第2話:簒奪

⋇残酷描写あり

⋇暴力描写あり




「まずは初めましてだな、アルマ・コラソン。私の名はパラス・イツラ。しがない野良魔法使いとでも言っておこうか」


 そうして僕の口から、僕の意志とは無関係に言葉が紡がれる。

 間違いない。僕の身体は何らかの魔法によって操られている。いいや、僕の中にパラスという人間がいて、魔法で身体を乗っ取っているという表現が近いか。それならアルマ様の先ほどの発言も納得が行く。精神魔法使いであるアルマ様だからこそ、僕の中にいたパラスという人間がはっきりと感じられたのだろう。


「野良魔法使いねぇ。弟子の身体を乗っ取ってる辺り、あんたの魔法はさしずめ憑依魔法ってとこかしら?」

「ご名答だ。私の魔法は憑依魔法。自らの魂の欠片を他者の肉体に憑依させる事で、その肉体を支配する事ができる魔法だ。精神の存在しない魂そのものであるが故、お前にも察知される事は無いと思っていたのだが……所詮は希望的観測だったか」


 僕の口を使い、パラスが自らの魔法を吐露する。

 憑依魔法……なるほど、自身の魂を憑依させ僕の肉体を支配しているのか。初めて耳にする魔法、それも魂に拘わる魔法とは未確認のレアな魔法だ。

 そして相当悪質極まる。僕の肉体だと言うのに、感覚があるだけで残りの全ての支配権を奪われている。正直この状態から僕にできる事がまるで思い浮かばない。


「お生憎様。あんたの薄汚い精神が弟子の精神を通じて不快な感情を撒き散らしてたわよ。こんなの気付くなって言う方が無理な相談ね」

「ふむ。やはり精神魔法使いたるお前は一筋縄では行かないな」

「最下位とはいえ、これでも<グランシャリオ>の端くれよ。舐めて貰っちゃ困るわね」


 そしてこんなピンチで足手纏いな状況だというのに、カッコよく啖呵を切って睨みつけてくるアルマ様に惚れ直しそうになってしまう。

 いや、でもこれは仕方ないだろう。何せ特等席で拝ませて貰っているようなものなのだから。それに本来なら自己評価が最底辺なアルマ様が、こんなにも堂々と格上発言をしているんだ。身体の支配権を奪われていなければ、感動と喜びで咽び泣き拍手喝采を浴びせていただろう。


「それで? 弟子の身体を乗っ取ってまで私に近付いて、一体何が目的?」

「知りたいか? ならばお得意の精神魔法で喋らせてみるがいい」

「だったらお望み通り喋らせてあげる。あんたの目的は何? 教えなさい」

「……くくっ、ハハハハハ! ハハハハハハハハハッ!!」

「えっ……?」


 精神魔法で以て自白を強制されたというのに、僕の口から零れ出たのはパラスの不快な高笑い。これにはアルマ様も目を丸くしていた。何故なら絶対のはずの精神魔法が全く効いていないからだ。


「やはりな! 感知はされるがそれだけだ! いや、考えてみれば当然か。今の私は魂のみの姿であり、コイツの身体を借りているだけ。脳に宿る精神など持ち合わせていない。貴様の精神魔法が通じぬのも当然というわけだ」

「嘘、これが効かないなんて……!」

「これならば問題無く計画通りに行きそうだ。なあ、本体の私よ?」

「――そうだな、分体の私よ。念のため離れて待機していたが、最早姿を隠す必要もなくなった」


 そんな妖しい魅力を孕んだ声と共に、僕の隣に三つの人影が風に乗るようにして舞い降りた。

 その内の二人はまるで一般人としか思えない風貌と恰好の男女だったが、中央の一人だけがある種異様だった。美しい銀髪と艶めかしい褐色の肌を持ち、露出の高い黒の衣装に身を包んだスタイルの良い女性。切れ長の瞳が放つ紫の光は実に妖しく、妖艶な輝きを放っている。ああ、間違いない。この妖しい微笑の似合う女こそが全ての元凶――パラス本体だ。

