第5話:魂彩流転

⋇残酷描写あり




「――なっ!? 何だ!? 今何が起きた!?」

「馬鹿な!? 何故ネロ・アグノスは生きている!? 何故一瞬で移動した!?」

「何故ネロ・アグノスの身体に分体の反応が無い! お前たち、一体何をした!?」


 アルマ様が<時間停止>タイム・ストップを解除した瞬間、凍り付いていた時間が動き出した。世界に音と動きが戻り、鳥は羽ばたき木の葉は地に落ちる。

 パラスから見ればまるで時間が飛んだようにしか見えなかったのだろう。離れた場所で仲睦まじく並び立つ僕とアルマ様に対し、驚愕に満ちた視線を向けてきた。顔は全く違うのに反応は全く同じなのが少し笑える。


「あんたたち、よくも私の可愛い弟子に自殺なんて真似をさせてくれたわね? さすがにこれは私もちょっとキレたわ」

「よくもアルマ様のお身体を奪おうなどという不遜な真似をしたな? お前たち、覚悟はできているんだろうな」

「私のたった一人だけの大切な人を――」

「僕が何よりも大切に想う最愛の人を――」

「――奪おうとしたクズ共、嬲り殺しにしてやる」


 パラスの疑問には答えず、アルマ様と二人で己が仄暗い感情をそのまま口に出す。

 不思議な事に最後の台詞は完全にシンクロしてしまい、状況と殺意も一瞬忘れてお互いに顔を見合わせ、ちょっと照れてしまった。やはり僕とアルマ様はお互いに通じ合っているんだな。


「くっ、こうなっては仕方ない! 殺さなければ多少傷つけても構わん、実力行使で行くぞ!」

「了解した! <超重力>グラヴィティ!」

「ぐうっ!?」

「んっ……!」


 人質が意味を成さず、また僕の身体に分体の魂が無い事が分かったからなのだろう。パラス本体の指示を受け、男の方の分体が魔法で攻撃を仕掛けてきた。突然身体が何倍も重くなり、立っていられずアルマ様共々その場に膝を付いてしまう。

 恐らくは重力に干渉する魔法。その力によって僕たちの身にかかる重力を強化しているのだ。鍛えている僕はともかく、アルマ様は大丈夫だろうか。


「なるほどね。さしずめ重力魔法って所かしら? 良い魔法ね、気に入ったわ」


 しかしその心配は無用だったらしい。アルマ様は膝を付いて杖に縋りつき重力に抗いながら、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべていた。まるでとても良い玩具を見つけた様に。


<魂彩流転>アルマ・テラシオン――<重力魔法>マギア・グラヴィタ!」


 アルマ様がそう叫んだ瞬間、フッと僕らの身体にかかっていた超重力が消え去る。

 いや、正確に言えば消え去ったのではない。アルマ様が魂魄魔法の真骨頂を遺憾なく発揮し、同じ力を正反対にぶつけて相殺したのだ。


「お返しよ! <超重力>グラヴィティ!」

「ぐうっ!?」

「な、にぃ……!?」


 その証拠に、今度はパラス達が超重力を味わう番となった。突然強化された重力によって奴らは堪らず膝を付き、精神魔法使いが重力魔法を行使するという謎に困惑しながら苦しんでいる。

 ああ、本当に凄い。他者の魔法を一目見ただけで己の物に出来る規格外の魔法の才能。初見の魔法を当たり前のように使いこなすお姿。あまりにもカッコよくて惚れ直してしまいそうだ。


「どういう事だ、これは!? 何故お前が重力魔法を使える!?」

「お前たちがそれを知る必要はない。死ね――<大瀑布>グラン・キャスケイド


 とはいえ今だけは魅了されている場合ではないため、僕も負けじと魔法を行使する。パラスたち三人の頭上に滝を形成するかの如く、途方も無い水量を生み出しそのまま下に叩きつける。シンプルながらも手加減は全くしていない一撃。まともに食らえば人体は粉々になるほどの質量と速度だ。

