第6話:ハッピーエンド

⋇残酷描写あり




「……どう?」

「お見事です、アルマ様。影を操るお姫様、と言う感じで最高に絵になる光景でした」

「そ、そんな褒めても、何も出ないわよ……」


 掛け値なしの本音を伝えると、アルマ様はもじもじと恥じらう。動きに釣られて尻尾がご機嫌に揺れ動き、ぴしぴしと僕の足を叩いてくる。これは無意識なのか、それとももっと褒めろと言っているのか……。


「ところで自分も殺っておいて何ですが、殺してしまって良かったのでしょうか? 乗っ取られていた人間を助ける事も、アルマ様なら出来たのではないですか?」

「ああ、それはさすがに無理よ。被害者の魂は完全にパラスの魂に侵食されて融合してたから、分離しても元には戻りそうになかったしね。肉体だけ助けても意味無いし、そこまでする義理も感じないわ」

「そうですか。そういう事なら仕方ありませんね」


 魂が死を迎えているのと同義なら、ここで殺してやるのが慈悲と言う物だろう。ならばアルマ様の選択は正しかったと言える。とはいえ慈悲で殺した訳では無い辺り、被害者は若干浮かばれないな。


「では、最後はアイツですね?」

「ええ、そうね」


 分体の始末を付けた僕らは、最後に残った一人――パラス本体へと歩み寄る。

 やはり何もできなかったようで、パラスの足は凍り付いたままだ。這い蹲りながら僕らを憎々し気に見上げてくる姿に、大いに胸がスカッとする。


「こんな、こんな馬鹿な事があってはならない……! 精神魔法ですら人の身には過ぎた力だというのに、その正体は自在に他者の魔法を操る魔法だと!? 貴様、どこまで神を愚弄すれば気が済むのだ!?」

「人の肉体乗っ取って、他人の魔法を我が物顔で使う奴に言われてもねぇ……」

「ここまで清々しいブーメランは初めて見ましたね」


 最早打つ手無しと悟ったか、口汚くアルマ様を愚弄してくる始末。自分に刺さりまくっている発言だという事に気が付いていないのだろうか。


「良いだろう、殺すなら殺せ。だが私が神の御許に召された暁には、必ずや貴様の存在を断罪なさるよう神に進言してくれる! 覚悟しておくのだな、アルマ・コラソン!」

「遺言はそれだけか? じゃあ苦しんで死ね――」

「――待って、ネロ」

「はい、かしこまりました」


 さっさと殺そうとしたものの、アルマ様に制止されて即座に止める。

 理由を問う必要はなかった。アルマ様の指示なら最優先するのは当然だ。それに何より、きっと僕がそのまま殺すより酷い苦痛を与えてくださる事が、その大変酷薄な冷たい笑みで分かっていたから。


「ねえ。あんたどうして自分が死なせて貰えるなんて思ってるわけ?」

「……何だと?」

「あんた何したか忘れたの? 私のネロに自殺なんかさせたのよ? 私からネロを奪おうとしたのよ? その罪が死んだ程度で済むと、本気で思ってるわけ?」

「では、何をする気だ。我々<普通の人々>エクソル・キズモスの情報でも吐かせるか?」


 少なくとも今死ぬ事はないと理解したからか、パラスの表情に余裕が戻ってくる。悩ましい笑みを浮かべた妖艶な女性という、男を魅了するような雰囲気だ。とはいえアルマ様一筋の僕には欠片も響かない。


「そんな情報どうだって良いわ。あんたには未来永劫、闇の中で苦しんでもらう。神どころか、日の光すらも拝めない地の底でね」

「は……?」


 アルマ様の発言により、パラスの顔が呆気に取られたように歪む。

 正直僕もちょっと驚いた。何故ならアルマ様はそれはもう無邪気な笑みを浮かべていたから。そしてまるで河原で遊ぶ子供のように、近くに落ちていた石を拾って弄ぶ。


「ほら、この石なんか良いんじゃない。あんたの終の棲家にピッタリよ?」

「貴様……まさか、貴様の魔法はっ!?」


 その石を差し出され、あまりにも意味深な台詞を投げかけられる。加えて重力魔法や影魔法など、数多の魔法を用いていた事実の全てがようやく繋がったのだろう。パラスはアルマ様の真の魔法に辿り着き、驚愕に満ちた表情で叫んでいた。


