第2話:魔法と魔術



「――ふうっ。大体こんな所か」

「クククッ、さすがは我が盟友。百点満点の完璧な対応だったな」


 面接練習の最後の仕上げを終え、僕は軽く一息ついた。第三者視点から見ても問題はないようで、無駄にカッコいいポーズを取るシエルが満点をくれたほどだ。


「が、慢心はいかんぞ? これは所詮練習であって本番ではない。加えてあくまでも質問を予測し、それに対して用意した答えを並べ立てているに過ぎん。予測の範囲外にある問いを投げかけられ、醜態を晒す事が無いように気を引き締めておくのだな?」

「それくらい分かってるさ。シエルじゃあるまいし、そんな無様な反応はしない」

「無様じゃないもん! ちょっと答えに困って涙が出てきただけだもんっ!」


 当人が面接の時にやらかした無様な真似を指摘してやると、途端にシエルは素の口調に戻って反論してくる。

 コイツは割とメンタルが弱い方なので、面接の時にはそれはもう大失敗してしまったらしい。その時は人目もはばからず僕に抱き着いて大泣きしていたので、周囲に変な誤解をされて大変だった。今も誤解は解けていない気もするが。


「どこが無様じゃないんだ。よくそんな情けない反応をしておいて弟子にして貰えたな?」

「正直私もそう思う……」


 とはいえそんなシエルでも師と崇める魔法使いから弟子にして貰えたのだから、人生と言うのは分からないものだ。日頃の行いが特別良かったのか、あるいは哀れに思って貰えたか。いずれにせよコイツが夢を叶えたのは確かである。


「僕の方もそれくらい上手く事が運べば良いんだが、さすがにそれは虫が良すぎるか。面接して頂けるだけでも奇跡みたいなものだからな。もしも落ちてしまったら、その時は……」

「そこでロープと包丁に目を向けるなあっ!」


 チラリと机の上に目を向けると、途端に間に泣きそうな顔のシエルが割って入る。

 ここまで涙腺が緩い辺り、やはり哀れに思われた可能性が濃厚か。確かにコイツの泣き落としなら男女問わず効果的だろう。小動物的な可愛らしさがある事は否定できない。


「安心するが良い、盟友よ。その時は、ほら……私と一緒に、私の師匠の弟子になれば良いんじゃないかな? そうすれば、その……願いが叶わなくても、ずっと隣にいてくれる親友がいるわけだし?」

「シエル……」


 そしてとても優しい少女だ。ちょっと照れながらも、僕の自決を止めるためにずっと隣にいるという発言すら口にしてくる。こういう事を言うから僕らの仲を邪推されるのだが、本人はその辺どう思っているのだろうか。

 それはともかく、ここまで想われて悪い気はしない。何だかんだシエルは二年半もの間共に切磋琢磨してきた親友であり、ライバルであり、家族のような存在なのだ。だからこそ、掛け値なしの本音をぶつけられる。


「――お前の存在程度が代わりになるわけないだろ。何を言っているんだお前は。何様のつもりだ?」


 それはそれ、これはこれと言う本音を。

 こんな泣き虫のウサギ娘如きが、僕の敬愛するあのお方の代わりになれると思ったら大間違いである。むしろ不敬な発言だと引っ叩かなかった僕に感謝して欲しいくらいだ。

 とはいえ当のシエルはあのお方の素晴らしさと僕の寛大な心を理解できなかったらしい。一瞬目を丸くすると、見る見るうちに顔を赤くしていった。


「ネロのバーカ、バーカ! 幼女趣味のロリコン野郎! 恋愛小説好きの変態男! 童貞魔法使い!」

「何だとこの野郎」


 そして怒りのままに失礼極まる罵倒を浴びせかけてくる始末。しかしその内容にほとんど間違いが無いのが悲しい所だ。そのせいでかなり深く心に突き刺さった。


「ネロなんて面接に落ちて路頭に迷っちゃえ! 私は夢を叶えて弟子になれたもんね! どんなもんだ!」

「よし、そのウサミミ引っこ抜いてやる。覚悟しろ」

「誰が抜かせるかっ!」


 禁句を口にしてきたので、甘さも容赦も捨てて罰を与える事を決める。近付いてシエルのウサミミに手を伸ばすが、そこは身体能力には定評のある獣人。素早く躱したかと思えばほんの一瞬で部屋の窓に近付き、逃走体勢を整えていた。


「おい、待て。逃げるのか? ウサギなのにチキンとは恐れ入ったな」

「うるさい、童貞っ! とうっ!」


 挑発するも罵声で殴り返され、シエルはそのまま窓を開けて外の世界に身を乗り出す。

 ここは学院の寮の四階。幾ら身体能力に優れていても素で着地するには少々厳しい高さだ。しかしシエルは全くそんな事を意に介さず、歩き出すために一歩踏み出すような当然かつ自然な動作で宙に身を躍らせた。

 彼女の身体は当然の摂理として重力に囚われ、落下を始める――


「――<我こそは天空の支配者>ハイペリオン!」


 しかしシエルがそう叫ぶと共に、その身体を渦巻く強風が包み込んだ。まるで風に煽られ舞い上がる木の葉のように、彼女の身体は落下するどころか逆に空を翔ける。

 自在に空を飛ぶその姿は、当人の愛らしい容姿も相まってさながら小鳥か妖精であった。


「チッ、空を飛ばれるとさすがにな……」


 空を飛ばれた事を苦々しく思いこそすれ、それを不思議には思わない。何故ならあれこそが魔法だからだ。

 この<アモルパス>という世界には、魔法という超常の力が存在する。

 それはごく限られた人物が生まれつき持つ特異な力。血筋によらない物であるが故に、魂に刻まれた力だと言われている。

 ある者は自在に火を操り、またある者は風を操る。どんな怪我でも癒してしまえる力を持つ者や、影を手足のように扱える者もいる。何の代償も無く振るえるその力は正に神の如き凄まじい力だが、制約が存在しないわけではない。

