第10話 やっぱり私のお気に入り

 私はどこを見ていればいいのか分からない。カメラを凝視しているわけにもいかないし、天を仰ぐわけにも、MEN☆GOさんを見つめているわけにもいくまい。照明がまぶしすぎて目を開けるのがやっとだった。


「はーい。次の相談者さんはこの方でーす☆」とMEN☆GOさんがテレビカメラに語りかける。私、相談なんてしてないけど。

 MEN☆GOさんは暑苦しい笑顔を振りまきながら、私にどこから来たの?とかお名前は?とか守秘義務も何もないかのように個人情報をあれこれ訊いてくる。不愛想に、かつ適当に質問に答えているとMEN☆GOさんはカンペで示された筋書きを読み上げた。


「あなたはもっと大人っぽい格好がしたいっていう事なのよね!」


 いや、別にそんな事は思ってない。


「うーん、どうしたらいいかしら?」


 これもカンペに書かれたセリフである。MEN☆GOさんはこんな文言すらもいちいちとカンペに目を向けて確認している。この人は何も書かれていないと喋れないのか?


 照明で見えないが、みんなはカメラの後ろで撮影の様子を眺めている、と思う。美咲らしき影が無言のまま口を動かして、笑って、と言う。


 ムリだよ…。


「あなたのファッションは、なんか無難なのよね~!こういう時は『はずし』のテクニックを使えばOKよ☆黄色と赤のストライプのスカートを履くのはどうかしら?」


「え?ジャケットと合わないですよ。それに、街中でそんな派手な格好したくない…。」


「ま~。あなたシャイなのね☆でもこのジャケット、今日の服には合わないんじゃない?なんだか安っぽいし☆」と言って、ジャケットを脱がせようと私に手をかけた。


「やめてください…!」と私は飛びのいて抵抗した。

しかし、MEN☆GOさんは、いやMEN☆GOは、なおも強引に私を捕まえようとする。私は激しく拒否を続けるが、MEN☆GOは私の手をつかんで「今日はあなたにピッタリのコートがあるのよ!!」と言って執拗に私からジャケットを引き剥がそうとする。一瞬、番組スタッフの方を見ると、AD店長がマイクロバスからババアくさいコートを持って来ていた。おそらくスポンサーの商品か何かだろう。おい待て、私にあれを着ろというのか?


「触らないでください!」と私はとうとう大声を出してMEN☆GOに抗った。

泣きそうになりながら怒りで声が震えている。「これ、お兄ちゃんが買ってくれたんです…初任給で…!」


「そうなんだ、素敵ね☆でも思い出は置いておいて、今日は大人っぽいコーデを…。」と言いつつMEN☆GOは私からジャケットを奪おうとする。


「いや、だから結構です。そんなの頼んでない!」


「テレビなのよ空気読んでね☆」とMEN☆GOは睨みを利かせて凄んだ。声はもはやおなじみの高いトーンではない。


「そっちの都合を押し付けないでください!私はこの服が気に入ってるんです。あなたこそ、カンペは読むのに空気は読めないんですか?」


「あなたさっきから何言ってるの?カリスマのアタシがわざわざファッションチェックしてあげるって言ってるのよ☆」とMEN☆GOは声を荒げ、さらに「おとなしく言う事を聞いて☆」とカメラに背を向け私にだけ見える角度で、鬼のような顔で言う。

 カリスマなんてマスコミが作り上げた偽物だ。単に自分たちが売りたい商品を押し付けているだけじゃないか。


「うるせえよ!このオカマ野郎!!」と叫ぶ私はもう涙を流して意固地になっていた。


「わーそれ言っちゃダメなやつだよ!!落ち着いて!」と遥が走り寄って私の側に立ち、肩を抱いた。美咲と西井さんはカメラの後ろに立ったままで私の様子を見守っている。


「まあ、なんて子なの?!!差別だわ!!この女、黙って聞いていれば…!!」


「お前に私の何がわかるんだ?」私は完全に頭が混乱していた。「何が差別だ!お前みたいな奴は大っ嫌いだ!私はレズビアンだ!!テレビに身売りしてるようなクズが被害者ヅラすんじゃねえよ!」


 私が泣きじゃくるなか、ディレクターの「はーい、OKでーす」という力のない声が響いた。


 静寂が広がっていく。

収録を見学していた人たちはとっくに街に消えていた。


 MEN☆GOはスタッフの方にツカツカと歩いていくと私の方をチラチラ見ながらタバコに火をつけ、どすの利いた声で、あいつなんなん?とか放送事故やろが、とAD係長を怒鳴りつけている。AD係長はひたすら頭を下げていたが、ディレクターらしき人に後ろから蹴り倒された。


 なんだか急に虚しさが込み上げてきた。みんなが私に近づいて優しく声をかけてくれていたのに、まったく耳に入っていなかった。美咲や西井さんはMEN☆GOやスタッフの豹変ぶりに怯えているし、遥は遥で頭を抱えてどうしたものかと思案している様子だった。

 番組スタッフたちからひとしきり叱責を受けた村人ADは私に寄って来て「すいませんでした。」と頭を下げた。


 前後不覚に陥るなか、遥が「みんなでご飯食べに行こうよ。もう遅いし…。」と私をなぐさめるように言った。時計を見ると6時半だった。私は息をゆっくりと吐いて落ち着きを取り戻しつつ「みんなは大丈夫?」と美咲や西井さんに訊いた。

 二人はこくりとうなづいた。遥は私が食べたいものにしよう、と言ってくれたので、オムライスがおいしい近くの喫茶店へみんなで行くことにした。


 大好きなオムライスを食べて平静を取り戻しはじめた頃、ケータイをいじっていた遥が「お姉ちゃんが『番組見たお』だって。」と言った。


「私が出るって教えたの?」


「うん。ゴメン。」


 人生最大の汚点をヘンパイに見られるとは。

しかし、遥も私もそのときはまだ知らなかった。ヘンパイは番組を見ていただけではなく、ひそかに録画していたことを。


 美咲や西井さんと、悪い事があればその分いい事もあるよ、とか、テレビは災難だったけど遊園地は楽しかったね、とか、今度は海にも行こうね、と話しているうちに私は元気になっていった。

 そんなみんなに感謝しつつ、私たちは解散した。家が近い美咲と私は二人で地下鉄とバスに乗って帰った。美咲は西井さんの事を色々と教えてくれた。ありさちゃんおすすめのファッションや好きなアニメ、最近ハマっているキャンドル集めなど。

 人気の少ない場所でこっそりキスをして美咲と別れた。

家に着いて、自分の部屋に入ると兄が買ってくれたターコイズのジャケットを壁に掛けてしばらく眺めた。自然と顔がほころぶ。この子はやっぱり私のお気に入りなのだ。

 

 翌日、部室のパソコンに残された閲覧履歴により、ヘンパイが番組の動画をネットにアップしていた事が発覚した。

私はただちに動画を削除するようヘンパイに命じた。

 かくしてヘンパイが『Japanese school girl got upset by criticism of gay fashionista and came out herself as lesbian (日本の女子高生がゲイのファッション評論家にコケにされて怒り、自分はレズビアンだとカミングアウト)』と題名を書き、ご丁寧に英語字幕までつけたネット動画は一晩で400万再生を記録した幻のキラーコンテンツとなった。

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