第28話

まったり過ごす


ウェディングドレスを着たヘンパイがステージの中央に進んで行く。照明を浴びて輝くヘンパイに歓声が沸き上がる。ステージ前に陣取っているクラスメイトだけではなく、会場にいる誰もがヘンパイの美しさに魅了されていた。校庭のどこからからも溜息がもれる。他校の男子など文字通りの釘付けである。

ああ、決まりだな、と思った。

クイーンはヘンパイ以外にはあり得ないだろう。他の候補者たちは、申し訳ないが相手にならないようだった。


ヘンパイは壇上でくるりと回って小さくお辞儀をした。再び姿勢を直して、候補者の列に加わろうとしたその時、バランスを崩したようにバタリと倒れた。


文化祭当日、私はひとりで校内の催し物を見てまわった。クオリティも規模も中学校とは全然違う。音楽クラスや音楽系の部活の発表は美術部の展示も高校生のそれではなかった。といって面白いかと言われれば別だが。


美咲はひとりだった。

「彼氏は?」

「いないよ、そんなの。」


「私、どうしていいか分からなかったの。だからメイちゃんといられるように頑張ったの。」

「でもダメだったの。私、メイちゃんがいないと何も出来ないんだ。」




私は美咲と遥、西井さんとでクイーンコンテストを見守る事にした。

エントリーナンバーを呼ばれた候補者がひとり、またひとりとステージ中央でお辞儀をして列に加わっていく。候補者は全員ウェディングドレスを着ていた。

「あんなものは女性に純潔を求める男性社会の象徴なのに…。」と私は思わず口にしてしまった。

美咲は「綺麗なんだからいいじゃない。女の子の憧れだよ!」と興奮したように言う。

という事はやはり美咲も着たいのだろうか。、美咲のドレス姿は素敵だろうな、と当たり前のように思って、自分のジェンダー意識なんてこんなものなのだと知った。つまり、偉そうに講釈を垂れたところで美味しいものには目がないのである。


そうして次々に候補者が歩いて来て、最後に呼ばれたのがヘンパイだった。ヘンパイが壇上に現れると会場の空気が変わるのが分かった。ステージの前でヘンパイをクラスメイトたちが応援しているが、それだけでなく観客の口々から溜息にも似た声が漏れる。とくに男性たちは熱い視線を投げかけているようだ。

ああ決まりだな、と思ったその時、候補者の列に並ぼうとしたヘンパイは妙な角度にからだを曲げてその場にくずおれた。

いつもの冗談だとでも思ったのだろう、ヘンパイのクラスメイトが凛!と名前を呼んで笑っていた。他の観客からも笑い声が聞こえるようになり会場が和らいだ空気を作っていた。しかし何かがおかしかった。

ヘンパイは立ち上がる気配がない。


「コルセット…。」と遥が言う。「お姉ちゃん、ドレス着るためにコルセット外したんじゃ…?」

まさか…。

「行こう!」と私は遥と美咲を連れてステージに走った。人波をかき分けて行くなか、私たちよりも後ろの方にいたスーツ姿の男性が私たちを追い抜いていく。男性の横顔を見とめた遥が「沢城さん!」と叫ぶ。一瞬、沢城さんは遥の方を見てうなずき、流れるようにヘンパイのもとに駆けつけた。

のちに聞いた話では、ステージに上った沢城さんはヘンパイの上体を抱き起こすと「救急車呼ぼうか?」とヘンパイに語りかけたという。

「ううん、平気です。コルセットを取って来てくれれば…。」と言った。

「どこにあるの?」

「控室…体育館の更衣室です。」

「更衣室…。」と沢城さんは辺りを見回し「案内してくれる?」とヘンパイに訊いた。

「はい。」

ヘンパイがこくりとうなずくのを見て、沢城さんはヘンパイのからだを抱き上げ、ゆっくりと立ち上がった。そして慎重な足取りでステージを降りて体育館の方へと歩いて行く。ふたりは私たちの前を通り過ぎた。沢城さんもヘンパイも顔を真っ赤にして口を固く閉じている。ヘンパイはじっと沢城さんの顔を見ていた。沢城さんは校庭を横切り、体育館の入り口に入って行って二人の姿は見えなくなった。


先ほどまでとは別の溜息が会場を埋め尽くした。

観客席からなんだ彼氏いんのかよ、という無粋な声がする。

そう、ヘンパイには彼氏がいるのだ。私はみんなの顔を見た。美咲も、遥も、西井さんも、瞳を潤ませていた。私たちはその場を離れる事はなく、ふたりの行く末を見守っていた。


みんなと解散して私と美咲は家路についた。

帰り道、バスの中で美咲は「宮本先輩、素敵だったね。」と私に言った。

私は「うん。沢城さんもね。」とうなずいた。


バスを降りると美咲は「またね。」と言って手を振る。私は「また明日。」と言ってから、自宅へ向かおうとする美咲を抱き寄せて、そっとくちづけを交わした。

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女子高に入学したら私のハーレムが出来た 塩森 玲 @rei_shiomori

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