第4話:ネロの魔法
そんなわけで朝食を終えた後しばし準備を整えてから、僕たちは近くの渓流へと赴いた。
僕たちの装いは共に魔法使いのローブ姿。アルマ様は<グランシャリオ>の魔法使い専用の華やかで豪奢なローブ、僕は多少良い生地を使っている程度の一般的なローブだ。本当は普通の格好をしようかと思ったのだが、アルマ様とお揃いが良かったので僕もローブにしておいた。
加えて僕は肩掛けのカバンを、アルマ様は良く見えないがウエストポーチを身に着けている。これらは
このあまりにも便利な物を生み出したのは、<グランシャリオ>第一位の魔法使い。時間と空間を操る時空魔法の使い手だ。あまり詳しくはないが、それでも力の一端が十分に知れる発明である。
「で? 出かける準備して川まで来たけどどうすんのよ?」
僕が毎朝修業に使っている渓流、その河原に来た所でアルマ様が尋ねてくる。けりっと小石を蹴とばす姿すらもまた愛らしい……。
この場所はアルマ様のお住いから五分ほど歩いた場所にある渓流だ。山間部にあるにしては余計な岩などが無く、綺麗に整った川に近い。水も綺麗で水深もそこそこあり、空気は澄んでいて実に過ごしやすい。僕としては修行の場として大いに役立つ場所であった。
「僕はこの二十日間、移動用の魔法の開発に勤しんでいました。街まで歩いて三時間はさすがに遠すぎますし、労力も馬鹿になりませんからね。お師匠様との生活を豊かで便利なものにするためにも必要だと思いまして。それである程度形になったので、ここらで実践に移ろうかと」
「せっかくの才能をそんな事に使ってたの? 他にやる事無かったわけ?」
「具体的な目標があった方が修行に身が入るので。ところでお師匠様、乗り物酔いは平気ですか?」
「馬車で酔った事は無いから、たぶん大丈夫だとは思うけど……」
「それなら問題は無いと思います。では準備しますね」
僕は水面に手を付き、即座に魔法を行使した。手の下の水が瞬間的に凍り付き、その冷気の侵食が見る見る内に広がり氷として形を成していく。
数秒ほど後そこに生まれたのは、川の中腹まで伸びた氷で出来た桟橋と小さなボートだ。もちろん安全面を考慮して滑りにくいよう、地面は細かい凹凸を意識して作っている。更に万一滑って転びそうになった場合を考え、手すりも作った。氷の煌めきも相まって実に美しく機能性溢れた波止場と言えるだろう。
「へえ。やるわね、あんた。水魔法使いなのに氷まで扱えるなんて」
「お褒め頂き光栄です」
そう、これこそが僕の魔法。水を操る水魔法。
基本四属性の内の一つという、魔法としても火魔法に次ぐ実にポピュラーな属性だ。しかし僕は水だけでなく氷までも自在に操る事が出来る。
氷とは水の別形態に過ぎないので、理論的には水魔法使いなら誰でも氷を操る事が出来る。しかしやはり別種の形になっている事実が影響するのか、生半可な水魔法使いには氷を操るどころか水を凍らせる事も出来ない。自身の属性から若干の変質を果たした属性をも操れるのは、特に強い意志力を持つ一握りの魔法使いだけなのだ。具体的には僕のような。
「なるほどね。この二十日間で水だけじゃなく氷も操れるようになったって事? 凄いじゃない」
「いえ、それは以前から出来ました。この二十日間で頑張ったのは桟橋とボートのデザインですね。アルマ様がご利用になる物ですから拘らないといけませんし、なかなか納得の行く仕上がりになりませんでしたので」
「えっ、二十日間もそんな無駄な事してたの……?」
何故だかドン引きされたが、そこに拘るのは当然だろう。実際全て氷で出来ているとはいえ装飾には大いに拘っている。滑り止めのための凹凸も彫刻を意識して模様を作り出しているし、段差や手すりの位置も小柄なアルマ様に合わせたものだ。
正直未だ納得が行っていないものの、今回は食糧事情の改善が急務なのでやむなくこのままお披露目した。隙あらば少しずつ装飾に手を加えて行こうと思う。
「さあどうぞ、お師匠様。滑らないようにお気をつけ下さいね」