 そう理解できたのはこの銀髪を見た瞬間、街中で意識が飛んでいた間の事を思い出したからだ。アルマ様の身を案じるような事を聞いてきた女性は、本体の隣にいる女性。そして幼い少女に助けて欲しいと懇願された、倒れていた女性は他ならぬパラス本体。

 恐らくは分体によって僕が一人で街に来たのかを確かめ、幼い少女の身体を乗っ取って本体の所に案内させたのだろう。あの少女が後にどうなったのかはあまり考えたくないな。


「本体……って事は、あんたには通じるはず!」

「無駄だ。魂の大元を持つという意味の本体であって、この肉体も私の元々の物ではない。貴様の魔法は効かんよ」

「くっ……!」


 そう言い放つパラスは、自らの長い銀髪をかき上げて余裕を露わにする。実際アルマ様が舌打ちしそうなほどに表情を歪めた辺り、精神魔法は効かなかったのだろう。

 精神魔法の効かない人間が四人もいるこの状況、かなりマズイ。かといって肉体を乗っ取られている僕に出来る事が無いのが、あまりにも歯痒い。一体僕は何のために魔法を磨いてきたんだ? アルマ様を守るためじゃなかったのか?


「さて、目的が知りたいんだったかな? では教えてあげよう。しかしその前に、私の憑依魔法について話しておかなければな」

「私の憑依魔法は少々扱いにくいものでね。魂の大元を持つ私でなければ使う事が出来ず、また対象に接触しなければ憑依が出来ないんだ。だからわざわざ危険を冒し、本体であるこの私が出てきたというわけさ」

「しかしその分強力な魔法だ。何せ対象の肉体を完全に支配する事が出来るのだからね」


 優位に立っていると確信できたからか、パラスたちは余裕たっぷりに語って行く。本体や分体に続きをバトンタッチしながら、しかし何の淀みも引っかかりも無く。間違いなく分体もパラス本人だという事が分かる演出だった。


「そしてここからが最も重要だ。魔法とは肉体を媒介して行使される魂の力。しかし私が分体を憑依させた肉体には、私と対象の魂の二つが存在する事になる。そして魂の欠片である分体は憑依魔法を行使する事が出来ない代わりに、ひとつ特別な力を行使できる。さて、ここまで言えば自ずと言いたい事は分かるだろう?」

「……まさかっ!?」

「察しの通りだ。私の分体は、その肉体の持ち主が行使できる魔法を行使する事が出来る。つまり私たちの目的はお前の肉体を手に入れる事だ、アルマ・コラソン。精神魔法という魅力的な魔法を宿した魂を持つ、お前の肉体をな」


 パラス本体がニヤリと笑いながら、その恐ろしい事実を語る。思い出してみれば先ほどは風に乗るようにして僕らの元に舞い降りていた。大元である本体が憑依魔法しか使えないというのなら、あれは分体の方が行使した風魔法なのだろう。

 というか今コイツ、何て言った? アルマ様の肉体を手に入れるだと? ふざけるな、アルマ様はいずれ僕のお嫁さんになるんだぞ……!


「私の肉体、ねぇ……幾ら精神魔法が使えるって言っても、こんな貧相で残念な身体が欲しいなんて正気とは思えないわね。あんた趣味悪すぎない? それとも弟子の精神に侵食とかされてる?」

「勘違いするな、そのような意味ではない。そもそもお前のような貧相な身体つきの小娘、まともな男なら相手になどせぬよ」

「まあそりゃそうよね。ブス専かつロリコンの変態でもない限り」


 パラスもアルマ様自身も、当然のようにアルマ様のお身体に魅力が無いと断じている。

 しかし僕には全く理解できなかった。確かにアルマ様のお身体は未熟で未発達なのは否めないが、背徳的な美しさがあって実に堪らないじゃないか。胸や臀部に無駄な脂肪の塊がついているよりよっぽど素晴らしい。それを理解できないとは、恐らく僕の肉体を乗っ取っているパラスという人物、本体の性別は女に違いない。


