今度こそ生き延びます!私を殺した旦那様、覚悟してください
由友ひろ
第1話 またか……
ルチアはガバッと起き上がり、自分の胸に手をやった。心臓がドッドッドッと早鐘のように鳴っているが、胸には……何も刺さっていなかった。
(ドンッと衝撃を受け、最初は突き飛ばされたのかと思った。しかし、すぐに熱さと激痛を感じて胸を見ると、太い矢が私の身体を貫いていて……)
夢を思い出して、またか……とルチアは流れる汗を拭う。
夢の中でルチアは隣国の敵大将に弓で射られて死亡した。享年十九歳。
今のルチアからしたら夢だけれど、夢ではない、現実にあったことだ。
ルチアはフカフカのベッドを拳で叩き、低い唸り声を上げた。華奢な美少女からは想像もできないようなその声に、ベランダの手摺りにとまっていた小鳥達もいっせいに飛び立つ。
ルチア・シンドルフ。シルバーブロンドのフワフワした長い髪と、薄紫色の瞳を持つ人形のように愛らしいこの少女は、シンドルフ侯爵の末娘で、……四回目の死に戻り人生をこの朝迎えたばかりである。
三回の死の全ての記憶を持ったまま回帰していたルチアは、前回の死の原因を回避するべく奮闘するのだが、また別のルートで死に至ることを繰りしている。そして、毎回同じ人物に殺されていた。
十六歳の誕生日の日、自国ゴールドフロント王国王太子であるアレキサンダーの婚約者にと打診を受けることが回帰のスタートとなる。シンドルフ侯爵家は、昔は王族が降嫁した歴史もある家門であったにもかかわらず、そのような栄誉は遥か昔の話であり、今では政治に全く影響力を持たない名ばかりの侯爵家だった。ルチアが王太子妃候補に選ばれたのは、政治に偏りを持たせない為にも最適な人選だったと言える。が、国の為にルチアが選ばれるのが最適でも、ルチアにとって王太子妃候補に選ばれるのが最適か……と言われると、それはまた別の話だった。
見た目は良くても性格は最悪、自意識過剰で女にだらしない王子と結婚なんて、正直お断りしたい案件No.1だったからだ。しかし、王族からの縁談を断るにはそれなりの理由が必要であったのと、性格は悪くても単純バカなアレキサンダーをやり込める自信はあったので、ルチアはこの縁談を受け入れることにした。
そして、十七歳の時に正式に婚約、十八歳の時に国を挙げての結婚式を執り行ない……その際に起こったある出来事が、ルチアを一回目の死へといざなった。
その出来事とは、祝福の為に上げた数発の空砲が、どういう訳か実際の砲弾が発射されてしまったのだ。しかも、隣国プラタニア王国との国境にある砦から打ち上げられた為、砲弾はプラタニア王国側に落ちてしまった。それをプラタニア王国は宣戦布告ととらえられ、話し合いもなく、いきなり開戦してしまったのだ。
誤砲をかわきりに、雷靂将軍として名前を轟かせていたプラタニア軍のノイアー・エムナール大将は最速でゴールドフロント王国に攻め入ってきた。その進軍速度にゴールドフロントは対応することもできず、忘れもしないあの日、お祝いムードが冷めやらない中、エムナール大将が先陣を切ってゴールドフロントの王城に攻め入ってきた。彼らが王の間にたどり着くのはあっという間で、黒光りする鎧をまとったエムナール大将は、大剣を片手にルチアの目の前に立ち塞がった。
その大きな身体からは殺気が溢れ、威圧感で身体の震えが止まらなかった。彼の右頬には傷痕があり、雷靂将軍という名は、その傷痕が雷の稲光のように見えるからとか、彼の進軍が稲光のように素早く、それにより雷が落ちた後のように木々も真っ二つに裂けて道ができるからとか諸説あるが、彼の放つ殺気を浴びると、雷に当たったみたいに身体が痺れて動けなくなるからじゃないかなとルチアは思った。
「ゴールドフロントの王よ、これ以上無駄な血を流すことなく、我らプラタニアに開城しろ」
大きな声を出していないのにお腹に響く低い声は、王の間の隅にまで響き渡った。
「な……なにを無礼な!アレキサンダー、こいつを城から叩き出せ!」
それは無茶だな。きっと、この場にいた誰もがそう思ったに違いない。アレキサンダーは身長こそそこそこ(一般男性としては)あるが、ヒョロッとしていて筋肉はない。とてもじゃないが、歴戦の覇者に立ち向かえる訳がなかった。
「父上……」
アレキサンダーはこの世の終わりみたいな表情になるが、腰に下げた飾りばかりゴテゴテついた剣を一応抜き放った。剣先がブルブル震え、屁っ放り腰で剣を構える。横で見ていたルチアの方が、まだマシに剣を振れそうな気がするくらいだ。
「剣を抜いたら戻せないぞ。良いのだな」
エムナール大将も大剣を抜き放ち、切っ先をアレキサンダーに向けた。エムナール大将が一太刀アレキサンダーに放った時、アレキサンダーは避けるでも剣を合わせるでもなく、隣りにいたルチアを引っ張り、自分の盾にしたのだ。
きっと、誰も……エムナール大将すらアレキサンダーがそんなことをするとは予測しなかっただろう。そして、ルチアはエムナール大将の大剣に胸を貫かれ……絶命した。
これがルチアの一回目の人生の終わり方だった。
そして十六歳の誕生日の朝に戻ったルチアは、アレキサンダーと結婚までは一回目の人生をなぞって生きた。そして、結婚式の時に祝砲を撃つことを阻止したのだ。これで戦争は回避した筈だった。
しかし結婚後、急激に隣国プラタニアとの関係が変化し、ルチアは王太子夫婦の国務として隣国に親善大使として訪れることになったのだが……、アレキサンダーがとんでもないことをやらかしてしまった。
プラタニア王国には美しい第一王女ライザ・プラタニアがおり、彼女がルチア達の接待をしてくれたのだが、その美貌もさることながらルチアにない女性らしいボディーラインに、アレキサンダーはルチアに隠れて彼女にセクハラをしまくったのだ。気の弱いライザ姫はアレキサンダーを拒みきれず、どんどんセクハラはエスカレートし、嫌われていないと勘違いしたアレキサンダーは、第二妃にしてやるからとライザ姫に手を出そうとして……。
アレキサンダーの不穏な行動に気がついたルチアにより、行為に及ぶ前にその現場をおさえることができたものの、その時にライザ姫は自殺未遂を起こしてしまった。ルチアより一瞬遅く駆けつけてきたエムナール大将により、ライザ姫の自殺は阻止されたものの、激怒したエムナール大将はアレキサンダーに剣を抜き、またもやアレキサンダーの盾にされたルチアは、エムナール大将の剣の前に突き飛ばされ、その剣に貫かれて……二回目の人生の幕を閉じた。
そして三回目の十六歳の朝を迎え……。
二回も盾にされたルチアは、三回目ではアレキサンダーとの婚約の話を断った。王家と関わり合わなければ、殺されることもないだろうと思ったのだが……。
アレキサンダーは、やはり一人でもやらかすようで、隣国プラタニアに大使として赴き、ライザ姫に手を出して投獄され、それが理由で戦争が起こった。そして今回は一貴族として戦争から避難する途中、逃走経路を読み間違えて戦の最前線に出てしまい……、エムナール大将が射た矢に当たり、冒頭に戻ることになる。
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