第3話:アルマ様の食生活




 予想と少し違う感じのドキドキラブラブ師弟生活が始まって、すでに二十日が経過した。

 狙い通りトランプでの勝負を毎晩の恒例行事にする事が出来たため、ここ最近のアルマ様は以前までより少し楽しそうだ。何なら昼に向こうから勝負に誘ってくる事もある。相変わらず僕は一勝も出来ないまま無様に連敗中だが、楽しそうなアルマ様のお姿を見られるのなら悔しさを噛み殺すくらい訳はない。

 一勝も出来ていないため弟子としての仕事を得る事も出来ていないが、そこは勝手に掃除やログハウスの補修などを行っているので、何とか不満は消えた感じだ。

 故に現状は特に不満も無い、楽しい日々を過ごせている――のなら良かったのだが、ここにきて新たなる不安の種が芽を出した。いや、本当は十日以上前から芽を出していたのだ。あまり信じたくないから様子を見ようとしていたら、ついに花まで咲いた感じだ。さすがにもう見て見ぬ振りをする事は出来なかった。


「――お師匠様、今日はお食事の前に真面目なお話があります」

「真面目な話? いつになく真剣な顔してるわね……」


 二人でリビングの小さなテーブルを囲み、いざ朝食。というところで話を切り出した。これにはアルマ様も朝食に伸ばしていた手を引っ込め、話を聞く姿勢に入ってくれる。


「それでどうしたのよ? やっぱり私の弟子をやめたくなった? 良いわよ、別に。どうせ私はずっと一人だし、間違ってもあんたとそういう関係になるつもりは無いしね。見切りを付けるなら早めにした方が賢明よ?」


 どうやら弟子を止めたいとでも言うと思っているらしく、どこか投げやり気味にそんな事を口にするアルマ様。

 その表情がどこか寂し気に見える辺り、僕の存在は少なくともストレスになっているわけではないようだ。必要とされているかどうかはともかくとして、少なくとも多少の愛着くらいは持って貰えたらしい。


「いえ、弟子をやめるつもりはありません。お話と言うのは――食事の事です」

「食事? 何? 口に合わなかった? それならもっと早く言いなさいよ……」


 目を丸くしたアルマ様が、若干申し訳なさそうに肩を落とす。

 この二十日間、食事は全てアルマ様が用意してくださっている。弟子なのだから食事を用意するのは僕の役目では無いかと最初は思ったのだが、さすがにそれはアルマ様がお許しくださらなかった。何でも一人で修行をしている僕に食事まで用意させるなど、形だけの師匠とはいえさすがに心が痛いとの事。

 僕としてはむしろそれでも構わないのだが、毎日アルマ様の手料理が食べられるという誘惑には結局抗えず、食事はアルマ様がご用意する事となった。そう、つまりは愛のこもった手料理。初めて食べた時は感動に咽び泣いて呆れられたし、それ以降も嬉しさで踊り出しそうになったほどだ。

 しかしそれは初めの頃だけ。二日、三日と続くと段々と喜びよりも困惑や不安の方が大きくなり、十日目で不安と認めたくない気持ちに支配され、二十日目の今日はついにそれを堪える事が出来なくなったというわけだ。何故ならアルマ様が用意してくださる食事は、どう贔屓目に見ても異常だったから。


「いえ、そういうわけではありません。お師匠様、申し訳ありませんが率直に言わせて頂きます。お師匠様は偏食が過ぎます。食生活の改善が必要です」


 二十日間も食事を作って貰っている身でこんな事を言うのは心苦しかったが、それでも言わないわけには行かなかった。

 何故ならアルマ様が用意してくださる食事はメニューが偏っているのだ。それも信じられないレベルで。最初は何かの間違いかと思ったし、たまにはそういう事もあるだろうと思ったが、さすがに二十日も続けば指摘しないわけにはいかない。


「いや……別に、その……偏食じゃないし……」


 往生際の悪いアルマ様は露骨に目を逸らし、誤魔化すように呟く。さり気なく猫耳を伏せている辺り、ご自身でも理解しているのだろう。また新たな一面を見られたことに喜びを感じつつも、僕は諸悪の根源となっている食卓に並ぶ品の数々を見下ろした。

 そこに並んでいるのは渓流で釣った魚を塩焼きにしたもの、それから山中で採ったキノコや山菜、あとは木に生っていた果物。それと井戸から汲んだ水だ。

 少し量と栄養バランスが足りない気もするが、朝食である事を考えれば完璧とは言えないまでもある種理想的なメニューだろう。事実、僕も最初はそう思った。しかしこれが朝、昼、夜、三食全て同じメニューとして毎日出てくるならば話はかなり違ってくる。

