第11話 ゆっくりと進めて
祝日がない月というのはなんともしんどいものである。大小のテストの波と嵐を乗り越えて、思い出したのは文化祭までに書かなければならない小説だった。
新山先生からも期待という名のプレッシャーを受けていたから、何とか形にしなければならなかった。とはいえ自分に素養があるとは思えずどうしたものかと思った。
本を読むのは好きなのだけれど、小説などはほとんど読んだ事がない。
せっかく文芸部なのだし、部室が図書館と同じ建物なので読書するのは簡単なのだが、勉強の合間に手が伸びるのはもっぱら一般科学書だった。解と問いが交錯して言い様のない感情が生まれては消えていった。つい書棚で『超弦理論へのいざない』や『眼球の始まり』といった懐かしい本を見つけて読み耽ってしまう。
私が書くジャンルはSFということになるのだろうか。そんな事をぼんやりと考えた。
人工生命が人格を得て自立する、文芸部に入る前はそんな物語を考えてはいたのだけれど、どちらかといえば映画のような妄想だったから文字に起こすのは難しかった。ヘンパイからは執筆にあたって部室のパソコンを自由に使っていいと言われていたが、起動させても真っ白な画面と点滅するカーソルを眺めているだけで時間ばかりが過ぎていく。
そんなとき、偶然、ヘンパイと図書館ではちあわせた。
制服は夏服に替わり、ヘンパイは白いブラウスのボタンを胸まで外している。黒のブラと谷間が見えているのにまるで気にしていない。いやむしろ見せようとしているのか?
ヘンパイは科学書を立ち読みする私を見て「君はそういうのが好きなんだ。」と言いながら腰をかがめて表紙をのぞいた。そして姿勢を直すと「理論派なのかな…。」と何事かを考えているようにつぶやいた。
すると、ヘンパイはしばらく他の書棚を物色しに行って「小説の書き方の本でも読めばいいんじゃないかな?」と、いくつかの本を持って来てくれた。
こうやってすぐに本を持ってきてくれるあたり、ヘンパイはやはり文芸部員なのだなあと思う。
「しかし、こんなものは読んでも書けやしないんだがね。」とヘンパイは肩をすくめた。
「そんなこと言わないでくださいよ…。」
「残念ながら、自然言語学の本はここにはないようだ…ところで、相方とは小説について話したのかい?」
「美咲とはまだです。」
「あの娘は書いているのかな…。いっそ、君たちが読みたい話を書いたらどうかな。」
私が読みたい小説…と言われてしまうと、ますます戸惑ってしまうけれど。
ヘンパイのアドバイスを受けて、美咲に小説の事を聞くと「そろそろ考えなきゃなって思って、私も宮本先輩に相談してみたの。」と言う。
「え、ヘンパイに?何かいやらしいことされなかった?」
「別に大丈夫だけど…?」何を言っているのか分からない、という感じだった。「それより宮本先輩すごいんだよ。どんな作品を書きたいの?って聞かれて、好きな本の話をしたら、君は翻訳から入った方がいいって先輩の『ブタのブーさん』の原書と英文解釈の本を貸してくれたの。」
「へえ。」
私には小説の書き方、美咲には児童文学の洋書。案外、ヘンパイは人のことを見ているのかな、と思った。あの人が『ブタのブーさん』の本を持っている事に少し驚いたけれど。
「木崎さんや津永さんも宮本先輩に勉強教えてもらってすごく成績が上がったって言ってたよ。塾より分かりやすいんだって。」
「なんか…意外だね。」
部室でエロい事をしているだけではなかったのか。
そういえばヘンパイは以前、これでも自分なりに気を遣っている、なんて言っていたけれど。まさか後輩の勉強の面倒を見ているとは。
「ブタのブーさん、アニメは好きだったけど本は初めて読んだんだ。すごく面白いよ。」と美咲は嬉しそうに話す。
小説はてっきり自分が書くものだとばかり思っていたが、一応は共作という事になっているのだから美咲が主導でもいいのかもしれない。美咲がどんなお話を考えるのか楽しみだった。
私も小説の書き方を覚えながらゆっくりと進めていこう。
そう考えながら、私はネタ探しに科学書を手に取った。
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