…。」


「言ったでしょ?みんな明理ちゃんが好きだって…。でも、心配しないで。私も遥ちゃんも、明理ちゃんと美咲ちゃんの仲を邪魔しようとしてるわけじゃないよ。恋愛を自由にもっと楽しめる方法を見つけたの。だから遥ちゃんともこれまで通り仲良くしてほしいな…。」


「べ、別に私と美咲は…。」


「付き合ってるんでしょ?隠さなくてもいいよ。見れば分かるし…とくに美咲ちゃんはね。」


 そんなやりとりの後、私は音楽の授業中に何も履いていなかった事に気が付いて血の気が引いた。何かの拍子で誰かに見られたら完全に痴女扱いである。そんな私の姿をも西井さんは愉しみとするのだろうか。内気な学級委員という西井さんのイメージがどんどん崩れていく。それが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、モデルの仕事に支障がないか心配である。


 私は部室のパソコンの前に座り、点滅するカーソルを眺めていた。しかし、考えていたのは遥の事だ。私を好きだというようなそぶりは全くなかったではないか。いや、私が気づいていないだけだったのか?

 私の事が好き、というのはとてもありがたい話だけれど、遥や西井さんがどういった感情を私に対して抱いているのかは量りかねた。


「全然進んでないねえ。そろそろ本腰を入れた方がいいんじゃないかな。」と私の肩越しにモニターを見たヘンパイが言った。


「あの、ちょっといいですか?」


「ん?」


「小説の話で、例えばなんですが、友達だと思ってた子からいきなり告白されるというシチュエーションについて。そんな事はあるでしょうか?」


「さあ、実際はどうか知らないけど、物語では唐突に感じるかな…心象を丁寧に描けるならアリかもしれない。もしくは『コソ泥奇譚』のように徹底的に叙述的に書くか…。」


「ああ、そうですね。」不覚にも書名を言われて、私はすでに前例を知っている事に思い至った。『コソ泥奇譚』は主人公の性的関係の始まりと終わりがいつも唐突に描かれる。何度も、何度も。


「あれは作者の実体験に基づいているから。つまり性的な欲望と恋愛感情は不可分のものだという事だね。だから肉体的な欲求から恋愛に至る場合もあれば、心が訴えかけてくる事もある、と。」と右手で作ったこぶしで顎を支えながらヘンパイは言った。


「にくたいてきなよっきゅう…。」遥や西井さんが私をどうこうしようなんて思うだろうか。


 私とヘンパイは、このとき互いに同性愛を前提に話している事に気が付いた。「君が話すからそうなんだろうと思っただけだよ。」とヘンパイは言った。遥との事を念頭にしていた私は冷静を装いつつ「まあそうですよね。私が書く小説ですからね。」と誤魔化すのが精一杯だった。


 遥から連絡が来たのはその日の夜の事である。お風呂上りに本を読んでいたら『週末に会いたいんだけどいい?』とメッセージが届いた。『いいよ。何すんの?』と返信すると、四十分後に遥から長文のメッセージが送られて来た。


『こないだの事を明理はどう思ってるのか心配しています。本当はもっとゆっくり関係を深めていけたらと思っていたんだけど、チャンスだったので思い切って告白してみました。私は明理の事が好きです。ありさに相談されたときもどうしようかと迷ったけど、私も好きだと正直に言いました。それで美咲の事とかもありさに伝えてみんなで友達として付き合えたらと遊園地に行こうと誘いました。でもやっぱり友達としてじゃなく恋人になりたいです。でも美咲がいるから断られる事も分かっています。だからせめて今まで通りにみんなで一緒にいられたらと思っています。今度の休みに一度だけ二人で過ごさせて下さい。お願いします。』


 どうしよう。

超重いんですけど。

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