 何せアルマ様があれだけカッコいいお姿を見せつけてくれたのだ。こちらも相応の姿と力を見せなければ、弟子としての面目が絶たない。


「く、おおぉぉっ! 大地よっ!!」


 しかし大瀑布がパラス達を飲み込む前に、女の分体が大地に両手を付きそう叫んだ。

 瞬間、地盤が捲れ上がるように土砂が盛り上がり、奴らを包む大地のシェルターを形成。僕の放った<大瀑布>グラン・キャスケイドは硬い土砂に阻まれ弾けてしまった。


「チッ、せっかくアルマ様に良い所を見せられる場面だったというのに」

「いや、その……全く情け容赦が無かった所、意外とカッコよかったわよ……?」

「ありがとうございますっ!」


 魔法を防がれたのは悔しいが、恥じらいながらもそう言ってくださるアルマ様に僕のテンションは鰻登り。胸の中で燃え上がる愛がますますその強さを増す。

 しかし僕らが戦いの最中にイチャイチャしているように見えたのだろう。崩れ去る大地のシェルターの中から現れたパラス達は、アルマ様による重力魔法の影響から脱せないまま怒りの表情で攻撃を仕掛けてきた。


「私たちを舐めるなよ! <四大属シュトゥルム性の嵐>・エレメント!」

「食らえ! <重力投擲>グラヴィティ・スロウ!」

「炎よ! 我が魔力を糧に超常を成せ! <燃え盛る火球>ファイア・ボール!」


 女の分体が火と水、土、風の塊を怒涛のように放ち、男の分体が周囲の石や土の塊を重力魔法で操り飛ばす。パラス本体は火の初級魔術によって三つの火球を放つ。

 三人分の総攻撃、しかも内一人は魔法とはいえ四大属性全てを一人で同時に行使している。それはとても凄い。凄いが――


「――<水流防壁>シルト・シュトローム


 噴き上がる水の壁を眼前に形成すると、それだけで全て防げてしまう。奴らの魔法や攻撃は全て表面で炸裂するのみで、微塵もこちらに届かない。

 何だろうな、びっくりするくらい威力に欠けている。


「四属性を同時に扱う魔法……アイツの魔法はさしずめ四大魔法という所でしょうか。凄まじい魔法ですね」

「そうね。けど使い方が随分お粗末だわ。ただ単に属性の塊をそのまま撃ち出すだけって正気? ていうか他の奴らも何かショボくない?」


 アルマ様も同意見のようで、余裕たっぷりに腕を組んで小首を傾げていた。その愛らしい猫尻尾もクエスチョンマークを描くかのようにくねくねしている。


「才能に胡坐をかき、鍛錬を重ねて来なかった典型のような有様ですね。恐らく<普通の人々>エクソル・キズモスである以上、表立って魔法や魔術の鍛錬に打ち込めなかったのでしょう。素晴らしい魔法を奪い取っておきながらあの有様……元の持ち主もあまりにもヘタクソな使い方に、草葉の陰で泣いているでしょうね」


 僕は学院で勉強を重ね、ひたすらに鍛錬を続けてきた。他の魔法使いと実戦に近い模擬戦を重ね、魔法と自分自身を磨いてきた。

 しかし奴らにはそれが無い。奴らにとっては魔法も魔術も忌むべき物。こちらに対抗するために仕方なく使っているだけであって、それを磨くという発想は存在しないのだろう。ならばこの工夫の欠片も無い貧弱極まる攻撃の数々も納得だ。


