第2話

 遡ること一年前。

 汐璃は地方から上京し、有名私立大学に入学した。


 厳格な父と過保護な母から解放された汐璃にとってこの四年間はつかの間の自由だ。

 勉強ばかりで友達があまりいない汐璃は、まずは友人を作ろうとボランティアのサークルに入ることに決めた。


 その時、サークルの案内を担当していたのが、千里だった。


「俺は、二年の斑鳩いかるが千里せんりです」


 彼の持つミディアムの黒髪がさらりと揺れた。


 大きな猫目、それをふちどる長い睫毛、ほど良く高い鼻、薄い唇と中性的な美しさを持つ青年だった。


「いかるが?」


 どう書くのだろうかと小首を傾げていると、千里は汐璃の考えを読み取ったかのように説明をしてくれた。


「マダラとハトで斑鳩、名前の千里は漢数字の千と里ね」


(苗字は難読ですね。古都の奈良に縁のあるお家なんでしょうか?)


「君は、なにちゃん?」

「私は、神戸汐璃です」


 汐璃はサークル活動の概要が印字されたプリントの空いたスペースに、自分の名を書き連ねた。


「“こうべ”じゃないんだね。関西出身?」

「よく読み間違えられます。実家は東北の宮城です」


 汐璃の地元は杜の都の仙台である。


「俺は米どころの新潟だよ」

「奈良ではないのですね」

「よく間違えられる」


 くすくすと笑いを零す千里を見ていると、胸の中がむずむずとくすぐったくなってしまう。


「俺達、難読苗字の仲間だね」


 目を細めて破顔した千里に、汐璃の胸の鼓動は大袈裟なほど暴れ出した。


(今のはなんでしょうか)


 小学校からずっと共学だったが、勉強ばかりで異性とまともに関わったことがなく、恋愛とは無縁だった。

 そんな汐璃は、初めての感覚に戸惑った。


「かんべちゃん、よろしくね」


 戸惑う汐璃を他所に、千里は人懐っこい笑顔を浮かべて汐璃の手を握った。


(……っ)


 千里の大きく温かな手に包まれた瞬間、汐璃は一気に恋に堕ちてしまった。

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