第5話:一目惚れ




 そう、僕がコラソン様の弟子になるために今まで不断の努力を重ねてきたのは、ひとえにコラソン様を愛しているからだ。

 今でも鮮明に思い出せる、入学式での一場面。<グランシャリオ>の一員として、新入生たちに挨拶と激励を贈るために壇上に上がったコラソン様。そのお姿を目の当たりにして、僕は完璧に恋に落ちてしまったのだ。難しい理屈など一切無い。ただコラソン様の見た目、雰囲気、存在そのものに恋してしまったのだ。

 一目惚れなんて浅過ぎるだの、見た目に釣られただけだの馬鹿にされる事は多々あった。けれど僕の恋心はコラソン様の人間性や性格、その他の個人情報を知っても一切揺らぐ事は無かった。むしろ恋心は時を経て熟成され、大いなる愛にまで到達したほどだ。僕の気持ちは紛れも無く本物であった。

 僕がコラソン様の弟子になれば、一つ屋根の下で共に暮らす事が出来る。お互いのプライベートを見せ合い、嬉し恥ずかしドキドキラブラブ師弟生活を送る事が出来る。それを見逃す手は無いし、そんな師弟生活を妄想するだけで夜も眠れないほどだ。

 コラソン様への愛自体は純粋な気持ちとはいえ、弟子になろうとしている理由が少々不純な気持ちなのは分かっている。しかし、しかしだ。僕が弟子入りしなければ、必ず他の男がコラソン様に弟子入りするだろう。それはつまり、他の男がコラソン様とのドキドキラブラブ師弟生活を送る事になる。

 そんな事は絶対に許せなかった。考えただけで頭が狂いそうになり、脳が破壊されかけた。ただでさえ僕はバッドエンドが嫌いだし、寝取られなんて最も忌むべき物だ。ならば多少不純と言われようとも、自分がその座を手に入れる以外にすべき事は何も無かった。


「――にゃああぁぁぁぁぁっ!?」


 僕の一世一代の告白に思考停止していたらしいコラソン様が、内容を理解したのか一気にお顔を赤く染めて驚きの声を上げる。ああ、恥じらうお顔もまた可愛らしい。あと猫語で喋ってるのが狂おしいほどに興奮する。

 面接で告白するなど、普通に考えて相当イカれた所業だ。古今東西見渡しても、恐らく僕以外に実行した男はいないだろう。

 しかし僕にとってはこれこそが勝利への道と断言できる。一種の博打である事は否めないが、人間不信であり魔法属性も決定的に異なるコラソン様の弟子になりたいのだから、それこそ驚天動地で奇想天外な真似くらいはしなければチャンスなど無い。

 故にこそ僕が選んだのは、何も飾らず自分の気持ちと目的を正直に伝えるという、一見ストレートにも見える奇策だった。


「僕は貴女が、アルマ・コラソン様が大好きです! 他の有象無象の男共に、貴女と一つ屋根の下で共に暮らすという栄誉と幸福を絶対に与えないため、貴女に弟子入りを希望しました!」

「あ、にゃ、その……じょ、冗談、よね? 私みたいなクズの事が好きとか、持ち上げて落として楽しむ気――あっ、でも<真実の強制>が効いてるから……えっ!? ほ、本当に、本当なの……!?」


 一瞬自虐に走ろうとするコラソン様だが、自らが行使した魔法を思い出して僕が本気だと理解していた。

 そう、この面接告白作戦を実行するに当たって一番必要だったのは、コラソン様の魔法で嘘を吐けない状態にしてもらう事だった。人間不信のコラソン様に対しては、どれほど誠実かつ素直に想いを伝えても信じて貰えない可能性が高い。

 しかし自らの魔法で嘘を吐けない状態になっているにも拘わらず、同じ事を口にすればどうだろうか? 自分自身の力であり、人間不信になった原因と思しき精神魔法がもたらした結果ならば、さしものコラソン様も信じざるを得ない。そういった予想から組み立てた作戦が、今こそ功を奏していた。

 そしてもちろん、ここで終わりにする気など無い。一気に畳みかける。僕の本音を、気持ちを、コラソン様への愛を! 余すことなく表現する!


「本当です。自分は貴女に一目惚れしました。だからこそ貴女の弟子となり、ドキドキワクワクな新婚生活染みた素晴らしい師弟生活を送りたいと――んんっ!!」

「んにゃにゃにゃ……!」


 嘘を吐けない状態なせいで少し修飾過剰になったものの、気持ちを洗いざらいぶちまける。嘘が無いという事はコラソン様自身が証明してくれているのだから、喋れば喋るほど信頼を勝ち取る事が出来るというわけだ。