「で? それを知って、私が大人しく身体を明け渡すと思うわけ? ちょっと考えが足らないんじゃない?」

「無論、抵抗されるのは承知の上。だからこそ、わざわざコイツの肉体を奪ったのだ。人質として役立てるためにな? やれ、私よ」

「了解した。<風の刃>ウインド・エッジ


 僕の身体に憑依しているパラス分体が女の方にそう声をかけると、その分体は僕の腕にスッと指を向け――次の瞬間、鋭い風の刃を放った。

 ああ、やはり風魔法か。などと反射的に考えた瞬間、僕の右腕は手首からスパッと切り落とされた。


「……は?」

「――うっ、ぎ、あああぁああぁあぁぁあっ!?」


 アルマ様がぽかんとした表情を浮かべた瞬間、僕は身体が一時的に自由になるのを感じた。しかし碌な行動もとれないままその場に膝を付き、腕が切り落とされた痛みに悲鳴を上げ、鮮血の迸る右手首を必死に押さえる事しか出来なかった。

 ああ、クソ痛い。色々な怪我はしてきたつもりだが、ここまで痛いのは生まれて初めてだ。焼きごてを押し付けられているような痛みが、決して和らぐ事がないままずっと続いている。


「ちょ、ちょっと!? 何やってんのよ!?」

「見ての通り、拷問だが?」

「安心しろ、この悲鳴は演技ではなくお前の弟子本人が上げているものだ」

「私たち分体は肉体のあらゆる支配権を自由にできる。感覚だけ当人に残す事も、一旦身体を明け渡す事も自由自在だ」

「従って、どれほど痛めつけても苦しむのはお前の弟子、ネロ・アグノスだけというわけだ」

「があああぁあああぁぁぁぁぁっ!?」


 狼狽するアルマ様の前で僕は地面に引き倒され、斬り裂かれ鮮血の上がる手首を足で踏みにじられる。傷口に塩を塗り込まれるような激痛に一瞬目の前が真っ白になり、喉が張り裂けそうになるほどの悲鳴を上げてしまう。


「や、やめて! やめろっ!」

「お前が大人しく身体を明け渡すというのなら、弟子に危害を加えるのは止めてやろう。何なら命も保証してやろう。私たちが望むのはお前の持つ精神魔法。それを手に入れるためなら水魔法程度どうでも良い」

「さあ、愛しい弟子か、それとも自分の命か。どちらか選べ」

「ぐっ、ぎいいぃっ……!」


 泣きそうな顔をしているアルマ様にそんな選択を突き付けながら、僕の手首を何度も何度も執拗に踏みにじってくるパラス本体。歯を食いしばって必死に悲鳴を押し殺そうとするが、どうしても悲鳴は零れてしまう。水魔法で反撃しようとするも、今まで磨いてきた魔法は応えてはくれない。どうやら魔法の支配権を奪われているらしい。

 ああ、何て胸糞悪い。これほどまでに性質の悪い脅迫は物語の中でも見た事が無かった。恐らくパラスは何年も前から計画していたに違いない。分体の接近が察知されるかは未知数だったが、アルマ様が僕という弱みを得た事で実行に踏み切ったという所だろう。

 実際、今の僕ならアルマ様の弱みになってしまう。少し前だったならともかく、今の僕はアルマ様の過去を知り、それでも変わらぬ愛情を抱く男。おかげでアルマ様から多少の愛着と信頼を得られはしたが、そんな僕が目の前でこうして拷問される姿はかなり耐え難い光景のはずだ。

 僕としては無情に切り捨てて欲しかった。アルマ様の足手纏いにはなりたくないし、死へと誘う道具になるのはもっと嫌だった。


「……分かったわ。大人しく身体をあげるから、ソイツにだけは……手を、出さないで」


 けれど僕の願いは叶わず、アルマ様は手にしていた杖を捨て去り無防備を晒した。皮肉にも絆が深まっていた故に、僕を見捨ててはくださらなかった。

 ああ、なんて事だ。お互いの距離が近付いた事が、ここまで裏目に出てしまうなんて……。

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