第4話:ネロの真実
「それじゃ面接なんだけど……面倒だし、単刀直入に言うわね? 私なんかより、もっと別の人の弟子になった方が良いわよ」
「う、ぐっ……!」
そして初手で放たれるのは、致命の一撃にも似た絶望的な言葉。師匠と仰ぎたい方からの、別の人物に師事した方が良いという夢も希望も無い発言。これには一瞬意識が遠退きかけたものの、すんでのところで踏ん張って意識を現世に繋ぎ止める。
「い、いいえ。自分にはコラソン様しか考えられません。学院に入学してからというもの、そのためだけに努力を重ね生きてきました」
「だけどあんたの魔法属性は私と全然違うわよね? 人違いじゃないって事は、私の魔法が何か知ってるんでしょ?」
「はい。コラソン様の魔法は――精神魔法です」
精神魔法。それがコラソン様の持つ唯一無二の魔法の才。
基本的に魔法属性は火属性や水属性といったポピュラーな属性は被る事も稀にある。魔法の才能そのものが希少とはいえ、決してオンリーワンの力ではない。
しかしコラソン様は数少ない例外。その身に秘めているのは歴史上初めて確認された唯一無二の魔法。他者の精神を感じ、干渉し、自在に操る事が出来る精神魔法の使い手なのだ。
「そうよ。だからその時点で私に弟子入りする意味何も無くない? それに私は魔術の適性はカスみたいなものだし、あんたの師匠になっても教えられることは何も無いわよ。そもそも私如きが弟子を取るとか考えられないし」
「っ、スぅ……!」
うん、違った。さっきのはジャブでこっちが致命の一撃だ。淡々と痛い所を的確に突いてくるその容赦の無さに、眩暈を覚えつつも何だか惚れ惚れしてしまう。精神魔法使いだけあって、言葉で人の心を抉るのもお手の物という感じですね。ハハッ。
駄目だ、現実逃避するな。ちゃんと耐えて向きあうんだ。しっかりしろ、僕。
「カスな私に対して、あんたは魔法使いにも拘わらず魔術の方も複数の属性に高い適性を示してる。資料見る限りだと水属性と土属性、それから光属性を上級魔術まで扱えるんでしょ? 鍛錬も怠ってないみたいだし、首席を取れるくらいに頭も良い。努力も出来て、才能もあって、結果も出してる。そんなあんたが私の弟子になっても、人生を棒に振るだけ。弟子になりたいなら、<グランシャリオ>第四位のヴィリロス様の方が良いと思うわよ。あの人ならあんたの才能を的確に伸ばしてくれるはずだし」
敬愛するコラソン様からの、掛け値なしの賞賛による喜び。そして遠ざかる弟子入りという絶望が胸の中でないまぜになり、どう反応して良いか分からず何だか猛烈に吐き気を催してしまう。
自分の頑張りから才能まで、全てを褒められているのはとても嬉しいのに、それらが弟子入りを阻む壁になっている現実があまりにも悲惨で目の前が真っ暗になりそうだ。これならまだ無能は弟子に取らないと冷たく言われた方がマシだし、有能になれば良いだけなのだから救いはあるだろう。
だがお褒めの言葉はともかくとして、それ以外は全て予想出来ていた事。故に返すべき言葉も何パターンかに分けて用意している。まだ僕は終わっていない。まだ戦える……!
「自分は才能を伸ばしたいわけではありません。なのでヴィリロス様への弟子入りなど考えられません」
「えっ、どうして? 私なんかと違って、あんたはどう考えても上を目指せる逸材よ? そんな才能があるのに勿体なくない?」
別の魔法使いへの弟子入りをばっさりお断りすると、コラソン様は愛らしい緑の目を丸くして驚きを示す。
これはなかなか良い反応だ。好きの反対は無関心と言うし、驚きを示すという事は多少なりとも僕に興味を示してくれていると考えて良いかもしれない。ほんの少しだけ希望が見えて来たぞ。
「地位にも権力にも興味はありません。自分が求めるのは、貴女の弟子になる事。現時点ではそれだけです」
「えぇ? 野心の欠片も無い上に文武両道の完璧超人の癖に、私みたいなカスの極みの弟子になりたいとか……嫌がらせにしても手が込み過ぎじゃない? 自分の人生を賭けてまで私に人間性の差を思い知らせて、自己嫌悪で苦しませたいわけ? 私、あんたの親兄弟か恋人でも殺した……?」
どうやらコラソン様から見ると、僕は文武両道で欲の無い完璧超人に見えるらしい。実際は見事に欲塗れで、間違ってもそんな出来た人間ではないのだが。
しかし自己肯定感皆無で自虐体質のコラソン様は、そんな僕が弟子入りしたがる事を手の込んだ嫌がらせだと思っているらしい。何だか怯えたような顔で僕を見つめてくる。ああ、怯えた顔も実に愛らしい……って違う、そうじゃない。
「いえ、そんな意図は一切ありません。それと自分の親兄弟は普通に故郷で暮らしていますし、恋人はまだ出来た事がありません」
