第9話 何か嫌な予感がする
私たちが札幌駅に着くと正面出入り口に人だかりが出来ていた。
何かと思って覗いてみるとテレビ番組の収録である。大きなカメラがこれまた大きな三脚に取り付けられ、さおだけのようなマイクが掲げられ、山のように照明が設営されている。大がかりな照明で出演者は女性タレントだと直感した。そしてADさんの入りまーすという声かけとともに横づけのマイクロバスから出演者が現れ、その正体を見たのだが…なんと男性だった。でも何か様子が違う。その男性は黄緑色の派手なスカーフを首にかけ、真っ白なジャケットを着ている。ズボンは真っ赤なパンタロン、そして特徴的なピンクの孫の手。この格好どこかで見たような…。
「あーあれMEN☆GOさんじゃない?」と遥は言った。MEN☆GOさんというのは辛口コメントで知られるオネエさんのカリスマファッション評論家である。
いまから撮影されるのは夕方の番組で生放送しているファッションチェックのコーナーのようだ。MEN☆GOさんがカンペを読みながらコーナーを進行していくのを美咲も西井さんも黙って見ている。
私、こういうの苦手なんだよなあ。
ファッション雑誌はメイクや服装で男モテ、女モテの違いを書いているし、私も実感としてそのようなものはあると思う。しかしゲイの服装ははっきり言ってそんなにいいとは思わない。
オネエさんたちのファッションチェックのうたい文句は『男の心も女の心も分かるオネエ』だ。しかしあの人たちが着る服は色合いもシルエットもどっちつかずでおおざっぱに感じる。
調和しないアイテムをアクセントとして使う『はずし』のテクニックなんて大きなお世話もいいところで、小物使いが、とか流行に合わせろ、とか細かいところを指摘するわりに着る人間にさして合わない服を薦めるのはどういう事なのだろうといつも思う。流行に乗ってるとかいう以前に、心理的に似合うというか本人にとって必要なものもあるはずなのだが。『男の心も女の心も分かる』どころか男の心も女の心も分からないのに”オネエ目線”で斬り捨てているだけではないのか。
ゲイが繊細なんて誰が言い出したんだろう。マイノリティが社会性に敏感になるのはある意味では当然であり、それは異性愛者にも起こりうる。例えば、目をつけられないようにおとなしくしよう、とか。
彼らが特殊な感覚を持っていることは否定はしないけれど、それを異性愛者よりも優れているように言う事は、単なる紋切り型の偏見の裏返しじゃないかと思う。
事前に応募していたと思われるファッションチェック希望者の主婦の方や会社員らしき女性がMEN☆GOさんの横に並ぶなか、カメラの後ろにいたADさんが焦るように何事かをインカムで話しはじめ周りをキョロキョロと見渡している。
動きが怪しいと思っていると、そのADさんが私たちの方に寄って来る。
何か嫌な予感がする。
ADさんは腰を曲げ、そろりそろりと美咲に近づいて「番組、出て頂けないですかねえ?」と言っている。下手に出ているつもりなのだろうが、美咲に対して断れないような威圧感を発しようとしているのが私には分かる。しかし、この点では美咲も負けてはいない。
「め、めっそうもないですぅ…。」と相手よりも一層下手に出て、明らかにテレビ向きじゃない人のオーラを身に纏い応戦した。AD師匠はなお「どうしてもダメですかねえ?」と食い下がるが、撃沈。
ざまあみろ、と思っているとAD師匠、なんと次はそろりそろりと私に近づいてくるではないか。私はAD師匠の目を睨んで無言で首を振る。しかし、AD師匠はめげない。「番組、出て頂けないですかねえ?」と私に言ってきた。
私は「無理です。」と即答した。この人の意志は固い、と判断したのか、AD少佐は私の隣にいた西井さんに声をかけた。西井さんは「すみません、事務所NGなんです…。」とAD少佐に言う。するとAD幹事長は再び私の方に向き直り「事務所NGなんですう…。」とつくり笑いを浮かべて懇願する。
この人、絶対意味わかってない。西井さんが本職のモデルだって気づいていないと思う。
腹立つなーと私がイライラしていると『あ、こいつ次はこっちに来る。』と察したのであろう、遥が「明理、出してもらえばいいじゃん。テレビデビューだよ!」とわざとらしく言った。
親友の突然の裏切り。
私は目を覆わんばかりに狼狽した。
「お友達もああ言ってますんで…。」と私に目を向けるAD判事の誘導で私はカメラの前に立たされた。
ありさより先にテレビデビューしたね!と遥は言う。美咲はメイちゃん笑って!と声をかける。
顔を引きつらせながら私はMEN☆GOさんと対面した。
話はこれで終わりではない。ここまでは前哨戦に過ぎなかったのだ…。
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