第10.5話 バンカラ頂上決戦
「ワシは三十六代目の東の総長、宮本凛である!この学校の番長を束ねるのはワシ一人で十分である!貴様らはいまや針のむしろ!いざ、正々堂々ワシと勝負せい!」
「あの人、何してるんですか?」ヘンパイが資料室に入って大声で妙なセリフを喋っているので、私はメイド服姿の上級生の部員に尋ねてみた。
「ああ、あれは体育祭の”バンカラ頂上決戦”の口上です。今年は宮本様が東の総長なのです。」
「なんですかそれ?」
「共学だった頃の名残で行われている競技です。昔…この学校に限らないのですが、日本中の高校が荒れていた頃…がありまして、それをきっかけとして我が校は大学以外を女子校としました。共学制の最終年に、卒業される最後のバンカラたちが学生服を残していかれましたので、それを毎年体育祭でお披露目しているのです…当時の生徒会の方々が遊興としてはじめられたようですが。」と彼女は言う。有志の生徒が『番長』として西と東の2チームに分かれて戦い、雌雄を決する競技らしい。部室の古びた備品と共に現在まで引き継がれている伝統なのだとか。
私には関係ないなと思っていたので、いまここにいるのが不思議でしょうがない。
「他の番長にさえぎらせるから、君が向うの旗を奪え。」とヘンパイは言う。
「ヘンパイはどうするんですか?」と私が訊くと、ヘンパイは「僕はここで見守っているから安心したまえ!」と答える。
え、じゃあヘンパイは何もしないの?
君も出ろと言われてついて来たものの、何かものすごい貧乏クジを引かされた気がする。私たちが着ているのはこの学校で代々受け継がれてきた学生服である。洗ってはならないものらしく、つぎはぎだらけで、けっこうな臭いがする。外套もあるし、下駄もはじめて履いたし、これでどうやって走れというのか。
体育の先生が両チームの総長を呼び、互いに口上を述べる。
「ワシは三十六代目の東の総長、宮本凛である!この学校の番長を束ねるのはワシ一人で十分である!貴様らはいまや針のむしろ!いざ、正々堂々ワシと勝負せい!」
「ワシは三十六代目の西の総長、酒井京子である!この学校の番長を束ねるのはワシ一人で十分である!貴様ら神妙にせい!いざ、正々堂々ワシと戦うのじゃ!」
総長らの雄々しいセリフとは裏腹に運動場はとてものんきな雰囲気だったが、先生のよーい、はじめ!という掛け声と笛が合図となって出場選手がわらわらとそれぞれの敵方の陣地に挑み始めた。
とにかく行くしかない、と私は思った。陣地には赤と白のお手玉と大玉ころがしの玉が置かれていて、これを使って双方の番長たちが相手の侵入を防ぎ、旗を守る。最初に旗を取った方が勝ち、という事らしい。
妨害役の番長がひどい形相で私に向かってお手玉を投げてくる。それを避けると今度は別の番長に押された大玉が転がってきて曳かれそうになる。私の動きで旗取り役だと知られているようだ。音を立てて飛んでくるお手玉が地味に痛い。避けようにも限界がある。ふらつきながらも倒れるわけにもいかず、踏ん張ってこらえて進み続けるしかなかった。
旗はトラックの両端にあるので距離は50メートル程のはずだが、とても長く感じる。クラス対抗の短距離走とリレーを走った後なので疲れているのだと思った。リレーでは美咲とアンカー同士の対決となりデッドヒートを繰り広げたが、美咲のチームはバトンのつなぎがもたついていたし、美咲に服というハンデがある以上は私に分があった。
旗持ちを狙う私に5、6人の番長が素手でつかみかかろうとする。え、そんな事していいの?
私は姿勢を低くして”ため”を作り、フェイントを謀ってダッシュする。
旗持ちが目前に迫り私は思いっきり手を伸ばした。その時、私の腕に衝撃が走った。鈍い痛み。とっさに周りを見渡すと、私の視界から外れて立っていた番長が日本刀…の形に切られたスポンジの棒を持っていた。これで叩かれたのか!こんなの、もうすでに凶器じゃないか。
刀を持った番長と距離をとりつつ旗持ちに近づいていく。旗持ちもじりじりと逃げるが私の敵ではない…はず。ときどき下駄が地面にめり込んで足を取られながら、走って旗持ちを追いかける私に敵方の総長が飛びかかる。
悶える私の耳に、無情にも体育教師が鳴らす笛の音が届いた。起き上がると西の番長の一人が東の旗持ちから奪った旗を空高く掲げて喝采を浴びていた。
ヘンパイにはこれといった負傷はないようだった。
私は泥だらけの格好で「ヘンパイは何してたんですか。」と訊いた。
「僕はずっと敵の番長たちに目を光らせていたよ。」
「やっぱり何にもしてなかったんですね…。」
学生服姿のままクラスの待機場所に戻ると、美咲が来て「かっこ良かったよ!」と声をかけてくれた。遥と西井さんも「お疲れさま!面白かったよ。」と言ってくれる。
「せっかくだから写真撮ろうよ。」と美咲がケータイを取り出した。
「あれ、ヘンパイは?」と私は言った。遥は2年生の待機場所を見ながら「お姉ちゃんは…もう更衣室に行ったみたいだね。」と言った。
ちょっと残念だったが、私たちは四人で写真を撮った。その写真はあとで美咲に転送してもらったけれど、みんながジャージ姿で楽しそうに写っているなかで、ひとり泥だらけで学生服を着ている自分を見るのはちょっと恥ずかしかった。
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