第18話

千里は残念に思いながら、羽織っているモッズコートのポケットから鍵を取りだした。

 そして、鍵を手にしながら汐璃に見せつけるようにゆっくりとエントランスの扉を開けて、中に入った。

 

 千里の自宅は一階だが、向かうことなく三階の踊り場まで階段を一気に駆け上がる。

 踊り場からそっと様子を窺うと、マンションの前で佇んでいる汐璃が見えた。


 合コン仕様なのか、スカートの丈はいつもより短く、オフショルダーのニット。その上にショート丈のダッフルコートを羽織っていた。

 そのコーディネートは、恐らく友人が選んだものだと予想される。


(似合うけど、露出が多いって。あまり他の男に肌見せるなよ)


 運良く恋人同士になれたら汐璃の服は自分が選ぼう、と千里は固く決意をした。


 しばらく踊り場から汐璃の様子を見ていたが、汐璃は自宅に突撃することなく、踵を返し駅方面へ歩みを始めた。



 その夜以降、汐璃は陰でストーカー行為をするようになった。


 昼休みになれば近くの席に座り、千里と友人達の会話に耳を傾けている。

 コンビニで貰った使用済みのプラスチックのカトラリーや割り箸を、こっそりゴミ箱から回収しているのも千里は密かに把握している。


 ――ふふ、また斑鳩先輩のこと知れましたーっ。トカゲのモンスターが好きなんて意外ですね。明日お店に寄ってぬいぐるみを買いましょう!


 自宅で自分の情報を得られたことに悦に入る汐璃に悶絶させられた。


(どれだけ俺が好きなんだよ)


 この頃には汐璃の自分への好意は確信に変わった。


 千里がストーカー行為を最初から知っていたと告げれば、汐璃はどう反応するだろうか。

 それとも、もうしばらく泳がせて汐璃をゆするネタにしてしまおうか。流石の汐璃も通報すると脅されれば交際を受け入れてくれるかもしれない。


(しばらくは気付かないふりをしてあげる。だから、皆が知らないきみを沢山見せてね?)


 加害者であるはずの汐璃は、被害者である千里の手のひらの上で踊らされていた。

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