 まあ、何故かコラソン様は腰を抜かしてソファーの後ろに逃げてしまったが。真っ赤なお顔で恐る恐る瞳を覗かせ、こちらの様子を窺っている姿が本当に愛らしい。尊い。


「とにかく、そのために自分は今まで努力してきました。そう、貴女への愛のために。それは全てを棒に振ってでも価値のある事だとは思いませんか?」

「あ、愛ぃっ!?」


 緊張が完全に吹っ切れた僕は立ち上がり、躊躇いなくコラソン様への愛を口にする。素っ頓狂な声を上げて驚く姿もまた愛おしい。


「そ、それは、確かに素敵かもしれないけど……そんな、私みたいなカスなんかのためになんて、あり得ないし……」

「いいえ、あなたはカスなどではありません! 自分にとって貴女は何を犠牲にしてでも手に入れたい、素晴らしい女性なのです!」

「んにゃあっ!?」


 しまった、つい近寄って顔を覗き込みながら力強く否定してしまった。やはり嘘を吐けない状態という事で、口を開くと言いたかった事が垂れ流しになってしまうな。それはそうと猫のような鳴き声を上げて顔を引っ込めてしまうコラソン様、マジ可愛い。


「自分は今まで、恋愛など考えた事がありませんでした。いいえ、むしろ恋だの愛だのに現を抜かす者たちを内心小馬鹿にしていました。まだケツの青いガキでしたから。そう、入学式で壇上に現れた、貴女のお姿を拝見するまでは……!」


 どうせ言ってしまったのだし、もう全て暴露してしまおう。というわけで、ソファーの後ろに隠れて愛らしい猫耳だけを覗かせているコラソン様に対し、一目惚れの詳細を盛大に語る事にした。まだ受け入れ難いようなのできちんと順序だてて説明して、間違いなくコラソン様の事が大好きな事を理解してもらわなければいけないからな! それにしても可愛い猫耳だなぁ!?


「初めて貴女のお姿を拝見した時、この身体は雷に打たれたかの如き衝撃を覚えました。恋愛に疎い自分でも、『ああ、これが一目惚れなのだな』と一瞬で理解できましたよ。胸が高鳴り、呼吸も忘れ、貴女のお言葉とお姿が鮮烈に脳に刻み込まれていく。入学式の事は良く覚えていませんが、貴女のお姿なら服の皺の一本一本まで覚えていますし、貴女のお言葉なら一言一句、呼吸のタイミングまで覚えています。お疑いなら今この場で再現して見せましょう」

「いや、ちょっ、良い! 良いから!」

「それとも、想いを寄せている証拠として魅力的に感じている点を挙げて行きましょうか。まず最初に挙げるのは全体的な印象ですね。失礼ながら、自分は貴女の事を警戒心の強い臆病な野良猫のようだと感じました。それというのも乱れた髪がボサボサの毛並みを連想させ、緊張した様子が周囲を警戒する姿を連想させたからですね。それらの要素と猫耳と猫尻尾が合わさり、その印象を抱かせた次第です。ですが自分にとってはそれがまた非常に愛らしく、保護してドロドロに甘やかしてあげたくなるような庇護欲を誘い――」

「わわわ、分かった分かった! 信じる! 私の事好きだっていうのは信じるから! それ以上言うのはやめてぇ!」


 ここでコラソン様はソファーの後ろから飛び出してきて、お顔を真っ赤にしつつ僕の口を塞ごうと手を伸ばしてきた。少し身長が足りないのでぴょんぴょん飛び跳ねる感じになっていて、これまた非常に愛らしい。あまりの愛らしさに鼻血が出そうになったくらいだ。尤もここで鼻血を出すとコラソン様にふりかかってしまうので根性で耐えたが。

 僕は愛らしさにやられて眩暈を起こしたせいで、コラソン様は僕の愛が本物だと理解した衝撃で。それぞれちょっと落ち着く時間が必要だったため、ここでどちらからともなくお互い席に戻って心を落ち着ける事となった。


「ど、どうしよ……別の誰かと勘違いしてるんじゃないなら、悪戯とか嫌がらせで私に弟子入り選んだんだと思ってたのに、こんな展開予想外よ……」


 僕の方はすぐに落ち着いたものの、コラソン様は未だ困惑が冷めやらぬ様子。ソファーの上で縮こまり、落ち着かない感じで髪や猫耳、尻尾を弄りながら視線を彷徨わせている。そのお顔は相変わらず真っ赤。

 少なくとも嫌悪や侮蔑を見せない辺り、僕に好意を寄せられて悪い気はしていないのだろうか。ならば僕としても安心だ。仮に冷たい目で『キモイ』なんて言われたら、耐えられずにその場で自害していたかもしれない。


「ほ、本当に、私なんかの事が好きなの? こんなちんちくりんで目付きも悪くて、態度も性格も何もかもが最悪な私が?」

「はい、大好きです! 愛してます! 僕の子供を孕ませたい――んんっ!!」

「にゃああぁっ……!」


 精神魔法のおかげでとんでもない事を口走ってしまい、それを聞いたコラソン様は再びソファーの裏に隠れてしまう。だがひょっこり目と猫耳を覗かせて恥ずかしそうにこちらを見つめてくる辺り、決して僕を嫌悪しているわけでも拒絶しているわけでもない。

