第14話 私たちにできる事

 生徒総会に向けて議題が各委員から説明され、私も美化委員として景観のために花壇の花の種類を増やすべきかという提案について説明し、意見を募った。例によって反論も何もない。


「以上です。」と言って私は教壇を降りた。


 「では最後に、生徒会から体育祭の総括と総会議案を説明します…。」と学級委員の西井さんが教壇に立った。


「体育祭はけが人もなく、運営もスムーズに進行出来ました。皆さんのご協力のおかげです。大学などから借りた備品の返却も問題ありませんでした。次に総会議案についてですが…。」と淡々と説明が進んでいく。「以上です…。」と西井さんが頭を下げると、新山先生が教壇に立ち生徒総会準備の終了を告げた。

 西井さんは教壇を降りて席に戻ろうとしたが、足を踏み外して倒れてしまった。

見事な転び方というのも妙な表現だが、床に落ちるまでの所作が実にさまになっていた。美しく倒れた西井さんは、小さくうめき声を上げながら慌てて立ちあがると、手から落ちた資料のプリントを拾う。

 チャイムはまだ鳴っていないが、すでに生徒たちが席を立って歩いていた。私は西井さんに駆け寄って「大丈夫?」と言いながらプリントを拾うのを手伝った。


「ゴメンね。私、こういうところが天然なのかな…。」とはにかむ西井さんに私も微笑み返した。


 そのとき。私たちの会話を聞いたギャルグループの一人が西井さんに絡んできた。


「は?天然?何言ってんの。天然の子が自分で『わたし天然です』なんて言うわけないじゃん。ぜってー計算でやってるって!」


 違う、そうじゃない。

西井さんが天然と言ったのは私が…そう言いかけたとき、もう一人のギャルが口を開いた。


「だよねー。ふつー自覚あるなら気ィつけるよね?つーか”天然ちゃん”、こっち見んなよキモい。」


 私は西井さんを見た。目に涙が溢れ、いまにもこぼれそうだ。私はどうすればいいか分からなかった。言い返そうにも調子に乗っている彼女たちが逆ギレするのは目に見えている。廊下側の席に座っている遥もきっかけをつかみかねているようだった。


「お前イタいんだって。あんたみたいな勘違い女がガキ向けの雑誌のモデルやってるとかマジでウケるんだけど。」とグループの仲間が次々に罵りに加わっていく。明らかに西井さんに敵意の矛先を向けている。


 遥が西井さんに歩み寄り、なおも人格攻撃を続けるギャルグループを見やりつつ「先生呼んで来るね。」と西井さんに言った。


「ダメ…。」と西井さんは遥の袖を引いて制止する。


「何で?」


「どうせすぐ終わるよ…。もういいの。」


 挫折感と憤りを味わう私と遥をよそに、西井さんの表情に諦念を読み取ったギャルグループは鼻を鳴らしてトイレへと連れ立って行った。


「なんなのあいつら?」と遥が声を荒げる。


「あの子、中学の同級生で…。」と西井さんは言う。ギャルのリーダーが西井さんと同じ中学の出身らしい。なので当然、西井さんがモデルの仕事をしているという事も知っていた。地味な存在だった西井さんがモデルをやっているというのを中学の頃から嘲笑の対象にしているようだ。遥によれば、グループの中にいる黒髪の生徒が学級委員をボイコットしている本人だという。きっとグループのリーダーに入れ知恵されたのだろう。西井なんかと一緒にやることないって、とかなんとかと言っていたようだ。


「私が西井さんに天然なんて言ったから…。」


「いや、ああいうタイプは何でも揚げ足取ってバカにしてくるから。明理が反省することじゃないよ。」と遥が言う。


 西井さんも「明理ちゃんのせいじゃないよ…目立たなければすぐ終わるから大丈夫。」と、私たちに懸命に笑顔を見せようとする。

 調子に乗って逆ギレする、何でも揚げ足を取る、目立たなければすぐ終わる。何が起こるか分かっているから何もできない。私はゆっくりと息を吐いて冷静になるように努めた。しかし、時間とともに理不尽さが増していく。


 『生まれて初めて学校が楽しいなって思えるようになった』という西井さんの言葉がいまさらながらに重く感じられて、悲しくて、申し訳なかった。他者からどう見られるか、どう扱われるかを自分では選択できない。私も遥がいなければ孤立していた身である。であれば、私たちにできる事は…。


 先ほどから何かを考えていた様子の遥が「今日、時間ある?」と私たちに訊いた。

西井さんはこくりとうなづき、私も「大丈夫。」と答える。


「じゃあ決定ね。」と遥は言った。「マンガ買いに行こう。」

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