第6話
日に日に抱えてきた千里への想いは消えるどころか大きく膨らんでいる。まるで海にずっと溺れ続けているような苦しさに苛まれている。
新しい出会い探しに躍起になった由依に誘われて、合コンに参加した。
他の男子と関わり、食事に誘われて会っても心が動かされることはない。
自ら視界に入らないようにしている癖に、常に千里を探し続けている。
ストーカー行為を辞めて三ヶ月が経過した。
冷房を付けなくても過ごしやすい十月の夜。自室で未練がましく千里の情報を書き連ねた手帳を眺めている内に、両目がじわりと熱くなるのを感じた。
汐璃は便箋と万年筆を引っ張り出し、字を綴り始めた。ストーカー行為をしたことへの謝罪と、千里への気持ちをどんどん書き進めていく。
読書感想文や小論文は得意のはずなのに、上手く纏まらず便箋は十枚に到達してしまった。
この手紙を本人に直接渡す気はない。
汐璃は手紙を手に家を飛び出し、最終電車に乗って、千里の住むマンションを目指した。
(金曜日はバイトがあるはずです。投函してさっさと退散しましょう)
マンションの前にすると怖気付いてしまいそうになるが、汐璃は意を決して眺めているだけだったマンションのエントランスの扉を開けた。
集合ポストは外から見ても分かるほどピンクなチラシで溢れ返っている。
千里の住む部屋番は一○六だ。汐璃は封筒を取り出し、“106”と書かれたポストに放り込んだ。
手紙を投函した瞬間、汐璃は体から力が抜け落ちていくのを感じた。初恋の終焉を実感しているのだ。
例え千里に気付かれずチラシと一緒に捨てられても構わなかった。気持ちの詰まった手紙を己の手から離せればそれで良かった。
(これでおしまいです。ごめんなさい。斑鳩先輩が大好きでした……)
「さようなら」
ふらつく体で無理矢理立ち上がると、エントランスを出る為に扉の取っ手を掴んだ。
(あれ……?)
突然、後ろから何者かに二の腕を力強く掴まれた。
汐璃は動揺を隠せぬまま慌てて振り向いた瞬間、汐璃の顔は一気に青ざめていった。
「捕まえた……かんべちゃん」
息を切らしながら笑みを浮かべた千里がそこにいたのだ。
(どうしてここにいるのでしょうか。バイト中のはずです)
「ごめんなさい……二度と目の前に現れませんから、離して下さい」
必死に振りほどこうとするが、貧弱な汐璃の力は千里に通用するはずもなく、掴まれた二の腕に痛みが走った。
「だめ、逃がさない」
「痛い、です……」
「ここじゃなんだから中に入ろうか」
「まって、ください……っ」
千里は強引に汐璃を引き連れて足早に歩いていくと、己の住処である一○六号室のドアの前にたどり着いた。
(先輩は、警察に通報する前に、
汐璃はそう結論づけ、千里の行動に納得をした。
千里が己に殴る蹴るの暴行を働こうとしても仕方ない。それで千里が安心するならどんな罰も受けよう……。
汐璃は覚悟を決めて抵抗を辞めると、千里に続いて部屋の中に足を踏み入れたのだった。
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