第28話

「送ってくれてありがとうございます」


 千里と一緒にいると、あっという間に自宅のマンションにたどり着いてしまう。


(今度こそお別れです……明日になれば大学で会えますけど)


「さようなら」


ぺこりと一礼をして、別れの挨拶をするが、千里は汐璃の前から微動だにしない。


「帰る前に、汐璃からキスして」

「へ!?」


 千里からの要望に、汐璃は裏返った声をあげてしまった。


「ここ、外です……」


 無人ならまだしも、ちらほらと周辺に人がいる。

 往来でするキスは、まるでバカップルの行為そのものだ。


「してくれなきゃ、ずっとここにいる」


(風邪ひいてしまいますよ……よしっ、一瞬だけほっぺにしましょう)


 汐璃は内心覚悟を決めて見たが。千里は企むような、意地悪な笑みを浮かべる。


「口しか受け付けないから」


 千里は汐璃の考えを察知していた。


(お見通しなんですね……)


 汐璃は精一杯背伸びをすると、千里は少し屈んでくれる。さり気ない優しさに胸をときめかせながら唇を重ね合わせた。


 ちゅ、と可愛らしいリップノイズが汐璃の体を熱くさせる。


 千里とするキスはどんなものでも、汐璃を幸せな気持ちにさせていく。


「これで……いいですか?」


 千里は突然しゃがみこみ、盛大に嘆息した。


「せ、千里さん!?」


 具合が悪くなってしまったのか、様子がおかしくなった千里に慌ててしまう。


「どこか気分が悪いのですか? 近くに病院がありますが……」


 おろおろとする汐璃に、千里は膝に顔を埋めたままかぶりを振った。体調に問題はないようだ。


「どうしたの……」

「はぁ……キスするだけで可愛いって犯罪……」

「犯罪?」


 遮った千里の言葉は、汐璃の理解の範疇を越えていく。


「ただでさえ美少女なのに、真っ赤なキス顔見せるとか、俺に抱き潰されたいの?」

「だ、きっ……!?」


(外で言わないでくださいっ)


 激しく動揺する汐璃だったが、千里は小さく吹き出し、おかしくて仕方ないと言いたげに笑いだした。


「流石に抱き潰すのは今度にするよ。本当にしたら汐璃が講義に出られなくなっちゃう」

「う……」


 明日は一限からあるので、正直助かったと思ったことは千里には内緒である。

 その今度が来たら、生ける屍になることは間違いないが。


「またね、汐璃。おやすみ」

「千里さん、おやすみなさい……っ」


 ふわりと微笑む千里に、汐璃は手を振り続けた。

 千里の姿が見えなくなるまで、汐璃は目を離すことが出来なかった。

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ストーカーは手のひらの上で踊らされる 水生凜/椎名きさ @shinak103

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