女子高に入学したら私のハーレムが出来た

塩森 玲

第1話 とりあえず何か着ない?

 親友が全裸で走り去るのだから、黙って見過ごすわけにはいかなかったのである。美咲は右手で胸を、左手で股間を押さえながら全速力で走っていた。羞恥心のゆえなのか顔は紅潮し、口元はゆがんでいる。


美咲、と声をかけるも彼女の姿はすでに遠く、これは一体どうした事かと後を追った。健脚を誇る私でも、音速で移動する彼女を追うのがやっとだ。美咲はどこに行こうとしているのだろう?


 話は少しさかのぼる。


 入学式を終え、教室に戻ると、お決まりの部活紹介や教科書購入店のリスト、ジャージの取扱店が書かれたプリントなどが配られた。


「さあ、来週から、この聖桜高での生活が始まります。慣れないこともあるかもしれませんが、みんなで一緒に頑張りましょう。何かあれば遠慮なく言って下さいね。」と女性教師は言った。そして豊かな黒髪をなびかせながら、黒板に『新山かえで』と書き、笑顔で「これから3年間よろしくお願いします。」と言った。


 声が大きいわけではないが、一番後ろの席に座っていた私にもはっきりと聞こえる。いかにも声楽部出身といった感じで、それだけでこの学校の卒業生だという事が分かる。長いまつげが印象的な淡い瞳、色素の薄い肌、小ぶりな乳房、ブラウスから覗く細長い手首。見ているだけでよだれが止まらなくなる。幸先のいいスタートだと思った。


 大学付属の中高一貫校なので、教職過程を終えてそのまま母校の教師になるパターンが多いらしい。男性教師はほとんど見当たらない。


 私は少々場違いな思いがした。私と同じく他の中学から入学した娘もクラスに数名いるが、なんとなく振る舞いがよそよそしく感じられた。というかエスカレーター組が落ち着きすぎなのか。


 近隣市町で良い学校といえばこの聖桜なのだが、ガラス張りの現代建築の校舎はへんぴな場所で育った私からすれば生活感がないような印象を受けた。遠くからはカラビ・ヤウ多様体のような見た目だったが、中に入ると吹き抜けの円形エントランスに始まり、デザインが凝った教室の引き戸や七角形の図書館など妙なものが多い。入学のしおりによれば、生徒が既成概念にとらわれず、絶えず刺激を受けられるようにしたらしい。教室の窓は角が丸くなっているし、教室の後ろに位置する木製のロッカーはゆるやかな曲線を描いている。しかし、勉強に集中できないかと言えばそんな事もないと思う。


「住めば都というし…。」と私はつぶやいた。


 ホームルームが終わり教室を出ると、途端に華やいだ空気が階下からのぼって来るようだった。エントランスから騒がしく声が聞こえるのは部活の勧誘をしているからだろう。


 私は放課後に美咲とまったりするため帰宅部と決めているが、テニス、剣道、弓道、バスケット、ソフトボールなど先輩方のコスチューム姿を眺めながら廊下を歩くのはとても楽しい。吹奏楽部、合唱部の皆さんも振る舞いが美しく、決して派手ではないが地味さのなかに輝きがある。


 だが美術部は、いくら顔が良くても性格がひずんでいる。きっとそうに違いない。

私は痛いほどよく知っていた。


 さて、私は美咲と待ち合わせしようとケータイを取り出した。

仲間内でこの高校に入ったのは私と美咲だけだ。美咲とは別々の学科なので、連絡を取り合って一緒に帰ろうと昨日話してあった。


 そのとき。


 中庭にある図書館のほうからエントランスへ、エントランスから校庭へと物凄い速さで走っていく裸体があった。


 はじめはぼんやり眺めていたのだけれど、なんだか見覚えのある尻だなあと思って首をかしげつつ紅潮する顔を見やり、裸体の正体が美咲だと理解したのだった。


 私は校庭に出て、砂ぼこりを巻き起こしながら靴下のまま追いかけた。

「美咲!」と声をかけるも、遠ざかる尻を追いかけるのがやっとである。美咲は右手で胸を、左手で股間を押さえて音速で走り続ける。すでに校門前の長いポプラ並木を抜けようというところだ。

この勢いでは、やがて市街に着いてしまうのでは。


もしかして、家に帰ろうとしているのだろうか。


バスにも乗らず。


裸のままで?


「とんだ羞恥プレイじゃないかよお!」と美咲に向かって私が叫ぶと、たまたま店先にいた豆腐屋の主人が水をかけられたように驚いてこちらを見た。


 私は一計を案じた。というか、握っていたままだったケータイで美咲に電話を掛けた。はるか前方で小さな体のわりに豊かな胸を放り出して、右手でケータイを取り出して応じる美咲の姿がある。


「もしもし私だけど、いま電話大丈夫?」とぷりぷり揺れる美咲の尻を見やりながら私は言った。なんか尻と会話するみたいだ。


「ゴメ

 い

 ま

 ちょっ

 と急いでるんだけど…。」と走りながら、か細く震える声で美咲は答える。

言葉の端で漏れる吐息が私の耳をくすぐる。


「あ、そうなんだ。こっちこそゴメンね。あとで掛け直す?」とぷりぷり揺れる尻に話しかけた。


「うう

 ん、平

 気…!」

 

「ゴメンね。実は、さっき美咲のことが目に入って。それで電話したの。美咲なんで裸なの?差支えなければ、どんな状況なのか教えてほしいんだけど。」


「あ、

 あのね…。」美咲の話では、


「同

 じク

 ラスの

 子に誘

 われ

 て文

 芸

 部の

 見

 学に…。」行ったらこうなったという事らしい。

 人生、何が起こるか分からないものだ。

文芸部で暴漢に遭遇したというわけでもないらしい。部室にはとても優しい先輩…女子高なので当然女性だが…がいて、部活の内容を聞いたり、昨年の文化祭で配った同人誌などを読ませてもらっていたのだが、先輩に気を許して二人きりになった隙にソファに倒され、右足と左足のくるぶしを同時に握りこまれた。あれよという間に両足が上がり、先輩の手が美咲のパンツに…ってそれどう考えても暴漢だよ。


「いまってさ、もしかして家に向かってるの?」


「うん…!」


「あのさ、とりあえず何か着ない?ハンカチとパンストくらいならあるよ?」


「え?

 でも、いま裸だし…。」


「いやむしろだからこそ。」


「早く帰らないと…。」


 美咲が何を考えているか分からない。いや、何を考えているかはいま聞いたばかりなのだが…なんだろう、この気持ち。


 脱力して立ち止まると、美咲の姿が遠くなりにけり。いつの間にか視界から消えてしまっていた。

彼女はこのまま無事に家に帰れるのだろうか。


 そんなことを考えながら、ふと美咲はどこからケータイを取り出したのかと思ったりした。

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