第11話 出会い4
「……お嬢様、お嬢様」
ルチアは肩を揺さぶられ、ハッとしたように目を覚ました。
「アン……私、寝ちゃったのね」
フカフカのベッドから起き上がり、ルチアは大きく伸びをした。ドレスはそのままだったので、かなり皺が寄ってしまった。
「もしお夕食を食べれるようなら、伯爵様とご一緒にとのことですが、どうなさいますか?疲れているようならば、軽食をこちらに運んでも大丈夫だそうです」
食事と聞いて、ルチアのお腹がグーッと鳴る。細くて小さいルチアであるが、驚くほど食欲旺盛だ。良く眠ったおかげでお腹はペコペコで、軽食で朝までもつ気がしなかった。もちろん、ルチアと長年の付き合いであるアンもそのことをわかっているから、ルチアが起きないようならば起きた時に食べれるような軽食を用意すると言われ、ルチアならば眠かろうが起きて夕食を食べるだろうと起こしに来たのだ。
「もちろん食堂へ行くわ」
「ですよね。では身支度をお手伝いしますので、ベッドから降りてください」
「アンがベッドに運んでくれたの?私、ソファーで寝ちゃってたでしょ?」
「いえ、私がお部屋に来た時には、ベッドでお休みでしたよ」
自分で歩いてベッドに来た記憶がないから、誰かが運んでくれたんだろうけれど、まさかセバスチャン?いくら背筋がピンとしていても、ご老人にそんな無理をさせてしまったんだろうか?それとも侍女達か。
「多分、伯爵様かと」
「伯爵様……」
この屋敷の伯爵様と言えば一人の筈で……。
「二時間程前に、エムナール伯爵がお戻りになりましたので」
「ウソ!もしかして、二時間もお待たせしているの!?」
ルチアはベッドから飛び降りて、ドレスをたくし上げてスポンと頭から脱ぎ捨てた。
「アン!新しいドレス。やばい、涎の跡がついてない?顔を洗った方がいいかしら」
「大丈夫ですよ。ドレスは紺色にしますか?それとも淡い色味の方がいいですか?」
「紺色で!」
パステル調のドレスの方が、ルチアには似合うのだが、ここは紺色一択しかない。なぜって、エムナール大将の瞳の色が夜空のような紺色だったからだ。一見、黒髪黒目のように思われがちのエムナール大将だが、覗き込んでよく見ると、その瞳は濃紺をしていた。
なんでそんなことを知っているのかって?二回も彼には斬り殺されているんだもの、ルチアを睨みつけたその瞳を忘れる訳がない。
アンに手渡されたドレスを着て、背中のボタンをアンに留めてもらう。鏡台の前に座り、アンが髪の毛を整えてくれている間に、化粧は薄めに色味は抑えて自分で施す。所要時間わずか十分。
「エムナール……いや、ノイアー様と一緒にお食事できるのよね?」
「そうですね、お嬢様をお待ちになっているようですよ」
「ひーっ!走る?走る?」
「お嬢様、さすがに淑女は廊下を走るべきじゃないんじゃないでしょうか」
「だよね。でも、できるだけ急ぎましょう!」
走るギリギリ手前の速度で廊下を歩き、階段を一段飛ばししたいのを我慢して降りる。最後の段は跳んでしまったことは内緒だ。
「お待たせしました!」
本当だったら、上品にカテーシーでもしながら、「はじめまして」と挨拶したかった。(初対面の印象って大事だし、殺されない為にも好印象を与えておきたいじゃない?少しでも好きになってもらえれば、剣を振り下ろす時に、絶対に躊躇するでしょう?)
食堂のドアを開けると、一人の男性が大きなテーブルの上座に座ってコーヒーを飲んでいた。
「起きたのか?」
鋭い眼光を向けられてルチアは一瞬怯むが、その瞳を見つめて、殺される直前に溢れ出た、気迫だけで気絶しそうになるくらいのあの殺気じゃなければ怖くないと、ルチアは一呼吸してから笑顔を浮かべた。
そう、ルチアには耐性があったのだ。しかも、人を斬り殺す寸前に放つノイアーの殺気を二度も体感していた為、ちょっと覇気が漏れるくらいなんてことはなかった。
そんなルチアの笑顔を見て、給仕していたスーザンは目を丸くして驚いたが、誰よりも驚いたのはノイアーかもしれない。
令嬢に目を合わされたことなんて記憶にある限りなかったし、意識のある状態で笑顔を向けられることなど、想像もしていなかったから。
「はい、申し訳ありません。お部屋についたらつい眠くなってしまって……。あの、私をベッドに運んでくださったのって」
「俺だ。……花を、出迎えられなかったので、花を渡しに行ったんだ。勝手に部屋に入りすまない」
「いえ、とんでもございません。全く問題なしです。お花、ありがとうございます」
花?慌てて支度したからよく見てなかったけれど、そういえばテーブルに何か生けてあったような……と、薄ぼんやりと花瓶と花の存在を記憶の中から探る。
(もっとしっかり覚えていれば、感想を言ったりして話を膨らませられるのに!)
「旦那様、ルチア様にお席を勧めてください」
立ちっぱなしのルチアを見て、スーザンが咎めるようにノイアーに言うと、ノイアーは椅子を倒す勢いで立ち上がり、大股でルチアの前まで歩いてきた。
(デカッ!)
見上げる程の高さとその迫力に圧倒されたルチアの目の前に、ゴツゴツとした大きな手が差し出された。
(え?握手?)
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