第24話

『重力を君の目で見てみよう!東京新技術大学サマースクール


本校では今年もサマースクールの開催が決定いたしました。

講義内容は、家庭用ビデオカメラによる重力の観測です。

指導していただくのは本校理学部素粒子物理学科教授 村井四郎です。

高校生を対象にしたこの講義は今年で8回目を迎えました。

おかげさまで毎年盛況となっております。


参加ご希望の方は本校事務局までお電話下さい。

皆さんのご参加をお待ちしております。


開催日:8月2日~4日(3日間)

参加費:無料(要予約)』


 学校の掲示板に貼られたポスターを見て私は驚いた。新技大と提携しているとはさすが進学校である。こんな風にあっさりと新技大の研究室に行けるなんて書いてあると思っていなかった。


 貯金をくずせばLCCで東京に行けるはずだし、泊まるところは安宿を探す。旅行シーズンだから空席があるかどうか分からないけれど、いざとなれば電車で…とポスターを見ながらぶつぶつ言っていたら新山先生に声を掛けられた。

「千覚原さん、こういうの興味あるんだ?」

「はい!」といつになく大きな声で返事をした。

 先生は普段の私を知っているのでビックリしている様子で「これ、毎年やってるけど、うちの高校から行った事ないみたいよ。人数制限があるけれど、よかったら話してみようか?」と言った。

「ぜひお願いします!」と私は深々と頭を下げた。


 後日、あの実験に参加できるよ、と教室で新山先生に言われて、私はその場でガッツポーズをした。西井さんが興奮している私に「明理ちゃんどうしたの?」と訊いた。

「私、東京に行く!」と私は満面の笑みで答える。

「え!?」西井さんは目を丸くした。

「夏に!」

「なら私も行くよ!」

「え?」と言ったのは遥だ。「明理、転校するの…?」

「いや、違う。講義に出るの!」

「あ、そうなんだ!」西井さんも私が転校すると思ったらしい。

「講義って何?ますます分からないよ!」と遥が肩をすくませる。

「私は重力の観測をする!」

「だから分かんないって!」

 何かもうみんなテンションがおかしい。

「私は声優になる!」と西井さんが言う。

「じゃあ私は明理のお嫁さん!」

「私も!」

「いや私は美咲と結婚する!」

「じゃあ愛人になる!」

「それはダメ!」

 教室にクラスメイトがいるにも関わらず、私たちはいつもの調子で話し続けた。でも幸いな事に誰も気にしていなかった。私たちの話の内容をまともにとる人なんてまるでいなかった。しかし、それらは真実だった。私が東京に行く事も、このふたりが私を好きだという事も、そして、重力がビデオカメラで観測出来るという事も。


 そんな大それた実験が出来るのか、と思われるだろう。だが、その精度は確かであり、その道の権威も「うちの研究室でも使いたい。」というほどなのである。これを村井四郎は独力で開発したのだ。

 村井は京都大学理学部を退学したのち国内外の研究所を渡り歩き、素粒子物理学を研究する中で重力測定による余剰次元の発見に焦点を合わせる(専門的には時間反転対称性の破れというものを研究しているらしい)。新技大に籍を置き自分の研究室を持った事で、ようやく温めていたアイデアを実行に移すことが出来るようになった。つまりそれがビデオカメラによる重力測定なのである。家庭用ビデオカメラによってナノメートル単位での測定が行える事が村井自身によって確認された。

 もちろん、この手法は村井氏の感性と、アイデアを具現化する技術、粘り強い検証の繰り返しがなければ生まれ得なかった。

 もし簡単な装置で最大限の効果を出す事がノーベル賞の条件にあったならば、彼は間違いなく受賞するだろう。

 その貴重な実験を直接この目で見られるチャンスなのである。


 両親に相談しても止められるのは分かっていた。

新技大の名前を出しても、そんなセミナーに行くより将来新技大に行けるように勉強しろと言われるのだろう。そのような言い方をすれば、かえって子供のやる気は削がれるものだが、うちの親のような人たちには分からないのだった。

 何とかアリバイを作っておかなければ。


 初めて飛行機に乗るの、というと遥と西井さんが色々と教えてくれた。

LCCだと窮屈だし食事も出ないし、飛ばなかったらどうするの?と言われたけれど、お金がないしこればっかりはどうしようもない。運を天に任せるのみである。

 放課後、部室で会った美咲に東京に行くと告げると「いいな~!私も渋谷とか原宿に行ってみたい!」とうらやましそうに言われた。

「なら一緒に行こうよ。美咲のお母さんなら大丈夫でしょ。」

「夏期講習があるから無理なの。」と美咲は残念そうに言う。

「あ、私もだ…。」塾の事なんてすっかり忘れていた。

「メイちゃん、どうするの?」

「美咲、お願いだからアリバイ作って!」

「…どうすればいいの?」美咲はごくり、と喉を鳴らして私を見つめた。

「うちの親から電話とか来たら『うちで泊まってます』とか『一緒に勉強しています』とか適当に言ってくれればいいから!」

「分かった…やってみる。」と美咲はうなずいた。


 私はソファの上で仰向けになって両手を天上へ伸ばした。未来をつかむように。

「何かワクワクするね。」

 美咲はそう言うと私に覆いかぶさって、腕を私の腰に回す。そしてゆっくりと息を吸い込みながら、私の首筋に唇を這わせる。

 私は目を閉じて「うん。」と呟くと、美咲の肩を抱きしめた。

 

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