「でしょうね。じゃあ――あんたならもっと上手く扱えそう?」


 そこでアルマ様がそんな問いを投げかけてくる。まるで僕を試そうとしているかのように、挑発的な笑みを浮かべて。

 何となくその意図が伝わってきたので、もちろん深く頷いた。


「少なくともあんな複数属性でいっぺんに殴るだけのゴミよりは、上手く扱って見せますよ」

「良いわ、だったら四大魔法の使い方ってもんを見せつけてやんなさい。<魂彩流転>アルマ・テラシオン――<四大魔法>マギア・エレメント!」


 そうして予想通り、アルマ様は僕に魂魄魔法を行使した。僕の魔法の才能を改変し、四大魔法の才能を与えるというあまりにも恐れ多い贈り物を授けてくれた。

 何かが変わった感覚は無い。噴き上がる水の壁が一瞬だけ途切れたものの、変わらずそこにあり続けパラス達の攻撃を防いでいる。

 本当に四大魔法の才能が宿ったのか、普通に考えるとかなり疑わしい。そして力に疑いを抱いていれば、どのような魔法だろうと行使する事は出来ない。

 しかし、アルマ様が時空魔法や重力魔法を行使したのは紛れも無い事実。加えて僕にとってアルマ様は絶対の存在。そんなアルマ様が『出来る』、『やれる』と言ったのなら、疑いなど微塵もあろうはずがなかった。むしろ出来ないはずがない! 出来て当然だろうが!


「――<燃え盛る大地>イグニス・テラ!」


 故に、僕は一欠けらの曇りも無く魔法を行使した。

 瞬間、水の防壁がその様相をガラリと変える。噴き上がる涼し気な水が作り出す大波から、超高熱を発し赤く煮え滾る溶岩へ。火属性と土属性を組み合わせた、燃え盛る大地へと。

 水魔法使いの僕が突如として溶岩を生み出すという異常事態。その光景に虚を突かれ、パラスたちは面白いほどの隙を晒していた。


「よ、溶岩だと……!?」


 それを見逃す理由も無く、重力魔法を操る男の分体へと溶岩を殺到させる。水を操るのとほとんど変わらない感覚で溶岩はうねり、超重力下で懸命に躱そうと努力する男の分体の身体を絡め取った。


「うぎっ!? ぐ、ぎゃあああぁああぁあぁぁっ!!」


 その身体は超高熱によって徐々に形を失い溶け崩れて行き、男の身体に巣くっていたパラスの分体はそのまま壮絶な死を遂げた。確か分体は肉体の感覚を弄れるはずだったが、最後まで実に心地の良い悲鳴を上げていたような気もする。

 恐らくはアルマ様が何かしたのだろう。ちらりと視線を向けてみれば、そっぽを向いてお下手な口笛を吹いていた。


「――撤退だ! 逃げろ、私よっ!」

「すまない! 足止めは任せたぞ、私よ!」


 連続する異常事態と分体の一人が仕留められた事で、ついに撤退を決めたらしい。パラス本体が僕らに背を向け逃げていく。それを守るように四大魔法を操る分体の女が、僕に向けて芸の無い四属性を放つだけの魔法を行使してくる。


「逃がすと思うか? <氷結する烈風>カルト・ブリーゼ

「うぐっ!? あ、足が! 私の足がぁっ!?」


 それを溶岩壁によって片手間で防ぎつつ、今度は水と風を組み合わせた魔法によって逃げるパラス本体の足を止める。放つは氷結の性質を持つ風の刃。パラスの足を脛から太腿に至るまで風の刃でズタズタに斬り裂き、傷口を完全に凍り付かせた。そんな状態で走れるわけも無く、パラスは無様にその場で転倒する。

 これで光魔術による治癒を使えたとしても、氷を溶かさない限りは傷口は治らない。そして氷を溶かすなり壊すなりすれば大量に出血し、麻痺している痛覚が蘇り骨まで斬り裂かれた激痛が襲う。

 鍛錬も碌にしていない、まともな実戦の経験があるかどうかも怪しい奴だ。恐らくこれで放っておいても大丈夫だろう。実際パラス本体は何をするでもなく、上体を起こした状態で分体に縋るような目を向けていた。


