第3話

 千里とのやり取りはそれきりだった。

 挨拶を交わすのが関の山で、汐璃は遠巻きに眺めているしか出来なかった。


 サークルの日、見つめてるだけで満足していた日々を送っていたが、ある日、奥手な汐璃にターニングポイントがやって来た。


 一年の後期のテストが終わった日。友人に誘われて合コンに参加した。相手の男は汐璃に酒をどんどん勧めたが、ザルだった汐璃は逆に男性陣を呑み潰してしまった。

 合コンはお開きになり、代金だけを置いて解散となった。


 その帰りの途中だった。


(あ、斑鳩先輩です……っ)


 駅のホームで音楽を聞きながらぼんやりとたそがれている千里を見つけた。

 いつもは分け隔てなく笑顔の千里の無表情は、非常に稀であった。


(何を考えているのでしょうか? 先輩は私と同じ路線を使っていたのですね)


 思いがけない発見に、汐璃の頬は緩んでしまった。


 スマートフォンをいじる振りをしながら、こっそりと盗み見ている内に、汐璃が降りる最寄り駅に到着してしまった。

 しかし、汐璃は降りることはなかった。


 汐璃の最寄り駅から四個目の駅で、千里はそこから降車し、汐璃も後に続いて降りた。


(どうして、尾行しているのでしょうか。いけないことなのに……酔っ払って気が大きくなっているせい?)


 汐璃は、先程の合コンの席で、芋焼酎のロックやテキーラ、ウォッカベースのカクテルを飲まされた記憶を思い起こし、無理やり納得させた。


 千里と一定の距離を置きながら、後をつけていると、なんだか一緒に帰っているような気分になれる。

 汐璃は罪悪感より愉悦が勝るのを感じた。


 歩き続けていた千里は、少し古いマンションの前に立ち止まった。羽織っているカーキ色のモッズコートのポケットを探り、家の鍵を取り出した。鍵には大人気のゲームに出てくる赤いトカゲのモンスターのキーホルダーが付いていた。


 千里は鍵を手にエントランスに入っていった。


(あ、お家を知ってしまいました……っ)


 姿を見られただけでなく、自宅まで知れた事実は、汐璃に高揚感を与えていく。


(もっと、先輩のことが知りたい……)


 千里はもう帰宅したので、名残惜しさを感じながら踵を返し、駅までの道のりを歩いていく。


(先輩が闇を照らす電燈、私はそれに誘われる一匹の蛾。本能に抗えないのは仕方ないことですね)


 目を細めて笑みを浮かべていた汐璃の瞳に翳りが落ちていく。

 こうして汐璃は世間で忌み嫌われるストーカーと成り果ててしまった。

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