第5話
未だに梅雨が明けない、七月の初旬のある日のことだった。
午後の講義を終えて、サークルの部室へ向かう途中、声をかけられた。
「お話はなんでしょうか?」
「いいからついてきて」
汐璃は声をかけてきた見知らぬ女子学生に使われていない小さな講義室へ連れて行かれた。
「ここに入って。あなたとお話がしたい人がいるから」
「はい……」
言われるがままに中に足を踏み入れると、そこには二人の女子学生が汐璃を待ち構えていた。
(あの人たちは……)
汐璃は彼女達を一方的に知っていた。
彼女達は千里と同じ学部の同級生で、授業中や昼休みも取り巻いている。
類は友を呼ぶのか、二人とも千里の隣に並んでも釣り合いが取れるほどお洒落で綺麗な人だった。
「あなたが神戸汐璃ね。単刀直入に言うわ。いい加減千里くんに付き纏うのやめなさい」
「あの……」
「とぼけてと無駄だから」
「あなたがいつも私達と千里くんの会話を盗み聞きしてるのも、尾行してるのも、コンビニから千里くんを舐めるように見てるの知ってるんだから!」
「あなたのしていることは異常なの」
「ストーカーって、あなたのことを言うのよ」
彼女達の罵詈雑言……いや、的を射た忠告を汐璃は黙って耳を傾けていた。
「これ以上続けるなら通報するからね」
「千里くん、あなたを気味悪がって迷惑していたのよ!」
汐璃の瞳が大きく見開かれた。
(まさか、知られていたなんて……)
尾行は辞められなかったが、本人が知っているとならば話は別だ。精神的に追い詰めてまで続ける気は毛頭なかった。
通報に関しては、汐璃自身は警察の世話になっても構わなかったが、実家の両親……特に母親のことを思うと避けなければならない。
「……分かりました。もうしません。斑鳩先輩の視界に入らないようにします」
汐璃は言い訳をすることなく彼女達の要求を呑んだ。
汐璃の言葉に彼女達は呆気に取られていた。あっさりと頷くとは思わなかったのだろう。
「分かってくれればそれでいいのよ」
「と、とにかく千里くんに関わらないでね!」
彼女達はずかずかと足音を立てながら、講義室を出て行った。
汐璃はぽつんと取り残されたまま呆然となっていた。
「……サークルを辞めなくてはいけませんね」
それから汐璃の行動は早かった。サークルの代表を務める先輩に経済的な理由で辞める旨をメッセージにして送った。
千里の会話を盗み聞きするために、お昼は学生食堂を利用していたが、別の場所で摂るようにした。
遠くから千里を見つけると、気付かれないようにその場から離れたり身を隠したりした。
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