<魂魄封印>エターナル・プリズン


 しかし気付いた所でどうにもならない。

 アルマ様が魔法を行使すると、パラスは魂が抜けたようにその場に崩れ落ちた。いや、実際抜けたのだろう。アルマ様は手にしている石の中に、パラスの魂を閉じ込めたのだ。

 他者の肉体に憑依する魔法を持つパラスを、強制的に別の何かに憑依させ閉じ込める。痛烈極まる皮肉であり、また寄生虫にはお似合いの末路であった。


「ネロ、ちょっと穴を作ってくれる? なるべく深いやつ」

「こんな感じでしょうか?」

「ん、良い感じ」


 お願いされ、まだ四大魔法が使える僕は地面に可能な限り深い穴を創り出す。人間が落ちる事は無いくらいの大きさだが、深さは少なくとも底が見えないレベルだ。

 アルマ様はその穴の前に立つと、石を穴の上へと持って行った。惚れ惚れするほどに良い笑顔を浮かべながら。

 ああ、やはりそういう事をする気らしい。それを理解しているであろう石に封じられたパラスも、文字通り魂の叫びを上げて命乞いをしている事だろう。尤も僕には全く聞こえないが。


「じゃあね、パラス・イツラ。運が良ければ、何千何万年かしたら地表に顔を出す事は出来るんじゃない? 精々早く解放されるよう、あんたの大好きな神にでも祈るのね」


 などとお優しい言葉をかけてから、アルマ様は手の中の石を穴に落した。パラスの魂が封じられた石は哀れ底の見えない深淵へと落ちて行き、虚無と孤独に満ちた闇の世界に囚われる。アルマ様の口ぶりからするとあの状態でも意識はあり、またいつまでも死ぬ事が出来ないようだ。

 肉体を失った状態で、いつまでも孤独と暗闇の中で苦しみ続ける。非常に凄惨で恐ろしい拷問だ。パラスもすぐに正気を失い壊れる事だろう。けれど僕は少しも可哀そうだとは思わなかった。


「ざまあみなさい。このクソ女」


 何故なら僕は、あまりにも残虐な笑みを浮かべているアルマ様にドキドキしていたから。

 アルマ様、そんなお顔も出来るんですね……何だろう、ちょっと踏まれたい……。






「――ふうっ。これで復讐も完了。ようやく片付いたわね?」


 パラスを永遠の牢獄に落した穴を僕が塞ぐと、アルマ様は大きなため息を零してそう声をかけてきた。

 どうやら先ほどまでの酷薄な笑みは敵専用のものらしく、僕に向けられた笑みは可愛らしい微笑。ちょっぴり残念に思ったのは秘密だ。


「そうですね。まだちょっとムカムカしますが、それはアイツが味わう永劫の苦しみを思い浮かべる事で解消する事にします」

「そうしましょ。私もまだムカつくけど、正直もう顔も見たくないわ。そんな事より――ネロっ!」


 不意に満面の笑みを浮かべ、僕に飛びついてくる。さながら抱っこして受け止めてくれると信じ、飛びついてくる子猫のように。不意打ちに近かったのと満面の笑みに見惚れた事で若干反応が遅れたものの、もちろん僕はしっかりと抱き止めた。


「ネロ……ネロぉ……!」

「ふふっ。アルマ様は甘えん坊なんですね。ようやく本当のあなたを知れたような気がします」

「ん。ずっと猫被ってたからしょうがないわよ。今までの私は、ネロの事を信頼しきれて無かったから……」


 胸板に頬ずりしてきたアルマ様だが、不意にその笑顔を曇らせる。今にも泣きそうなほどの罪の意識に。


「ごめんね、ネロ。名前すら呼ぼうとしなかった最低な師匠でごめんね。あんたは最初からあんなに私への揺るぎない愛を示してたのに、信じきれなくてごめんね……?」

「良いんです、アルマ様。あなたの過去を思えば、簡単に人を信じられないのも当然です。むしろ自殺一回程度で信じて貰えるなんて思いませんでしたよ」

「そりゃあ信じるしかないでしょ、あんなの……憑依魔法で身体を支配されてるのに、それを振り切って魔法を使って、私のために死のうとしたんでしょ? どんな意志力してんのよ、あんた……」

