ストーカーは手のひらの上で踊らされる

水生凜/椎名きさ

あなたのことが知りたい

第1話

 深夜二時過ぎ。一人帰路に就く男子学生の後をつけ続ける女性がいた。

 彼女は神戸かんべ汐璃しおり。大学に通う二年生だ。


(今日はついていますね。いつもより千里せんり先輩の姿を目に焼き付けられるのですからっ)


 汐璃は入学した頃から彼......千里に片想いをし、人知れずストーカー行為を繰り返していた。


 尾行、会話の盗み聞き、大学構内で捨てられた使用済みのごみの収集。

 本当は彼の自宅から出たごみも漁りたいが、ごみ収集スペースは人通りが絶えず多い為、断念した。


 欲を言えば興信所を使って千里の詳しい情報を集めたい。しかし、汐璃は潤沢な資金を持たぬ一般市民かつ一介の学生だ。

 サークル活動の日や飲み会で同級生や先輩との会話に耳をそばだてるのが関の山だ。


 身長は一七四センチ、高校時代所属していた部活はサッカー部、アルバイト先はカジュアルバー、過去に付き合っていた彼女は三人。米農家の親戚がいて、毎年帰省して稲刈りの手伝いをしていること、昔花札を販売していたゲーム会社から出ているモンスターを捕獲するゲームが子どもの頃から好きなこと……などなど。


 会話から千里に関することを得て、手帳に埋めていく作業は至福の一時だ。


 千里の住むマンションはもうすぐだ。

 汐璃は向かい側にあるコンビニエンスストアに入り、雑誌コーナーの前に立った。そこからはマンションのエントランスがよく見えるのだ。


(オートロックなし、一階住まい……いくら男性だからって不用心ですよ)


 いつもは笑顔を絶やさない千里は、一人になると気だるげな無表情になる。

 誰も知らない千里の顔。


(人懐っこい笑顔の時とは違って、色気があってドキドキしてしまいますっ)


 汐璃はそれを独占している事実に、内心狂喜に悶えていた。


 エントランスに吸い込まれる千里の背中を見つめ続けた。


(さようなら。また、皆が知らない表情をもっと見せてくださいね……?)


 その時の汐璃の瞳はうっとりと潤んでいた。

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