「やるわね、ネロ。初めての魔法をそこまで使いこなすなんて」

「親友が色々出来るタイプの魔法使いだったので、参考には事欠かないんですよ。あとアルマ様の前なので張り切ってます」

「ふふっ、馬鹿な奴ね。私なんかに良いとこ見せたいなんて張り切ってくれるの、世界であんただけよ?」

「それはおかしい。世の男共は見る目が無いですね?」

「別に良いじゃない。私が良いとこ見たいのも、見せたいのも、あんただけなんだし……」

「アルマ様……」


 恥じらいながらもそんな事を口にするアルマ様に、心臓がドキッと跳ねる。

 何だろう、アルマ様が滅茶苦茶積極的だ。もしかするとこれが本来のアルマ様なのだろうか。この分だともの凄い甘えてくる事もありそうだ。いけない、下手に思い浮かべると今度は鼻から溶岩が出そうだ……。


「さて、と。弟子の手前、私ももうちょっと頑張らないといけないわね。ネロ、後は私に任せなさい。この防壁も消して良いわ」

「分かりました。ご武運を」


 前へと進み出るアルマ様に従い、僕は溶岩の防壁を消して後ろに下がる。

 多少心配な気持ちはあるものの、それ以上にアルマ様への信頼がある。それにあの自己評価が激烈に低いアルマ様が、自分に任せろと言ってきたのだ。ならば弟子として、そして恋人として、僕に出来るのは信じて任せる事だけである。


「アルマ・コラソン! もう貴様の魔法などいらぬ! 貴様だけは、貴様だけは殺してやるっ!!」


 四大魔法を使うパラス分体の女が、憤怒の形相で魔法を繰り出す。相も変わらず四属性の塊を広範囲にバラ撒くだけという、あまりにもお粗末な攻撃。

 しかし憤怒と殺意によって意志力が高まっているようで、その数は先ほどよりも圧倒的に増加していた。まるで軍隊が一斉に放つ矢の雨の如く、アルマ様に向かって魔法が飛ぶ。


<魂彩流転>アルマ・テラシオン――<影魔法>マギア・アンブラ


 それを前にして、アルマ様は再び別の魔法の才を得る。果たしてどのような魔法を見せてくれるのか。僕はアルマ様の雄姿を決して見逃さないよう、瞬きもせずにそのお姿を見つめていた。


<影渡り>シャドウ・ウォーク

「――なっ!? 消えただと!? どこへ行った!?」


 魔法の名を口にした瞬間、アルマ様のお姿は消えた。パラスが狼狽えるのも当然だ。何せ瞬きもせず目も逸らしていない僕だからこそ、その一瞬の動きが何とか見えたのだから。<影渡り>シャドウ・ウォークと口にした直後、アルマ様のお身体はまるで穴に落ちるように消え去ったのだ。

 そして完全に身体が消え去った直後、今度はパラス分体の背後に音も無く浮き上がり現れた。まるで影から這い出るように。

 恐らくあれは影魔法。それによって自身の影に触れている別の影へと移動する魔法なのだろう。ちょうど今は大きな雲が日差しを遮っており、周囲の全てに影が落ちている。この状況下では影を操る影魔法は無敵と言って差し支えない。


「八つ裂きにしてやる。<影刃寸断>スキア・エクテレスィ


 それは攻撃として用いる時も同様。アルマ様の意に従い、周囲一帯の影はゾワリと地面から離れ、黒々とした幾千の刃を形作りあらゆる方向から襲い掛かった。


「ひっ!? た、助け――」


 女の分体は一瞬にして全身を斬り裂かれ、八つ裂きも生温い細切れにされてバラバラと地面に肉片を落とす。

 あまりにも凄惨な殺し方だが、村一つをそこにいる住人事滅ぼしたアルマ様にとってはそこまでの物でも無いのだろう。むしろ再び一瞬で影を移動して僕の隣に現れると、誇らしげな笑みを浮かべてアピールしていた。


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 ドヤァ(尻尾フリフリ)。

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