第8話 子供じゃないから、もう平気

 こんなものはただの作りものだと分かっていても、驚かされれば私の心臓は飛び上がる。美咲はずっと私の腕にしがみついている。私の前を歩く遥は通路に置かれた小道具を指さしては笑っている。暗がりをずけずけと進む遥を目で追いながら私は美咲の肩を抱く。折り返し地点にあるお札をとると脅かし役のスタッフがわらわらと姿を現し、逃げまどいながらスタッフに触られた美咲は悲鳴を上げ、私がそれにつられ、振り向きざまにそんな私たちを見た遥はやっぱり笑っていた。


 お化け屋敷の出口で西井さんが待っていた。

「どうだった?」と笑顔で尋ねる西井さんに、遥は「いやー面白かったよ!」と腰に手を当てケラケラ笑いながら答えた。美咲はすっかり魂が抜けている。

 だから止めたのに…。


 次は何にしようか?という遥に私はジェットコースターを提案したが、西井さんと美咲が、じゃあ私たちは見学で、と言うので、みんなで海賊船を模したゆるいアトラクションに乗った。


 四人で遊園地に行こうよ、と私たちを誘ったのは遥だった。デートなら二人がいいな、と美咲におねだりされたけれど、私はみんなで遊んだほうが楽しいよ、と言ってちょっと強引に連れて来た。


 当日の駅での待ち合わせまで、美咲は4人目が誰かを知らずにいたのでとても驚いていた。まさか西井ありさが自分の同級生だなんて思っていなかったようだ。ただただ見惚れているだけの美咲に、西井さんは「はじめまして、得能さん。」と手短にあいさつした。


「メイちゃん知ってたの?」と訊く美咲に「私たち同じクラスでね、学活の手伝いで西井さんの仕事のこと聞いて、えーと。」と説明にならない説明をしたけれど、美咲の耳には入っていなかったと思う。


「芸能人ってみんな東京に住んでるんじゃないの?」とのぼせたように美咲は言う。


私は少し返答に困りながら「そうじゃない人もいるみたいだね…。」と言った。


 西井さんの学校での様子とは違ういでたちに私も驚いていた。髪の毛はふわっとカールさせてルーズなサイドポニーにまとめ、襟の広い白の長袖のトップスに深緑の柄物のロングスカートを合わせている。足元はエナメルのサンダルである。今日は眼鏡はかけていない。メイクとも相まって同じ年とは思えない大人な印象だ。


 ちなみに私たちはといえば、美咲はストレートのボブ、たて襟の白のパフスリーブシャツに紫のフレアスカート。オレンジのカーディガンを肩にかけ、黒のストッキングにチョコレート色のパンプスという感じ。

 うん、すごくかわいい。美咲がストッキングはガーターベルト派なのを知っているので私はちょっとドキドキする。

 遥はキャスケットを被ってアッシュの髪を納め、ネイビーのミリタリージャケットを着ている。下はモカのショートパンツ、靴はスニーカーである。

 私は上はボーダーのニット、下は赤のプリーツミニスカート。履いているのは黒のブーツ。寒かったら嫌だなと思って、お気に入りのターコイズのライダースジャケットを羽織った。


 遊園地まではシャトルバスが運行している。私と遥はひとり掛けの空席に縦に連なり、美咲と西井さんは最後列に座った。遊園地に着くまで美咲はずっと西井さんと話していた。聞こえてくる内容からすると海外のアニメの話題が多かったようだ。一方、遥と私は変な看板を見つけては報告しあってどんな店かと想像したりしていた。


 遊園地に着いた私たちは、美咲が作ってきてくれた凝った味のサンドイッチをみんなでほおばり、軽く食事を済ませると手始めにとフリーフォールに直行した。

 待ち時間はそれほど長くなかった。上がって落ちるだけなので大丈夫だと思ったけれど、私の隣に座った西井さんは不安そうだ。


 安全ベルトをはずしながら「スカッとしたね!」と話す私と遥をよそに、美咲と西井さんは心ここにあらずという様子で、はああ、と大きく息を吐いた。「こういうの苦手?」と西井さんに訊くと「ううん、でもなんか茫然としちゃって…。」と答えた。私と西井さんが会話していると、美咲が少し妬いたのか私の腕に手を絡ませて「あ、あの、お化け屋敷行かない?」と言った。


「え?美咲、大丈夫なの?」


「子供じゃないから、もう平気だよ…。」


「いいねえお化け屋敷!」と遥も乗り気だったが、西井さんは「あ、私は外で待ってるね…。」と私たちに小さく手を振った。


 乗れそうなものは大体乗ったし、そろそろ帰ろうか、と言っていると美咲が「最後にメリーゴーランドに乗ってもいい?」とみんなに訊いた。

 断る理由もなかったし、メリーゴーランドってロマンティックだよねと美咲に言われてしまえば親子連れに混ざって並ばないわけにはいかなかった。


 メリーゴーランドの馬に乗りながら私たちは、このメンバーでまたどっかに行きたいね、と話し合った。なんとなく、海が良いな、と私が言うと、西井さんが目をキラリと光らせて、珍しく興奮した様子で「水着回だね!」と両手でこぶしを作りながら話すので、私は「そうだね、水着買いにも行きたいね。」と応じた。これを聞いて、美咲は「ありさちゃんの水着コーデ、参考にしたいな…。」と西井さんに尊敬のまなざしを向けた。


 遥はそんな私たちの会話を微笑みながら見ていたのだけれど、私は彼女がときおり物憂げに西井さんの様子をうかがうのが気になった。遥の視線の先にいる西井さんがこちらを見たので、私は慌てるように目を逸らした。

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