第17話 初めてなのかな…?
遥は海から出て西井さんに「何読んでるの?」と訊いている。西井さんは「こないだ買ったマンガだよ。」と言った。
遥は西井さんの横に座って「せっかく一緒に来たのに?」と西井さんに問いかける。
「私は見てるだけで十分だから…。」と西井さんは答えた。
水に浸かりながらそんなやりとりを見ていて、私は「西井さんもこっちおいでよ!」と呼びかけた。西井さんは私たちの方を見て優しく微笑むと本を置いて海へと歩き出し、パーカーを脱ぎ捨てて泳いで来た。ひとりぼっちになった遥は、シートに座って寂しそうに私たちの方を見ていた。
西井さんは水の中を歩いて来て、私に抱きついた。細身だがDカップはあるであろう西井さんの胸が私に吸い付く。ビキニが覆う部分はわずかで、肌がしっとりとしてすべすべしている。
西井さんはにこにことしながら「明理ちゃんの肌、柔らかい!」とはしゃぐ。私は近距離で西井さんの唇、首筋、そして胸…を見つめて、理性を失いそうになる。美咲はといえば浮き輪に手をかけて私に視線を投げかけていた。その目は冷ややかに、しかし唾棄するかのようにこちらを見ている。
こええ…。
わたしは慌てて美咲に近づいていく。
「ありさちゃんにデレデレしちゃって…。」と美咲はなお冷酷に私を見つめた。
「美咲も西井さん好きでしょ?一緒に遊ぼうよ。」
美咲は「そういう好きじゃないよ。私はメイちゃんだけだよ。」とふくれる。たぶんバレているのだ、私の劣情が。しかし、呼び寄せた手前、西井さんをほったらかしにもできない。完全な板挟みだった。
と、私と美咲のやりとりを見ていた西井さんが美咲に近づいて「みんな明理ちゃんが好きなんだよ。」と言った。なんだか照れてしまう。かと言って修羅場になるなんて事もなく、美咲と西井さんは互いに微笑みを交わした。
なんだか私は置いてけぼりのようだった。
かと思えば、二人はいたずらっぽく口元を閉じて私に近づき、肌を重ねてくる。
至福。
美咲と西井さんの美しい顔を見つめる事も出来ないほどの近距離で二人の肉体に触れて、頭が完全に混乱していた。
美咲の息が私の鼻先にかかり甘い香りがした。一方、西井さんは私の腰に手を添えて水着に手を入れようとする。
この人、間違いなく変態だと思った。
いっそ身を任せてしまおうかと思ったけれど、美咲の目の前で淫行にふけるわけにはいかない。というか、よく考えたら海水浴場で一体何をしようというのか。
「いつも美咲ちゃんとこういう事しないの?」と西井さんは私の耳元でささやく。
「し、しないよ…。」
「もしかして、私が初めてなのかな…?」そう言って西井さんは私の胸をぎゅっと握ってくる。
痛かったし、それでも意に反して本当にどうにかされそうだったので、慌てて西井さんの手を振りほどいて美咲に抱きついた。美咲は私の手を取って優しく握ってくれた。やっぱり、私のパートナーは美咲だけだ。
西井さんは砂浜にいる遥に目配せをした。遥はぼんやりと私たちの方を見て、スポーツドリンクを口に運びながらからだを縮める。私は美咲と手をつないだまま遥に近づいた。
「遥、気分が悪いの?」と訊くと、遥は私たちと目を合わせることなく憂鬱そうに微笑み「ううん、何でもない…。」と答えた。そして「ひと泳ぎしようかな!」と言ってタオルを投げだして海に駆けて行った。
コンビニで買った花火は夕焼けに映えて、私たちの手の中で赤から緑、そして白へと次々に色を変えていった。水着から洋服に着替えた私たちはそれぞれに花火を取り、花火から花火へと火をつけて移ろいゆく炎を眺めた。ロケット花火を美咲は怖がっていたけれど、私はかまわずに一気にペットボトルに差して火をつけた。音を立てて飛び立ち、はるか遠くで破裂音が次々に聞こえた。