「逆にここまでされたら滑って転ぶ方が難しいわね……うわ、この氷硬っ。どんな意志してんのよ、あんたは……」
さりげなくエスコートのために手を差し伸べたものの、アルマ様はそれを無視してお一人でボートまで歩いていく。転倒対策が逆に裏目に出てしまったか。とはいえエスコートしたいからといって滑りやすくするのは僕のプライドが許せない。合法的に手を握るのはまた別の機会を狙うとしよう。
そんな風に新たな野望を抱きつつ、僕らは氷のボートに乗り込んだ。そしてカバンからクッションを取り出しそれを前方部分の席に敷き、そこをアルマ様の席とする。そう簡単に溶けはしないが、冷たい氷の上にアルマ様の愛らしい小振りなお尻を座らせるわけにはいかない。
それにかなり肉付きの少ないアルマ様のお身体では、氷に腰掛けるとお尻が痛くなってしまう。柔らかい氷でも作り出せれば良かったのだが、残念ながら未だ未熟な僕には実現できなかった。無念である。
「で、ここからどうするわけ? まさか氷のボートを漕いで向かうとか言わないわよね?」
「まさか。その程度では三十分で街に到着する事などできませんよ」
「じゃあどうするのよ?」
「はい、こうします」
怪訝な瞳を向けてくるアルマ様に答えると共に、更に魔法を行使する。川の水に干渉して部分的に流れを速め、ボートを高速で動かす。
原理としてはサーフィンのように波に乗っている感じだが、感覚としては玩具の小舟を手に乗せて動かしているのに近い。自分が干渉し自由に操れるようにした僅かな水の塊に、ボートを乗せて運ばせているのだ。
これなら何かあって僕の魔法の干渉が途切れたとしても、船は通常の水の流れに乗るだけなので危険性も少ない。本当は圧縮した水を放って推進力を得るという方法も考えたが、色々危険そうなのでやめておいた。
「わっ!? 何これ、川の流れを速めてるとかそういう感じ?」
「簡単に言えば、薄い水の膜にこの氷のボートを乗せて動かしています。サーフィンみたいなものですね」
若干興味深そうに身を乗り出し、ボートの下部や川を眺めるアルマ様。それなりの速度が出ているため、アルマ様のただでさえボサボサの髪が凄い事になっている。
しかしその様子が何だか川遊びをするわんぱくな子供のように見えてとても微笑ましく、自然と僕の頬は緩んでいた。
「良いわね、これ。速いし揺れも全然無いし、何より結構楽しいわ!」
「っ……!」
風を切って進むボートに、その内アルマ様は楽しそうな笑顔を向けてきた。
初めて見るアルマ様の、眩いばかりの輝かしい満面の笑み。そのあまりにも魅力的な笑顔を見る事が出来た喜びに、僕の胸は狂おしいほどに締め付けられる。いつも不機嫌そうな仏頂面をしているアルマ様も、こんなお顔をする事が出来たなんて……。
ああ、やっぱり僕はアルマ様が好きで好きで堪らないんだな。この笑顔を見られたというだけで、全てが報われたような幸せが沸き上がってくる。同時にもっと笑顔にしてあげたいという、使命感にも似た欲求も。
「では、もっと飛ばしますよ! 落ちないように気を付けてくださいね!」
「良いわ! もっとかっ飛ばしなさい!」
だからこそ、アルマ様がもっと喜べるように安全性のギリギリまで速度を上げる。
吹き付ける風がボートの上に立つ僕のローブを激しくはためかせ、周囲の自然の光景が高速で流れていく。こんな速度で移動するのは初めてで、微かな興奮を覚えるほどだった。
けれどそんなものより、僕が何よりも夢中になるのはアルマ様の笑顔。凄まじい速度や流れていく周囲の光景にはしゃぐアルマ様に暖かい気持ちを抱きながら、ボートは川を下り街へと近づいて行った。
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ここでネロの魔法が初登場。ただしあらすじですでにネタバレしている模様。
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