第13話 根暗っていうか…

 放課後、西井さんが全校生徒会の議題の資料を作っていたので、私はまた彼女を手伝うことにした。学級委員の仕事はいつも大変だなと思う。西井さんに、もうひとりの委員はどうしたの?と聞いてみたら「学級委員の投票がその子が病欠の時だったから不満があるって言ってボイコットしているみたい…。」と言う。新山先生が注意してもその子は権利の行使だとか何とかと言って聞かないらしい。不満を述べるのは自由だけれど、本来、義務を負わずに権利を受ける事は出来ないのでないのか。「西井さんだって自分からやりたいって言ったわけじゃないのに。ひどいね。」と私はつぶやいた。


「でも、私、生まれて初めて学校が楽しいなって思えるようになったの。明理ちゃんや遥ちゃんのおかげで…もちろん美咲ちゃんもね。」


「それはうれしいな。けど、そんなたいそうな事はしてないよ。」


「それはたぶん、明理ちゃんがいい人だからそう思うんだよ。私、中学の頃は学校と家を往復してただけで、帰ってもアニメ見たりするぐらいで…オタクなの。根暗っていうか…。」


「私もオタクだよ!ジャンルはちょっと違うけどね。」と私が笑って言うと西井さんは安心したようにふふ、と顔をほころばせた。


「明理ちゃんと美咲ちゃん、すごくいいなって思うんだ…中学から一緒なんでしょ?」


「うん。」


「うらやましいなあ。私、しゃべるのとか苦手だし、あんまり気が合う人とかいなくて。だからみんなと会えてよかったと思う。」


「そんな、おおげさだよ。」私はちょっと困ってしまった。「西井さん忙しいかもしれないけど、暇なときとか声かけてくれたらうれしいな。私たちでよかったらいつでも遊べるよ。」


「モデルやってなかったら、もっとみんなと遊べたのかな?」


 正直に言えば、私はなんと答えたらいいのか分からなかった。美咲と私だって連絡は取り合っているけれど、頻繁に会っているわけではない。


「遥や西井さんとは毎日会えるけど、美咲とはいつも一緒にいるわけじゃないよ。放課後たまに会うくらいで。」


「そうなの?けど、私なんて、みんなと一緒にいても何を話したらいいのかなって思ったりするし…。」


「それは西井さんが好きな事の話ししていいんだよ。美咲はすごく喜ぶよ。美咲もアニメ好きなんだよね。そう、普段何を考えているのかとか、そういう話をしてほしいな。」


「私が考えてるのは…このキャラかわいいな、とか、そういうキャラのカップルとか…。ノートにも落書きしたりしちゃって。」


 西井さんは本当にアニメが好きらしい。「へー。マンガ描いたりするの?」


「本格的にはまだだけど、一回書いてみたいんだ。」


「え、描いたら見せて!」


「うん…いま描いてる落書きはこんな感じだよ。」と西井さんは数学のノートを鞄から取り出して見せてくれた。絵はかなり上手い。しかし、気になったのは描かれているキャラが全部、あられもない姿の女の子である事だ。幼い子供の裸もある。しかも、いくつかのキャラクターは肌を紅く染めてからだを絡ませているではないか。

 これはもしや…。


「ユリ?」


「そうなの!アイドルグループとかハーレムアニメとか見ても『この娘たちが絡んだら』とか考えちゃうんだよね…!」と西井さんは眼鏡を机に置き、キラキラとした目で興奮気味に話しはじめる。「一見クールな娘がジト目のパートナーに攻められてガマンするとか超好きで…!あとツンデレの娘が野外でエッチな命令されたりするみたいな…。それに…」とノートのイラストを指さしながらストーリーを説明してくれる。半分くらいの内容は分からなかったが、熱意は十分に伝わってきた。


 私ではなく、詩人を連れて来るべきだった、のかも知れない。

まさか現実の美少女からこんな性癖を披露されるとは思っていなかった。西井さんは気を許すと歯止めが利かないタイプらしく、過激な描写の絵をこれでもかと見せてくれる。説明もえぐい。頭がくらくらする。西井さんは、もしかすると自分の趣味が女の子から見てどれだけ特殊なのか理解していないのかもしれない。西井さんに友達が少なかったのはむしろ幸いだったのではないか。

 何よりも驚くのはこれらのイラストが全て授業中に書かれていることだ…もし他の生徒や教師に見つかれば大変なことになるだろう。


 西井さんのような子をきわめて穏便に言い表すにはどうすればいいのだろう?と思案したあげく、私が出した結論は『天然』だった。


「西井さんって『天然』だよね。」と私が言うと、西井さんは雷に打たれたような顔になって「天然…?」とつぶやいた。


「うん…。普通はこういうのはひっそりと楽しんだり、同好の士がお互いの趣味を確認しあった上で見せ合ったりするものだから…。」


「気に入らなかった…?ごめんなさい…。」と西井さんは本当に申し訳なさそうに言う。


「いや、私は大丈夫…むしろ好きだけど。こういうのは誰にでも見せるものじゃないというか…。」


「そうなの…?こういうマンガの雑誌がたくさんあるからみんな読んでると思ってた。」


「たぶん、みんなは読んでないと思うよ。あとそういう雑誌の主な購買層は男性で…。」


「そうなんだ…。」


「授業中はこういうのは描かないで。あと他人にもなるべく見せない。」心苦しいが、ちょっときつめに言うべきだと思った。


「分かった。ありがとう…今度から遥ちゃんと明理ちゃんにだけ見せることにするね…。」と西井さんは力なく微笑む。


「え、遥にも見せたの?」


「うん。面白いねって言ってくれたの…。」


 遥…!

何を言ったのかより、どう言ったのかが気になる。しかし、遥が西井さんの趣味を知っていたとすればいろいろなもののつじつまが合うと思った。

 また今度二人でお話ししたいな、と作業終わりに西井さんにお願いされたので、私でよければいつでもと応えて私たちは別れた。


 その日、文芸部の部室には誰もいなかった。ただ、隣の資料室からは複数の女の子の喘ぎ声が聞こえていた。ヘンパイが何をしているのか分かったものではなかった。授業中にエッチなイラストを描いて欲求を具現化する西井さんと、彼氏がいるのに女の子相手にさっさと己の欲望を満たしてしまうヘンパイ。似ているようで真逆の道を選んだ両者のはざまに私は立っている。私の一方には美咲がいて、どこまでが私たち二人に許される感情の接点なのかと駆け引きを続けている。


 なんというか、考えてもムダだと思った。

「もう帰ろう。」と誰に言うでもなく私は部室を後にした。


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