最後に火をつけた筒形の打ち上げ花火はパラシュート式で、ゆっくりと風に流された落下傘はどこかの子供に拾い上げられていた。子供の頃は私もああやって一生懸命に追いかけて行ったのに。
花火を終えた私たちはさっさと片付けを済ませて帰る準備を整えていた。その時、波止場の向うから電球をぶら下げたクルーザーが沖へと向かっていった。こんな時間に夜釣りの船だろうかと思っていると、航路が折れてこちらに近づいて来る。目を凝らすと船の先に人が立っていた。
眉間にしわを寄せた人物の髪型はリーゼントにねじり鉢巻き、着ているのは肌着、ベスト、そして胸まであるゴム長靴である。パンダのようなタレ目のサングラスをつけて、手には大きなカレイを持っている。そんな外見でも、よく見ると私たちと同じくらいの年齢のようだった。
「あれ?お姉ちゃんじゃない?」と遥が言った。
「え?そんな、まさか…。」目を見開いた美咲と私はその漁師に見慣れた顔を照らし合わせた。そして気づいた。遥の言う通り、船に立っていたのは、漁師姿のヘンパイだった。
「やあ君たち!ここで海水浴を楽しんでいたんだね!」
「ヘンパイ、ここで何してるんですか?」
「見れば分かるだろう、魚釣りだよ!」
ヘンパイの声を合図とするかのように、船底からきわどい水着を着た津永さんと木崎さん、そして文芸部員たちがぞくぞくと現われた。
ヘンパイは「僕の釣果をおすそわけしようか?」とカレイを差し出して私に言った。
「いえ、結構です…。」
「お姉ちゃん、クルーザーに乗ってお父さんに怒られないの?」
「許可はとってあるから大丈夫さ!」というと私たちに軽く別れを告げて、船は沖に戻り港へと向かっていった。
一体何だったんだ…。
みんなビックリしている。そりゃそうだろう。一同はしばらく茫然としていたが、やがて正気を取り戻して帰る準備を続けた。
電車の時刻にギリギリ間に合った。
車両の中は私たちの他には誰もいなかった。席に着くなり、美咲と西井さんはうとうとしていたが、やがて眠ってしまった。
私は遥と話していた。「お姉ちゃん、本当は海水浴に誘って欲しかったんじゃないかな…。」と遥はつぶやく。
「私は一応誘ったんだけどね。」
「うん、断ったのは気を遣ってくれたんだと思う。でも、やっぱり寂しかったんだろうね。」
「そうなのかな…。」
「私も寂しかったよ、明理。」と遥は憂いを帯びた目で私を見つめた。私は何のことか分からなかった。遥とは今日一日中一緒に遊んでいたではないか。
遥がゆっくりと右手を私の頬に伸ばし、優しく顎を支えた。そして不意に私の唇を奪う。
「んん……!」
遥は私の舌を弄びながら、私のスカートの下に左手を滑らせる。下ろされた右手は指を絡ませ私の右手を握っている。身動きが取れなかった。
「やめて…。」声を押し殺して、私は赦しを乞うた。
「声出したら、美咲ちゃんが起きちゃうよ?」と遥はいたずらっぽく耳元でささやく。その口元は獲物を見つけたヒョウのように妖しく歪んでいる。瞳が潤み、頬は赤い。はねのけることもできず、左手で遥の腕をつかみ抵抗を試みるが、この距離では無駄な努力でしかなかった。
「う…あ…。」必死に声をかみ殺しても吐息が漏れてしまう。
何もできないのならば、せめて私の口を遥の唇で閉じさせてほしい。しかし、私が涙を流して求めた遥の唇は無慈悲に私の首筋を這う。
湧き上がる快楽に抗いながら私は美咲を見た。美咲を西井さんと肩を寄せ合い目を閉じている。その寝顔は天使のようだ。
遥の指は容赦なく私を追い詰める。
遥は私の頬にキスをした。込み上げてくる寂しさに私は耐えられず、遥に口づけを願った。遥は腰を引き寄せて優しく私を受け入れた。
「好きだよ。明理…。」
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