「じゃあ、何でよ? 何で人生を棒に振ってまで、私なんかの弟子になりたいの? ぶっちゃけると私があんたに教わる事があったとしても、その逆は絶対無いわよ? この時点で師弟とかちゃんちゃらおかしいじゃない。私に弟子入りしてあんたは何を得るの? 何が目的なの?」
目付きが少し悪いせいかじっと睨むような、あるいは不機嫌にも見える訝し気な目を向けてくるコラソン様。
ああ、この表情も堪らない……じゃなくて、来た。ここだ。話の核心、僕の目的に触れるこの言葉。ここが正念場だ。あとは僕が、勇気を振り絞るだけ。
「……貴女の精神魔法を使えば、対象に真実のみを語らせる事も出来ると聞きます。コラソン様、どうかその魔法を自分に行使して頂けませんか?」
「はあっ!? ど、どうして!?」
勇気を振り絞って口にしたのは、嘘をつけなくなる魔法をかけて欲しいという願い。これにはコラソン様もぎょっとして驚愕を示している。あっ、猫尻尾もピンと立った。可愛い。にぎにぎしたい。
「これから自分が語る事は、きっとすぐには真実と受け入れて貰えない内容です。そして自分自身、口にするのに少々勇気がいります。なので真実しか語れない状態に追い込む事で勇気を出し、そして貴女に信じて貰いたいのです。自分の、気持ちを……」
コラソン様の目をじっと覗き込み、真摯な気持ちで以て語り掛ける。
ああ、それにしても何て綺麗な瞳なんだろう。この淡い青緑の輝きはまるで宝石のようだと思っていたが、よくよく見れば宝石よりも美しいじゃないか。この美しさは例えるなら、そう……まるで天に輝く星のようだ。掴めないと分かっていても手を伸ばしたくなる、そんな魅力のある美しい輝きだ……。
「よ、良く分かんないけど、真実を教えて貰えるなら私としてもありがたいし、かけてあげるわ……」
「はい、お願いします」
何故か顔を赤くして目を逸らしてしまったコラソン様だが、それでも僕の願いは聞き届けてくれたようだ。ならば問題は何も無い。一つ頭を下げ、コラソン様の精神魔法をこの身に受ける栄誉に歓喜しながら、しかし同時に緊張と不安を覚えながら目を閉じた。
「――
そして、アルマ様が魔法の名称と思しきものを呟く。
特に変化を感じ取ったりはしない。魔法は魔力を使わないため、その手の感覚で察知する事は出来ないからだ。
しかし人の精神に干渉する魔法だというのに、それを行使された側が全く気付けないとは実に恐ろしい。目に見えた派手さが無いからこそ悪用し放題で、静かに国を傾ける事すら出来そうな凄まじい魔法だ。こんな魔法を使えるというのに、コラソン様は一体どうして自己肯定感が低いのか。
「はい。これであんたは、真実しか口に出来なくなったわ。だけど強制的に喋らせる魔法じゃないから、話したくない事があれば口を噤みなさい。何を話したいのかは知らないけど無理強いはしないし、事実とはいえ自分がクズだのゴミだの罵倒されるのは、あんまり良い気分じゃないし……」
どうやら真実を強制された僕の口からは、罵詈雑言の類が飛び出てくると思っているらしい。目を開けてみれば、若干死んだ目をしてあらぬ方向へ視線を向けているコラソン様の姿が目に入る。
しかし発言から察するに、その気になれば沈黙すら許さない事も可能なのだろう。これほどの魔法を持っていて何故、<グランシャリオ>での階級が最下位なのか。
「アルマ・コラソン様」
「ああ、うん。なに? できれば最初は優しめな罵倒から始めてくれるとありがたいわ……」
満を持して声をかけると、若干怯えたお顔でこちらに視線を戻してくる。
酷く警戒されているのは大いに傷つくが、こんな反応をされるのも仕方ない。コラソン様にとっては人の心を読むくらいは容易い事で、誰しもが抱える心の闇や人には言えない性癖すらも見抜く事が出来るはずなのだ。
そしてコラソン様ほどの可憐で美しく魅力的な少女、男なら放っておくはずがない。きっと下卑た欲望を嘘とわざとらしい笑顔で塗り固めて近付いてきた者たちが大勢いて、そんな奴らの真意を探るために薄汚い欲望を暴いていく内に、極度の人間不信に陥ってしまったのだろう。
そんなお方に対して、こんな事を口にするのは非常にリスキーな選択かもしれない。もしかしたら深く傷つけてしまうかもしれない。しかし僕はこれこそが最も賢い選択であり、同時に人間不信という固いガードを突破するための最善手だと信じていた。
「――貴女の事が、大好きです!! 入学式で壇上に上がった貴女の姿に、一目惚れしました!!」
「……にゃ?」
故にこそ、僕は掛け値なしの本音を叫んだ。アルマ・コラソン様に一目惚れして、愛の奴隷となってしまったという事実を。
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⋇すでに丸分かりですが一目惚れかつベタ惚れです。
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