 そう、恐ろしい事にアルマ様がお出しになるのは毎食毎日このメニューなのだ。一体何を考えてそんな真似をしているのか。さすがにこれには僕も開いた口が塞がらなかった。


「偏食です、お師匠様。二十日間メニューが毎食同じなんて正気ですか?」

「は、はあっ? 私なんかに惚れてるあんたに正気かどうかなんて諭されたくないわよ。別に栄養が偏ってるわけでもないし、何の問題も無いじゃない」

「僕は栄養学に明るいわけではありませんが、正直かなり偏っていると思います。そもそも量が足りないのでは? お師匠様は確かここで十年暮らしていらっしゃるんですよね? まさか十年間このような食生活を続けているのですか?」

「………………」

「お師匠様……」


 アルマ様は気まずそうに無言でふいっと視線を逸らす。頭のおかしい真似をしていたという事実に、僕は思わず頭を抱えて大きくため息を零してしまう。しかし精神魔法使いなのになかなか分かりやすいお方だ。トランプ遊びの時は猛烈に強かったというのに。

 というか十年もこんな食生活を続けていれば、色々な事にも納得が行く。朝が極端に弱いのも不健康なまでに痩せているのも、栄養不足や低血糖の結果と考えるのが妥当だろう。これは早急な食生活の改善が必須だ。


「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ! どうせ一人なんだから食事に拘る必要もないし、栄養さえ取れてれば良かったのよ!」

「お師匠様、想像以上に物臭なお方だったんですね。ちょっと意外です。でも完璧でない方が親しみが湧きますし、そういう所は僕が支えますから、安心して物臭なままでいてください」

「やかましいわっ!」


 真っ赤な顔で言い放ち、その怒りをぶつけるように焼き魚をガツガツ口にし始めるアルマ様。

 十年毎食同じ食生活を続けているだけあって、魚の焼き加減は完璧と言って差し支えない状態だ。まるで炭火で焼いたように香ばしい香りが漂ってくるし、皮以外に焦げは一切見当たらない。これで二十日間連続で出されていなければ言う事は何も無いのだが、さすがにもう見飽きたし食べ飽きた。


「まあそういう事ですので、早急に食生活の改善をしましょう。今からまともな食生活を送れば、お師匠様の発育も良くなる可能性があります。もう手遅れかもしれませんが」

「余計なお世話よ! 大体私がちんちくりんなのは故郷での事が原因で――あっ、な、何でも、無いわ……」


 ふむ? 何やらアルマ様が勢いで過去の事を口にしかけたぞ?

 それに気付いて顔を青くして誤魔化した事、そして僅かに知れた内容から察するに、やはり相当重い過去なのは間違いない。気にはなるが無理に突っ込むわけにもいかないか。


「とりあえず、今日は街に行って食材を色々と買い込みましょう。料理なら多少の心得がありますので、今日からは僕にお任せください」

「一人で修行してる弟子に料理まで作らせるとか、私ちょっと師匠としてクソ過ぎない?」

「むしろ師弟関係としてはまだ優しい方なのでは? そもそも何も求めないので弟子にしてください、と言ったのは僕ですからね。これくらいは織り込み済みです」


 僕としては料理だけでは無く、洗濯や家事、掃除までも一手に引き受ける覚悟があった。むしろその方がアルマ様に便利な男と思って貰えて大いにアピールできるのだから、率先してやりたいほどだ。

 とはいえアルマ様は一人で修行させている事を意外と気にしているらしく、全く家事も掃除も任せてくれないが。


「はあっ……何か言っても止まりそうにないから諦めるけど、街に行くのは明日にした方が良いんじゃない? 片道三時間かかるし、即日行動するにはちょっと気分が乗らないでしょ?」


 僕の熱意に降参したらしく、アルマ様は受け入れつつも投げやり気味にそんな事を口にする。

 しかし確かにその通りだ。ちょっと街に買い物に行こうと思い立っても、徒歩で片道三時間かかるのでは一日仕事。善は急げという言葉があるとはいえ、とても思い付きで実行に移すべき距離ではない。


「ああ、それは大丈夫です。三十分くらいで行けますので」

「は?」


 とはいえ、それは少し前までの事。今の僕ならその程度の道のりは短時間で踏破できる。何も目標を設定せず闇雲に修行していたわけではないのだ。アルマ様のためにも、そんな非効率な真似をする事など出来ない。


「せっかくなのでお師匠様もご一緒に行きましょう。この二十日間の修業の成果、たっぷりと御覧に入れて差し上げますよ?」


 何より、これでアルマ様と一緒に街に繰り出し疑似的なデートをする事ができる! そのためならば街への素早い移動方法を編み出すくらい訳は無い!



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 アルマ様、実は偏食の極み。毎食毎日同じモノしか食べていません。ただしこれには理由があって……。

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