 魔法を扱うには意志の力が不可欠なのだ。自分は魔法の力によって世界を改変する事が出来る。それを可能とする力があるのだから出来て当然。出来ないのがむしろおかしい。そういったいっそ傲慢とも言える意志を持っていなければ、そもそも魔法の才能があったとしても行使する事は出来ない。それこそが魔法が意志の力と言われる由縁だった。

 つまり魔法が使えるという事は、非常に稀有な才能を持つ恵まれた人間であるという事。それと同時に、傲慢とも言えるほど固い意志を持つ人間という証明であった。


「べーっ、だ! 悔しかったら追いかけて来てみろー!」


 あまりにも幼稚な煽りを残して飛んで行く姿を見ると信じたくないが、紛れもなくシエルも固い意志を持つ魔法使い。加えて風を操り空を翔けるのは、アイツにとってはその魔法の一端どころか余技でしかない。

 曲がりなりにも僕の親友でありライバル。ルール無用の戦いなら、恐らく僕はアイツには敵わない。それほどにアイツの魔法は凄まじく、また同時に類を見ないほど希少だ。


「追う必要はない。ここから撃ち落としてやる」


 とはいえ僕もまた魔法の才能を持ち、それを磨いてきた者。空を飛ぶことは出来ないが、遠ざかって行くシエルを狙い撃つくらいなら簡単だった。

 故に僕は徐々に小さくなっていくウサギ娘の背中に掌を向け――


「いや、どうせなら魔術にするか」


 直前で魔法ではなく、魔術を行使する事に決める。

 魔法を使えば当てるのは簡単だ。しかし僕にはこれから面接という一世一代の重要な試練が待ち受けている。それが上手く行くかどうかを、この場で占い感覚で試すのもまた一興と言うものだろう。


「土よ、我が魔力を糧に超常を成せ。速度と射程を増し、ただ一つの石礫で我が怨敵を打ち据えろ。<硬きストーン・石礫>バレット


 故に、僕は呪文を唱えて魔術を発動した。身体に満ちたエネルギーが僅かに削れ、それと同時に僕の掌に生まれた拳大の土塊が、凄まじい勢いで射出される。

 これは魔法ではなく、魔術。大昔の魔法使いたちが力を合わせて創り上げた、万人に扱える体系化された魔法なのだ。

 尤も万人に扱える魔法と言っても、本来の魔法には遠く及ばない。火と水、土、風の四大属性に加え、光と闇の六属性を扱えるのが魔術の強みであるが、適性の問題で魔術師が扱えるのはその内の一つか二つの属性程度。更にその中にも適性が存在し、大多数の魔術師は上級魔術を扱えず中級か下級止まり。発動には魔力という魂が生み出すエネルギーが必要だし、呪文の詠唱も必須だ。どれか一つでも足りなければ魔術を行使する事は出来ない。

 更には魔法と違って自由自在に扱う事も不可能であり、ほぼ定まった事しか出来ないという有様。放たれる魔術の速度や威力、大きさや数は詠唱である程度調整できるものの、最初の形から逸脱する事は出来ないのだ。

 今回放ったのは土属性の初級魔術、<硬き石礫>。本来は両手で掴める程度の大きさの土の塊を三つ、対象目掛けて高速で撃ち出す魔法だ。それを詠唱によって土塊を一つだけにした上で、速度と射程を強化し他を全て切り捨てた。その結果、僕が放った土塊は風を斬り裂いて一直線に空を駆け――


「――んきゃああぁあぁぁあぁぁっ!?」

「よし、命中。調子良いぞ」


 見事シエルの背中に命中し、不届きなウサギ娘を学院敷地内にある林の中に墜落させた。ちょっと心配になる落ち方だったが、この程度で怪我をするような軟弱者ではないので大丈夫だろう。

 そんな事よりもあまり普段から使わない属性の魔術で、遠くの対象を一発で仕留められた事の方が重要だ。今の僕は絶好調。面接に臨むには完璧なコンディションと言える。占いの結果は最高と言っていいだろう。


「この調子で面接も上手く行けば良いが、さすがにそんな物語のように都合の良い事は無いか」


 シエルが口にした通り、決して慢心してはいけない。僕の好きな恋愛小説のようにハッピーエンドが約束されているわけではないのだ。運が良いとかコンディションが最適だとかで油断していれば、足を掬われて大嫌いなバッドエンドに直行する可能性もある。そうなればロープか包丁の出番になってしまう。

 とはいえ分が悪い戦いなのは百も承知。だからこそこの日のために、今まで不断の努力を重ねてきたのだ。油断はしないが、さりとて怖気づくわけも無い。


「さあ行くぞ! あのお方の弟子となるために! そして、僕の野望を叶えるために!」


 故に僕は最後にもう一度身嗜みを確認してから部屋を出た。まだかなり早いが、面接の地――ウォルンタース魔法魔術学院の校舎へと向かうために。




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⋇色々と残念な所があるシエルですが、使える魔法はかなり強力な模様。

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ネガティブ系猫獣人ロリ師匠と添い遂げたいっ! ストラテジスト @112358-13-19

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