「アルマ様への愛を燃え上がらせて頑張りました」

「そう……そうなのよね。あの氷の鎧、私への愛で満ち溢れてたわ。全身があれに包まれた時、場違いだけど……頭がおかしくなりそうなくらい、幸せに感じたわ……」


 腕の中のアルマ様の表情が、恍惚とした艶めかしいものへと変わる。

 考えてみればアルマ様は他者の精神――もとい、魂を感じるお方。ならば<永遠の愛をダイヤモンド・貴女に捧ぐ>シュヴェーレンで全身を鎧われた時は、僕の愛そのものに全身を包まれたように感じたのだろう。本来は甘えん坊らしいアルマ様からすれば、マタタビをキメた猫のような表情をするのも致し方無しだ。


「その直後に自殺なんて見せられたんだから、もの凄くショックだったのよ? やっと心から信じられる人を、愛し愛される事が出来る人を見つけたのに、また一人になるんだって死ぬほど絶望しかけたんだから」

「それは本当に申し訳ありません……」

「いいえ、許さない。傷つけた責任、ちゃんと取って貰うから。これから一生、私の傍にいて。ずっと、ずっと私を愛して」


 やはりプロポーズ紛いの言葉を口にして、真剣な瞳で僕を見上げてくる。ご自身でもそういう言葉だと気付いているのか、だいぶお顔が赤い。しかしそれでも目を逸らそうとはしなかった。


「……たったそれだけで良いんですか? 僕にはご褒美でしかありませんよ?」

「それはどうかしらね? 私みたいな幼児体系でガリガリで髪もボサボサ、目付きも悪くて可愛げの無い女、あんたは本当にずっと愛せる?」

「三年も片想いを続け、その感情を胸にひたすら自分を磨いてここまで来た僕ですよ? そのくらい余裕ですが? むしろ愛しすぎてアルマ様の方が音を上げるかもしれませんね。それとアルマ様の容姿は僕の好みドンピシャです。ただまあ、食生活のせいでかなり不健康な痩せ方をしていらっしゃるので、せめて普通に肉付きが良くなって欲しいとは思います」

「……じゃあ、証明して」


 僕の紛れも無い本音に晒され赤くなりながらも、アルマ様は瞳を逸らさない。綺麗な澄んだ緑の瞳でじっと見つめてくる。

 証明、とはどうすれば良いのだろうか。先程の言葉ですでに証明になっているだろうし、嘘を見抜けるのだから真実の言葉だとお分かりのはずだが……?


「えっと……どうすれば良いのでしょうか?」

「そ、そんな事、自分で考えなさいよ! 何のために恋愛小説読んでんのよ、馬鹿……!」


 羞恥に耐えられなくなったらしく、そう言って僕の胸に頭突きする形で顔を埋め、表情を隠す。さすがに僕もその言葉と反応で、何を望まれているのかを理解した。

 主人公とヒロインの想いが通じ合い、迫りくる脅威を打ち倒して平穏を手に入れたのなら、後はハッピーエンド一直線。その素敵な結末を綺麗に彩るものと言えば、やはりキスシーンである。


「じゃあ……キスで、良いですか……?」

「………………」


 肯定は返ってこない。しかし否定の言葉も返ってこない。僕の胸に顔を埋めたまま微動だにしない。

 背中に回していた右手を使ってアルマ様のお顔を上げさせると、そこには恥じらいで真っ赤になり固く目を瞑った非常に初心なお顔があった。緊張と羞恥にぷるぷると震える姿が猛烈に愛おしい。

 ああ、もう駄目だ。例えここから拒否されても、もう自分を止められる気がしない。


「アルマ様、キスしますよ……」

「っ……!」


 そうして僕は愛らしい唇を味わうため、ゆっくりと顔を近付けていく。

 抵抗はない。緊張と羞恥に身を固くしながらも、アルマ様はむしろ応えるように顔を上向けてくれる。

 ああ、夢にまで見たアルマ様とのファーストキス。年単位の時間をかけて狙う物だと思っていたのに、まさか弟子になって一月弱でそれが達成できるなんて思わなかった。それだけでなく恋人同士になれたなんて、近年まれに見る完璧なハッピーエンドだ。今まで頑張ってきて本当に良かった。感動と達成感で胸が苦しいほどに幸せだ。

 今はただ、この幸せに浸ろう。僕の溢れんばかりの愛情を表現しよう。そのために僕はアルマ様と唇を重ねた――



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 タイトルのせいで終わりっぽいですがもうちょっとだけ続きます。

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