 確かにコラソン様は人間不信だが、それでも人を信じたい気持ちや、人と触れ合いたい気持ちがあるはずなのだ。もしもそういう気持ちが一切無いのなら、そもそも僕との面接にすら応じてくれなかっただろう。だからこそ僕はこの全てを正直に吐露するという秘策を用意したのである。

 先ほどまでの発言から察するに、学院から配布されたであろう僕の成績や個人情報を記載した書類もしっかりと読み込んでくださっている。真の人間不信ならそんな事はしない。コラソン様も本当は誰かと繋がりたいはずなのだ。


「アルマ・コラソン様。どうか自分を、貴女の弟子にしては頂けませんか? 自分は貴女の事を愛していますが、もちろん無理やりに迫る事など致しません。師匠としての貴女には何も求めませんし、何も教えて頂かずとも構いません。必要とあらば、自分の精神を貴女の魔法で弄ってくださっても構いません。ただこの哀れな愛の奴隷に、どうか貴女のお傍に侍る許可をお与えください」


 静かに跪き、素直にそれを願う。

 ずっと悩み続けていた、僕が提示できる弟子に取る事へのメリット。それは裏表も無く、決して裏切らず、コラソン様の全てを受け入れる人間として傍にいるという事だ。

 本当は人との繋がりを持ちたがっているコラソン様からすれば、僕の存在はこれ以上無いほどのメリットになる。唯一の問題は、コラソン様が僕という人間そのものをどう思うかという所。


「……私は、あんたの気持ちに応えられない。あんただけじゃなくて、誰からの気持ちにも。人間なんて親でさえ信じられないんだから、恋愛なんて私は絶対にしない」


 一度目と猫耳も引っ込ませて完全にソファーの裏に隠れたかと思うと、コラソン様は酷く冷たい声でそんな事を口にする。僕の気持ちに応えてくれないという発言よりも、その冷たさと、そして親でさえも信じられないという言葉の方が酷くショックだった。詳細は分からないが、きっとコラソン様の人間不信は親に原因があるのだと、何となく察してしまったから。

 血の繋がった親に裏切られれば、それは他人を信じる事が出来なくなるのも当然だ。この世で一番信頼できるはずの人間に裏切られるなんて、あまりにも惨い。コラソン様の心の傷は、僕の想像以上に深そうだった。


「だからあんたは、せっかくの才能を無駄にして人生を棒に振るだけになる。それでも……良いの?」


 しかしそんなコラソン様だからこそ、人一倍繋がりを求めている。またひょこっと出てきた不安気に伏せられている猫耳と、どこか期待に揺れる瞳がそれを如実に語っていた。

 そしてもちろん、僕の答えは決まっている。


「構いません。誰よりも貴女のお傍に立つ事が出来るのなら」


 他の誰よりもコラソン様の傍に立つ事が出来る。それなら人生の一回や二回棒に振るくらい訳は無かった。例え初恋が実らなかったとしても、僕の存在がコラソン様の安らぎになってくれるのなら本望だった。


「それに、いつかは貴女のお気持ちが変わるかもしれませんからね。その可能性が僅かでもあるのなら、自分にとっては全てを投げ打つ価値があります」


 そして、入学式から二年半懸命に努力し続け、この場に至った僕が簡単に諦めるはずも無い。ゼロに近い可能性をひっくり返し、見事この場に辿り着いたのだ。ならばもう一回くらい不可能を可能にする事だって、きっと出来るはず。


「どうか、自分を弟子にしてください。アルマ・コラソン様」


 ぴょこっと覗く緑の瞳が、僕をじっと見据える。まるで僕の心や考えだけでなく、僕という人間の全てを読み取ろうとしているかのように。

 しかし全てを赤裸々に語った僕には、読まれるような裏はどこにもない。例え本当に精神を読み取られていたとしても何の問題も無かった。むしろ僕の全てを知って貰えて嬉しいまである。


「まあ……うん。そこまでの覚悟があるなら、しょうがないわよね……うん、しょうがない……」


 呆れ果てた感じに呟きながらソファーの後ろから出て、跪く僕の前に歩み寄ってくるコラソン様。まるで自分に言い訳しているようにも取れる呟きだったが、実際そうなのだろう。何故ならコラソン様の猫尻尾が、ご機嫌だとでも言うように大きくリズミカルに振られていたから。


「分かったわ。教えられる事なんて何も無いゴミカス以下の師匠にしかなれないけど……これから、よろしくね?」


 そうしてコラソン様は僕をしっかりと見据え、自身を卑下しながらも確かに弟子入りをお許しくださった。

 その時彼女が浮かべていた表情は、少し固いながらも紛れも無く嬉しそうな微笑みだった――




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⋇どうせなら入学式の一目惚れの場面から、想いが熟成・発酵していく場面も書きたかったのですが、実は文字数というかページ数がかなりギリギリだったので断念しました。この作品は応募時の規定である40文字×16行に換算すると、200~270ページ必要な所、全263ページの作品です。

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